僕が大学を卒業してから医療職に就くまでの経歴は以下の通りです。
① コンピュータ会社に就職
② 体外診断薬メーカーへ転職
③ 新規事業に伴う別会社への転職〜退職
④ 紆余曲折の黒歴史
⑤ 病院へ転職
今日の記事は⑤の病院へ入職して4年ほど経った頃のお話です。
院内での地域高齢者向けの健康教室で、講師をお願いしたことをきっかけに、言語聴覚士のKさんと仲良くなりました。
僕は、その時に聴いた「失語症」の話に引き込まれ、目に見えない「言語障害」に興味を持ちました。
「失語症」の話は、高齢者向けの内容だったので、とても解り易く聴くことができたのです。
また、重篤な嚥下障害で経口摂取を諦め、鼻からチューブで栄養を摂っていた患者様が、言語聴覚士のKさんのリハビリを受けて口から食べられるようになった姿を目の当たりにしました。
言語聴覚士のKさんは、当院に言語室を開設したメンバーのひとりであり、また、放射線室と連携して、嚥下造影検査(VF)を導入した功績もあります。
そんなKさんとは、一緒にお酒を飲むことがたびたびありました。
お酒で心地よくなった僕の質問攻めに対して、脳や嚥下についてわかりやすく話してくれました。
とっても楽しい時間でした。
そんな言語聴覚士のKさんに、やがて大きな転機が訪れます。
ある日の就業後、僕は居残りで仕事をしていました。
そろそろ帰ろうかなと思っていると、ノックの音が!
「話を聴いてもらえますか?」
と言語聴覚士のKさんが、少し緊張した面持ちで僕を訪ねてきました。
「はい、大丈夫ですよ」と椅子をすすめました。
言語聴覚士のKさんの話は、退職を考えているという内容でした。
そんな大切な話を、僕に、一番に相談しに来てくれたのです。
「退職後は言語聴覚士を養成する学校で教師をしたいのですが、いろいろ考えてしまって…」
という相談でした。
話をひととおり聴いた僕は
(既に心は決まっているな)
と確信しました。
退職するにあたり「病院に迷惑をかけること」に対する心配と「お世話になった人に申し訳ない」という気持ちが大きかったようです。
それまで転職を繰り返してきていた僕には、彼の気持ちが手に取るようにわかりました。
しかも、彼にとっては初めての転職です。
いろいろ考え込むのは当然のことです。
これまで転職を繰り返してきた僕は、転職の先輩として
大きな役割を担う人間が抜けても組織は回っていくこと
自分が思っているほど他人は自分に関心がないこと
目の前の患者様は救えなくなっても、彼がやろうとしていることは、将来の何百,何千人もの患者様を救うことに繋がること
など、自分の経験談をまじえながら伝えました。
「辞められたら困る」
「考え直してくれ」
といった話は一切しませんでした。
今思えば、当時の僕の院内での立場を考えると、説得して彼の退職を思いとどまらせるべきだったのかもしれません。
しかし、こうしたケースではそうしたことが無意味なことを、僕は経験的に知っていました。
彼は相談と言うよりは、自分の気持ちの再確認をしたかったのです。
心理学的に言うと、その時の言語聴覚士のKさんは「内発的動機付け」に満ち満ちていました。
言語聴覚士のKさんの退職届が提出され、僕の手元にまわってきました。
退職後、Kさんは遠くへ引っ越していきました。
この時点では、彼と6年後に再会して、またお付き合いが始まるなんて…知る由もありませんでした。