いつも脳ミソに刺激をくれる友人Aと年末に呑む機会があった。
呑みながら友人Bの話になり、友人Bは年下であるにもかかわらず、とてもしっかりしているよねという話になった。
その時私は、「友人Bに父親がいないことが要因となって精神的に大人になったのだろう」という趣旨の発言をした。
それは、私が今まで出会った3人程の片親の友人から導いた考えだった。
すると友人Aに「それは関係ない。性格はあくまでその人個人の特性であって、生まれた境遇に結びつけるのは違う」という指摘をされてしまった。
自分の発言が浅すぎてとても恥ずかしかった。
片親であるということは、もしかしたら要因の一つではあるのかもしれない。
でも、皆がそうなるわけではない。
統計データを知っているわけでもない。
にもかかわらず、個人の歩んできた経験ではなく生まれた境遇で一括りにした自分の考えは、差別的だと感じた。
差別なんてくだらないという考えの私にもまだまだ差別意識はあるのだと痛感した…。
翌日、昨晩のことを反省していたところ、もう一つの考えが生まれた。
年齢、体型、容姿、性別、出身地、国籍、血液型、学校、趣味趣向、立場、家族構成、......
それら様々な情報と経験則から、無意識にグループ分けしている場面は多い。
人生で沢山の人達と出会い接していく中で、ある程度のグループ分けは必要だと思うのだ。
ただし、グループ分けの仕方、使い方を誤れば差別に繋がる。
知り合って、いかに個人と個人として向き合うかを大切にしなければ…と勉強になったのでした。