12月26日
クリスマスという華やかしい日の翌日、母は帰らぬ人となり、旅立った。
居なくなってちょうど二年が経ちました。月日が経つのは早いと思うのに、まだ二年しか経っていないのか、という気持ちにもなります。
今思えばこの二年間色々ありました。
恋人ととの別れ、引っ越し、新しい恋人ととの出会い、大学の事、就職、恋人ととの別れ。
そして今
辛いこと、幸せなことの繰り返しとはこういうことなんだろうと実感できる二年間だったと思う。
母はこんな私をどう見てくれてるのかな?まだまだこれから辛いことがあるだろうし、逆に幸せなこともあると思う。それを見守ってくれるのかな。
恋愛の事は言い出したらキリがないから言わないでおく。
ただ言うなら、まだまだな自分に腹がたつ。
仕事の事は来年ちょっと展開があるかもしれません。それもまだまだ未確定で今は想像もできません。もしも展開が起これば、おそらくこれからの人生結構変わるかもしれない。少し怖がってるけど、そうなったらもうやるしかない、それだけだ。
一緒に飲める友人もいて、パソコン越しで日々語れる友人もいる。
そんなかけがえのない人がいることはとても大切なんだと思う。これからの人生、長いか短いかわからないけど、良い付き合いが続くんではないかな。
恋人が居なくなってから、趣味である洋服にもそれなりにお金かけられるようになった事はちょっと良かったかも。これでただ目標なくお金稼いでも、きっと今頃ダメになってた。
今を楽しめないのにこの先お金だけあっても楽しめないだろう、なんていう甘い考えですけどね。
さて、実はこの日記を書いていたのは12月25日
そう命日である26日の前日です。2日間にかけてこの日記を書こうと思う。仕事の合間で書いてるので、ここまで結構時間かかってます。
それではまた明日
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お墓参りに行こうと思い、銀行からお金をおろそうとした。
はい、キャッシュカード壊れてるー。通帳印鑑もってればおろせるけど、住所変更しないとダメらしい。
どっちにしろダメなんです。銀行さん融通は利かないから、お墓参り中止。オカン、ホントにごめんね。
そう、私は母の事をオカンって言います。関西人じゃないのにオカンって呼ぶようになったのは、オカンと私が昔からKinKi Kidsが好きだったから。
よく二人で夕飯食べながら金田一少年の事件簿を見てました。
懐かしいですね。母は料理が格別上手だったとは言えませんが、母の料理は好きです。その影響は今も私の中に残っていると、父が私に言いました。
うん、親子だもんね
母の事を知る人たちは、私は母似だとい。ただ、父にも似てる部分は結構あると、私自身思うのです。
父の事しか知らない父のお客さんなんかは、私は父似だと言います。
親子ですからね
母が居なくなってからは、昔より父との時間が増え、お互い色々なことを知れた。一つ明確にわかること、きっと私にしかわからない事。
それは言葉に出来ないくらいなので、言いません。私たち家族だけのものなので。
先ほど父の兄である叔父がみえて、今晩は我が家で食事をすることに。それまで多少時間が出来た。
叔父は私たち家族にホント良くしてくれる。母が元気だったころも、母と私を連れて旅行にも行った。
母と私が最後に行ったのが長野の松本。松本城に行ったのを思い出します。ホントあの頃は元気でひーひー言いながらもお城の階段を上ってました。
どうしてオカン、逝っちゃったの?って今もすごく思う。それは私だけでなく、たくさんの人が思ってると思います。愛されていたんですね。
誰にでも隔てなく接し、母の事を嫌いなんて言う人はいなんではないかな。こういうことも、母本人が居なくなってから気づきました。
居なくなってから気づく事はホントたくさんあって、それが私の考えの基盤となってるのかもしれないです。
特に大切な人ということでは。
他人わかってもらいたいけど、なかなかわかってもらえないのも仕方ないのですけどね。
私も含め人はもれなく死にます。
生まれたからには最後がある。わかっていても実感なんてわかないと思うけど、これは揺るぎない事。
あなたは大切な人が最後を迎えてしまうこと考えたことありますか?
考えてみると変わるかもしれません。大切な存在ならとことん大切にしようと。たとえその人の嫌な部分があろうとも、理解できなくても、ちょっと見方を変えれば受け入れられるかもしれません。
そしたら、愛という見えないそれが、大切でかけがえのないものと解るかもしれません。
なんて説教じみて嫌ですね。こういうところが私の嫌なところって言われたことがあるけど、私は実際に見て、感じたものを伝え続けます。それが今はわからなくても、いつかふとした瞬間に少しでもわかってもらえて、人をより大切に出来るようになるのなら。
最後に、自分、親を大切してください。
オカン、ありがとう
私を生んでくれて
大切なものをありがとう
2011年12月26日
