ゲームばっかり、やってましたっ♪

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【ビデオゲーム】と【スピリチュアル】を探求しています。
今日も地球ゲームを楽しもう♪

Amebaでブログを始めよう!

ブログ休止状態になっていますが、緊急ですのでリブログします。

 

明日、4月5日午前11時45分から20分間

 

「世界同時瞑想」 「100万人瞑想」  というものが行われると聞いて、居ても立っても居られなくなりました。

 

「オラにほんのちょっとずつだけ元気をわけてくれ・・・!!!」みたいな感じでしょうか。

 

世界中の人の想いを結集させたら、きっと何かが動くと信じます。

 

どうか、新型コロナウイルス終息のためにも、心ある方は参加をお願いします。

 

時刻きっかりに誘導動画をスタートさせてイメージしていく感じになるのですが、

 

いきなり初見だと多少手こずると思いますので、事前に確認しておいたほうがよいでしょう。

 

HAPPYさんがフリースタイルで、とブログでおっしゃっていますが、自己流の瞑想だと意味ないらしいです……。

 

とにもかくにも、下記ブログを御覧ください。

 

あけましておめでとうございます。

 


いきなりですが、皆さんは、昔好きだった人が今どうしているか、ネットで検索してみたことはありますか?

エゴサーチっていうんでしょうか、自分の本名を検索するって何か怖いし、人の名前(有名人ではない自分の身辺の人)を検索欄に打ち込むのも抵抗がありますが、

どうしても気になって、やむにやまれず2,3人ほど、実名を打ち込んでググってみたことがあります。

ええ、ええ。お察しの通りすべて異性です(笑)。

先日、高校時代に憧れていた陸上部の先輩をググってみました。

芸術の世界で第一線で活躍しており、自分の手の届かない、まぶしい世界で輝いていました。

ああいったクリエイティブな世界で生きている人は年をとらないのか、最近の写真を見ても若々しく、昔のおもかげがはっきりと見て取れました。

10年ほど前にも一度検索したことがあるのですが、今回は姓が変わっていました。結婚されたんですね……。

もちろん直接コンタクトを取る理由はありません。向こうはこちらのことなど、1ミリも覚えていないでしょうね。

あまりにも、遠すぎる……。

実はこの先輩は、どちらかというと女性として憧れていたというより、むしろ自分がそうなりたいという目標としての憧れを抱いていたのです。

実際のところ、あの当時はかなりの美少女でしたから、恋愛感情的なものが全くなかったということはないと思うのですけれども。

陸上の世界において県内でも1,2を争う実力者で、性格も明るく、誰とでも気さくに話すタイプでした。

専門の競技種目は違いましたが、実力的にも最底辺で、根暗(表現が古いw)だった自分は、その「人としての輝き」にいつも圧倒されていましたね。

今思うと本当に光って見えていました。私は見える人、ではないのですが、オーラみたいなものを感じ取っていたのでしょうか?

この地球という世界、そしてそこで生きる大人たちに反感を抱いていた思春期から、今に至るまで、あれほど強い輝きを放つ人に出会ったことがありませんし、

高校を卒業してからもずっと心の奥底で(精神的な意味での)目標にしていたと思います。

自分はこの人生で、あのときの先輩の輝きにわずかでも近づけたのだろうか?

青春時代はよく自問自答していましたが……。

歳をとるにつれ、大人としての生活に埋没してしまって、そんな疑問も流れたまま、思い出すこともない日々が長く続きました。

しかし、あの頃先輩が放っていた「あの輝き」は、私の胸の中で輝くひとつの星として昇華され、今でも、そしておそらくいつまでも、光り続けているのでしょう。

いつしか、再び表に出てきては私を駆り立てるのです。今こそ、動くべき時だと。

それが、「憧れ」というものが持つ力なんだと思います。

かなり抽象的な話になってしまいましたが、少しでも共感していただけた部分はありますでしょうか。

ごく簡単にいってしまえば、「今年はやりたいことをやるぞ~!」っていう話なんです(笑)。

生活のために、封印していた自分の思い、本当はやりたかったけど、やむなく避けていたこと、できなかったこと。

そこを解放していこう、向き合っていこうと。今年はそういうタイミングなんだと感じています。



ただ、これまでの人生で私は「元旦の決意、抱負」、そういったものを完遂したことがありません。

毎年、元旦は気持ちが改まって何かしら目標を立てたりするのですが、ことごとく挫折するだけで、

「自分はやっぱりダメだ」という気持ちを強めてしまうという悲しい結果に終わってしまいます。

ですので、今年はアプローチを少し変えて見ることにしました。

まったく新しいことをするのではなく、今やっていること、すでにできていることの延長線上を目指す、というところで考えてみたいと思います。

○今できていること=週1回ブログを更新

○今年やりたいこと=小説を書く

じゃぁ、週1回ブログに小説を載せていけばいいんじゃん!(笑)

