僕が大学を卒業してから医療職に就くまでの経歴は以下の通りです。
① コンピュータ会社に就職
② 体外診断薬メーカーへ転職
③ 新規事業に伴う別会社への転職〜退職
④ 紆余曲折の黒歴史
⑤ 病院へ転職
現在は、⑤の病院へ入職後のお話しです。
勤務先の病院に転職してきて数日後の話です。
もう20年以上前の出来事になります。
廊下沿いの水道で手を洗っていると、「ドサッ」と鈍い音がしました。
振り返ると、病棟から通じている通路の曲がり角で、痩せ細った女性の患者様が転倒していました。
そしてなにかボソボソ呟いていました。
直ぐに、
「助けなきゃ!」
と思いましたが、驚くことに、足が動きませんでした。
やがて
「〇〇さん、大丈夫ですか?」
と声がして、病棟側から看護師が駆け寄ってきました。
患者様は起こしてもらうと、手引き歩行で病棟の方へ帰って行きました。
その患者様は認知症で病棟を抜け出す常習犯だったのです。
このように、当院の入院患者様には認知症の方が多く、歩ける患者様のなかには、病棟を抜け出して徘徊する方がいらっしゃったのです。
僕は「どうして直ぐに動けなかったのだろう」と考え込んでしまいました。
ちょっとした罪悪感と嫌悪感が入り混じった複雑な気持ちが生じていたのです。
自分は高齢者に対して
電車で席を譲ったり
階段で重い荷物を運ぶのを手伝ったり
といったことが躊躇なく出来る人間だと思っていたからです。
そんなことが起こった数日後、男性看護師有志が、僕の歓迎会を開いてくれました。
入職当時の僕の男性看護師に対する印象は「テキパキと動きまわる忙しい人たち」で、彼らとなかなかお話する機会があリませんでした。
それだけに、驚きと同時にとっても嬉しかったことを覚えています。
歓迎会は焼き鳥屋からスタート
スナックを梯子して
最後の締めはラーメン屋でした。
途中で一人帰り二人帰り、最後に残ったのは僕を含めて3人となっていました。
そのうちの男性看護師のTさんが
「慣れないだろうけど頑張れよ!」
「なにか困ってることはないかい?」
と声をかけてくれました。
僕は、ずっと心に引っかかっていた「転倒した患者様を目の前にして動けなかったこと」について話しました。
すると、看護師のTさんは
「どうして君は動けなかったのだと思う?」
と聴いてきました。
僕は「患者様の扱いに自信がない自分が関わることで、状況を悪くするかもしれない」といった不安があったことを正直に話しました。
認知症の患者様が不穏状態になるかも
痛めたところを更に痛めるかも
といったことを考えて、手を差し伸べることを躊躇していたのです。
看護師のTさんは、僕の話を頷きながら聴いてくれました。
そして
「迷ったりしないで、声かけして手を差し伸べてあげていいよ」
「何かあっても俺たち看護師がいるから」
「心配しなくていいから」
と言ってくれたのです。
この言葉は胸に刺さりました。
なんだか「一緒に患者様を支えて行こう」と言われた気がして、自分を仲間だと思ってくれていると感じられたのです。
事務職でも間接的な医療従事者です。
同じ医療従事者として認めてもらえたような気がしました。
光陰矢のごとし
当時30代だった僕も50代になりました。
そして現在はリハビリスタッフとして病棟の患者様と接しています。
患者様のマウスケアを終えて洗い物をしていると
「いつもありがとう」
「助かってるよ」
と後ろから病棟師長の声が!
そして、僕の肩をポンと叩くと詰所に向かって歩いて行ったのです。
この師長こそが、あの日のラーメン屋で、病院に不慣れだった僕に、言葉をかけてくれた看護師のTさんなのです。
あれから20年過ぎても、継続して同じ職場で仲間として働けていること。
看護師のTさんと、適度な距離間を取って紡いだ「あっという間だった長い時間」。
思い巡らすと、感無量の気持ちになります。