これで、私の2020年に歩く道は決まりました(笑)。

以前から温めていたお話があり、実のところプロットの段階でまだかなり難航しているのですが、今年はこの小説の完成を目指したいと思います。

スタートまでお時間を頂きますが、気が向いたらまたお付き合いくださいませ。



ということで、今年もよろしくお願いします。

最後になりましたが、皆様にとって最高の1年になりますように。



↓今年の自分のテーマ曲にしようと思います。高校の卒業式で流れていた曲です。

クリスマスですね。いかがお過ごしでしょうか。

私はこの曲が好きで、よく聴いています。せつないですよね(笑)。

 

 

 


クリスマスを祝う習慣が日本でも広く普及したのは昭和初期からだそうです。

「クリぼっち」なんていう言い方を最近よく見かけますが、家族や恋人などと過ごすものとされているクリスマスにおいて、

相手がいない一人者ですと、寂しさや孤独感が際立ってしまいますよね(汗)。

Wikipedia先生を見てみますと、

1931年(昭和6年)には、パートナーのいない"不幸な青年たち〔ママ〕"独身者には方々のレストランが「一円均一」のクリスマスディナーを売り出すなどして歓迎した、とも報じられた(現在の相場に換算すると約3,000円。例えば、朝日新聞朝刊購読料が昭和6年で約1円の時代)

なんていう新聞の記事がありました。この当時からお仲間はいたようです(笑)。



昔からクリスマスには方々で様々なイベントが行われていると思いますけれども、

最近では、スマホのアプリゲームやオンラインゲームなどで、クリスマスのイベントを楽しむ、というのも慣習化してきましたね。

私が現在プレイしているオンラインゲーム、ドラゴンクエスト10でもクリスマスのイベントがありました。



ドラゴンクエスト10はドラゴンクエストシリーズの10作目で、2012年からオンライン専用ゲームとして運営されています。

パソコン、PS4、ニンテンドースイッチ、3DSなど、様々なプラットフォームでプレイ可能で、無料体験版もあります。
https://www.dqx.jp/trial/

また現在セール中で製品版をお安く購入することができます。

 

 


このタイトル、ドラゴンクエストシリーズをずっとやってきた人でも、「オンラインゲーム」だからということで、やってない人も多いんですよね。

もったいない!これについては、声を大にして申し上げたいと思います。



「ドラゴンクエスト10は一人でも楽しめるよ~!!!」



そう、クリぼっちなアナタ!あなたのような方こそドラクエ10をやるべきです!(笑)。

オンラインゲームではありますが、一人ですべてのストーリーを体験することができますし、

この、ストーリーの内容こそが、他のドラクエシリーズに劣らない素晴らしいものになっているので、ぜひおすすめしたいです。



公式で用意されている、クリスマスのイベントはこちらから。本日で終わってしまいますけれども。


(C)2019 ARMOR PROJECT/BIRD STUDIO/SQUARE ENIX All Rights Reserved


毎年クリスマスの時期になるとこのおじさんがやってきて、ちょっとしたサブストーリーが展開されます。



公式のイベントとは別に、プレイヤー同士が集まってワイワイするという、(クリスマスに限らず)プレイヤーイベントというものもあります。

先ほど「一人でも楽しめる」と書きましたが、他のオフラインのドラクエのようにソロで一通り楽しむことはできますので、そこは安心してください。

 

でも、気が向いたら、ときには他のプレイヤーが集まるイベントに参加してみるのも楽しいかもしれません。

ドラゴンクエスト10には、純粋な人間以外に、亜人のような5つの種族が登場しますが、

※普通の人間にもなれます。

それぞれの種族で集まったり、リアルで同じ職業や趣味を共有している人同士が集まったりとか、

とにかく、こういう人集まれ、と募集をかけて集まって何かする、みたいなものがプレイヤーイベントです。

私が毎月参加している「まるめ集会」は特に何かするというわけでもなく、集まってワイワイするだけのイベントです(笑)。その様子を御覧ください!


これはみんな、プクリポっていう最強の種族なんですよぉ~(かわいさが)。


(C)2019 ARMOR PROJECT/BIRD STUDIO/SQUARE ENIX All Rights Reserved


プクリポという種族の、目が丸い人たちが集まっています。ただ存在しているだけで素晴らしい、悟りの境地にいるような種族です(笑)。癒やされますよ~。リアルぼっちなクリスマスも、これで寂しくなく過ごせました!



ということで、大したことも書けませんでしたが、今年も終わりですね。年内の更新はこれにて失礼いたします。

ゲームとスピリチャルを扱うという、どっちつかずのブログにお付き合い頂きありがとうございます。

自分にはどちらも大切なものなので、これからもあえてどっちつかずでいこうと思います(笑)。来年以降も、ぼちぼち更新していきますので、思い出したらのぞいてやってくださいませ。

読んでくださってありがとうございました。良いお年をお迎えください☆

エックハルト・トールの新しい本が先月末に発売されました。



エックハルト・トール (著), 山川紘矢・亜希子 (翻訳)

となっており、これまで「パワーオブナウ」や「ニュー・アース」などの著作は別の方の訳だったのですが、初めて山川先生の翻訳でエックハルト・トールが読めるということで喜び勇んで購入しました!

エックハルト・トールは、2008年にニューヨーク・タイムズにて「アメリカで最も人気のある精神世界分野の著者」と評され、

2011年には、100年の歴史をもつロンドンの書店、ワトキンス・ブックスの発行する「ワトキンス・レビュー」の「現存するもっとも影響力のあるスピリチュアル・ティーチャー100人」の第1位に選ばれました。

日本でも、スピリチュアルに関心のある方にはよく知られていると思います。まぁ、有名ですよね(笑)。

特に有名な著作に、

「The Power of Now」=「(邦題):さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる」

 


「A New Earth」=「(邦題):ニュー・アース -意識が変わる 世界が変わる」

ニュー・アース ニュー・アース
2,420円
Amazon

 

があります。

主に、「いまに在る」ことでエゴからの解放、目覚めやさとり、といったものを目指すということが書かれています。



「あなたは、ストレスを感じていますか?未来へ向かうのに忙しすぎて、『いま』の価値は、ゴールに到着するまでの手段になっていませんか?ストレスは、『ここ』にいるのに『そこ』にいたいと思うことや、『現在』にいながら、『未来』にいたいと思うことで生まれるのです」


「『いま、この瞬間』を尊重したとたん、不幸と苦悩はすべて消え去り、人生は喜びと安らぎとともに、スムーズに流れはじめます。『いまに在る』意識で行動している限り、あなたのすることはすべて、どんなささいな行動でも、高潔、思いやり、愛が原動力になります」


(「さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる」より抜粋)



「The Power of Now」にしても、「A New Earth」にしても、「いまに在る」「いま、この瞬間」というフレーズが繰り返し繰り返し出てきます。いったい何回出てくるのか、数えてやろうかと思ったほどです(笑)。

「いまここ」「今この瞬間」が悟りにつながる、といった情報は、精神世界を探求するようになってから、かなり早い段階で触れていました。エックハルト・トール以外にも色々な人が言っていますし、基本的なことなのかもしれません。

ですが、私はまだまだ、できていません。どうしても日常生活の雑事に、振り回されてしまうのですね。何かエゴにとって都合の悪いことがあると、すぐに思考が優位になってしまいます。



前回の記事で取り上げた超能力者・清田益章さんが、これについてとても含蓄深い言葉を述べているので、少し拾ってみますね。

 


「今っていう瞬間をずーっと俺たちは生きているわけです。

過去の過という字と、未来の未という字を合わせると、「かみ」という言葉になる。その状態が今なんですよ。
みんなそれぞれが、過去のことにとらわれたり、未来に意識が向きすぎたりして、そこのど真ん中(の現在)にいかない。
その今っていう瞬間を整えるには、息を整えればいいんですよ。
今この瞬間を整えることによって、すべてが整いますよと。その瞬間が整えば、その瞬間からの過去も整うし、その瞬間からの未来も整うんですよ」
(動画の1:12~)

「息を整えることで、今を整える」とおっしゃっていますが、今を整えることで、「過去も」整うというところがミソかなと、個人的に思いました。



「ニュー・アース」にも、呼吸について書かれている箇所があります。

「呼吸を観察すると、いやおうなしにいまこの瞬間に「在る」ことになる-これがすべての内なる変容の鍵なのだ。呼吸を観察するとき、あなたは絶対的に「いまに在る」。それに、考えながら呼吸を観察することはできないことにも気づくだろう」

エックハルト・トールは、「大いなる存在」につながる入り口はいくつかあり、全部の入り口を使う必要はなく、どれかひとつを使えばいいといっています。呼吸観察などもそのうちのひとつなんでしょうね。今一度、挑戦してみようと思います。



今回の新刊は、「The Power of Now」から引用された言葉を美しい写真付きで読めるというもので、詩集みたいな感じになっています。



エックハルト・トールに興味を持たれた方は、この本から入ってみるのもいいのではないでしょうか。

私自身途上にある身ですが、「いま、この瞬間」に途方もない安らぎがあることを、漏れ出てくるように実感しはじめています……。

最後にひとつだけ、新刊から紹介させていただきますね。
読んでくださってありがとうございました。



今という瞬間にいつも「yes」と言おう。
今あるすべてに自分を明け渡そう。
人生に「yes」と言おう。-
そして、あなたに敵対していた人生が突然、
うまく動き始めるのを見守ろう。

クリスマスムードに入ってきました。スーパーなどに買い物に行くと、クリスマスのコーナーができていたり、すでにクリスマスソングが流れていたりします。

毎年思うのですが、気が早くないですかねぇ~(汗)と。店によっては12月に入る前からこの状態だったりします(笑)。まぁ流通の関係やら、徐々に盛り上げていく上でも仕方ないとは思いますが。

なので個人的には12月ってやっぱり、ずっとクリスマスのイメージなんですよね。今の世の中の商業的な都合かもしれませんが、それはそれで楽しさもありますので、受け入れています。

まぁ、「メリークリスマス!」ってみんな言うけど、何を祝ってるの?と言いたくなるほど中身がなさそうなのはツッコまないでおきましょう(笑)。



エスパードリーム3回目の今回は、「エスパー」に注目してみます。

エスパードリームは、エスパーの少年が本の中の世界で冒険する、ファミコンディスクシステムのゲームです。



ゲーム以外にも、エスパーが登場する作品はマンガや小説などにもたくさんあると思うのですが、最近の作品だと異能バトルみたいな作品独自の超常能力もあり、どこまでを超能力として考えるかによるので厳密な区分けは難しいのかもしれませんね。

とりあえず私がパッと思いつくのは、幻魔大戦、バビル二世、エスパー魔美などでしょうか(古い……)。エスパー魔美は2000年代初頭に深夜ドラマにもなっていたような。

 

 

いやぁ~いいですねこのオープニング曲(笑)。「テレポーテーション-恋の未確認-」という曲です。たぶん主人公の魔美と同世代のころに見ていたと思うので、懐かしいです。

超能力を使って人助けをするようなハートフルな話が多かったと思うのですが、全部は見ていなくて、最終話とかどうなったんだろうこのアニメ……と今になって気になってきました。機会があれば見てみようと思います。



超能力者といえば、架空の創作物だとマンガや小説・映画などで、たくさん名前が出てきますが、実在の人物となると、一般に知られているのは2人くらいでしょうか。



 

ユンゲラー、じゃなかった、ユリ・ゲラーさん(笑)。

 

 

Wikipedia先生によると、ユリ・ゲラーさん、まだご存命みたいですね。

ユリ・ゲラーさんはハンガリー出身イギリス在住の方で、1970年代に来日し、TV番組などで取り上げられてスプーン曲げや透視などを披露し、超能力がブームになりました。

その時期に超能力少年として大きく話題になり、その後も超能力者といえばこの人、と日本でいまだに広く知られているのが清田益章さんですね。

 

 



エスパー清田益章さん監修のファミコンゲーム、マインドシーカー!
超能力開発センターでトレーニングを積みエスパーを目指すという、シューティングやRPGが隆盛だった時期のゲームとしてはマイナーな部類かもしれませんが、私のようなレトロゲーム愛好家には結構有名です。やったことありませんけど(笑)。

 

 



超能力の種類には以下のようなものがあります。

・テレパシー
・予知
・透視・千里眼
・念力
・念写
・瞬間移動
・サイコメトリー
etc...

霊能力や神通力なども似た要素が含まれると思いますし、予言やチャネリング、オーラを見たりするなど、スピリチャルに関連する能力もある意味では、超能力的ではあります。

「エスパー」は超感覚的知覚(ESP)からきた言葉で、ESPはテレパシー、予知、透視、千里眼などの情報の伝達に関する能力を指し、物体に力を及ぼし得るサイコキネシス(念力、念動力)とは区別されるようです。

「サイキック」はエスパーや霊能力者なども含めた広い意味での超常現象を扱う能力者を指すようですが、「エスパー」や「サイキック」「霊能者」など、どの言葉がどこまでの要素を含めるのか、厳密な区分は難しいみたいです。



スピリチャルTVをご存知でしょうか?故・小泉義仁さんが始めたインターネット放送で、精神世界に関するあらゆる情報・人物などを集めて生放送や動画で紹介されていたものです。

現在はYoutubeのチャンネルとして配信されていますが、以前はUstreamやスティッカムなどでやっていました。

私は長年視聴していましたが、小泉さんが亡くなられて以降は番組の内容がピンとこなくなってしまい、現在は見ていません。

何年か前にこちらで、清田益章さんが出演されていたのを思い出しました。

 

 

清田さんは一度「脱・超能力者」宣言をし、現在はスピリチャル関係の活動をされているようです(詳細は調べきれませんでした)。

70~80年代の超能力ブームの頃には、当時のテレビという巨大なメディアからのプレッシャーに押しつぶされ、インチキまがいのことをさせられて番組で糾弾されるなど、かなり苦しんだ感じが見て取れます。

20代後半にミュージシャンに転向したり、奥さんとの死別や、バリ島への移住、大麻で捕まるなど、かなり波乱万丈の履歴でした。

一方で超能力者としては、批判的な目もありますが、本物だった印象もあります。そこから様々な人生経験を積み、年齢を重ねる中で、スピリチャルな方向に進んだようですね。

上の動画を見て、彼の言葉の切れ端を少し並べてみます。



「聖なるものにチューニングする、それが祈り」


「人間が戻さなくちゃいけないもの、忘れちゃいけないもの、スピリットとつながること」

「何を拝むんじゃないんだ、自分を拝むんだよ」

「俺達は神様の細胞だから ネットワーク、つながったときには全部、宇宙、ワンネス」

「自分が投げたものは 必ず返ってくる」

「疑うけどそれを越えて信じることができたやつは、そこに平和を見ることができる」



聖書や仏典などの宗教書を読み、共通点を探し、どれが一番正しいの?と模索されていました。

宗派はないが、自宅に祭壇をつくり、瞑想などを習慣にされているとのことでした。

超能力者として有名な清田さんがスピリチャルな道に進んでいるというのは、とても印象深かったです。

また、別の動画からの情報ですが、私たちに馴染み深い「パワースポット」という言葉は和製英語で、清田さんが生みの親だそうです。

 

超能力少年として多忙を極めた1970年代に言い始めたのが、今は普通に使われるようになったとか。知らなかった……。

 



そういえば、スピリチャルTVの主催・故小泉義仁さんがどこかで言っていましたね。

「空気を読む」「以心伝心」という日本人の特質はテレパシーと同じで、日本人の何割かはエスパーみたいなものだとか何とか。

海外の人には馴染みのない文化といえるようです。言葉やジェスチャーなどを使わずに行われるコミュニケーションというのは。

とはいえ、日本人に限らず、私たちに眠っている超常的な能力というのは、実際あるんじゃないかなぁと思います。

そしてそれは精神世界にも大きく関わりがあるのは間違いなさそうです。

清田さんが「脱・超能力者」宣言をしたときの文章が残っていまして、今日はそこからこっそり引用して終わりたいと思います。読んでくださってありがとうございました。



僕には何かをしなくてはいけない感じが、ずっとしていました。
それは、スプーン折りなどの超能力ではないのです。
人が人らしく、相手にみかえりを求めずに相手を想ったり、相手の為に祈ったり僕と一緒にそうしていこうと、僕が中心でなく、みんなが円(縁)に加わり、心の手をつなぎみんながもっている小さな力を集めそれを循環させていくことが僕の本当の仕事だと感じてしまいました。


(中略)


心の世界はつながっています。
祈りは通じます。通じるかどうかなどと感じているのは、祈ることをやめ、お金を崇める社会に生きているからです。祈りは通じるのです。

僕たちは本当は大きな家族です。家族の家族、そのまた家族、そのまたまた家族が本当はつながっています。

確認せずとも僕たちがつながっているのが、この世界です。
でも、僕たちはその家族の無事すら祈ることができずに、自分の幸せだけを求める社会にしてしまいました。
それはお金という、人間が人間の為に作った偶像を崇めているからです。
そのシステムはやがて、くずれるでしょう。今は、そのシステムを作った人がなんとかくいとめようとバカなことを、こんな時代でもやろうとしています。

本の一握りに、人間たちがこの世界を支配しています。その力は、お金です。

そのシステムは、自然に崩れるでしょう。
そうしないと、人は豊かにはなれないからです。お金をもっても豊かだと感じられていない人が、多いのがその証拠です。本当の神様は紙幣ではなく、僕たちの心の奥底にいます。
だれの心の奥底にいます。その神様はいつも祈っているのかもしれません。
その祈りの結果が自然だと感じています。

12月に入っちゃいました。お仕事も忙しいし、やることが多くて焦ります(汗)。皆様いかがお過ごしでしょうか。



前回紹介したエスパードリーム。

本の中の世界を救うために超能力を駆使して冒険し、見事目的を達成して戻ってくると本の前で眠っていた……。

「あれっ、夢だったのかな……」

そして……続きは、Let's play  エスパードリーム(笑)。




私は毎日のように夢を見ます。たいていは起きてしばらくすると忘れてしまうのですが、

それはそれは濃密な内容で、毎晩毎晩、大活劇だったり大冒険している印象があります。

あまりに生々しくて、面白い内容だった時には、目覚めた直後に寝床で内容を反芻していたりとかすることもよくありますね。

「あ~夢だった!夢でよかった!」ということもしばしば。そういう時はだいたい、歯が抜け落ちたり、頭髪がごっそり抜けてしまう夢だったりします(笑)。

同じような内容の夢を何度も見る、というのもあります。よく見るのは、高校生に戻っている夢。遅刻したり、教科書や宿題などを忘れてしまうとか。

高校生のときの数学の担当がすごく怖い先生だったので、「宿題やってなかった!次は数学の時間だ。どうしよう」というのも以前よく見ていました。

こういう何度も見る同じ夢、というのは深層心理学的に理由があるのでしょうが、夢占いや夢判断などでざくっと調べてもあまりわかりませんでした。

自分でかなり勉強するか、専門家に見てもらうとかしないと難しいんでしょうかね。

でも、先述の高校生に戻る夢については、人生に対する焦りのようなものが夢に現れているんだろうな、と大体の見当はつけています。



夢とはなんだろう?なぜ夢を見るんだろう?

そういった疑問にまつわる情報はたくさんありますが、今回は「思想物理学概論」という本に注目してみました。

 

 

物理学や心理学、夢の世界を通じて、「意識とは何か」にせまり、思想物理学という著者独自の思想・世界観が語られています。

タイトルと表紙からちょっと難しそうな印象を受けるのですが、たいへん読みやすい文章で、ズバリ面白いです。

特にオカルトやスピリチュアルに関心のある方は強く興味を惹かれる内容だと思いますので、是非ご一読くださいませ。

この本で特に力を入れられているのは、「明晰夢」についてです。

「明晰夢」とは……睡眠中にみる夢のうち、自分で夢であると自覚しながら見ている夢のことである。明晰夢の経験者はしばしば、夢の状況を自分の思い通りに変化させられると語っている。(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

私は夢の中で、「あ、これ夢だ」と気づくことがちょくちょくあります。そこで、「このストーリー展開気に入らないから変えよう」と思って、

夢のストーリーや状況をコントロールしようとすることがあるのです。おそらくこれが明晰夢なんでしょうね。

「思想物理学概論」では明晰夢を見る手法やその効能などが語られています。

個人的に面白いと思ったのは、この明晰夢の構造が、スピリチュアルでいうところの覚醒・悟りに似ていることです。

スピリチュアルでは、この現実世界を幻想(イリュージョン)としてとらえ、そこで生きるエゴとしての私たちの意識は、

本体であるハイヤーセルフという高次元の意識とつながっている、と説明されることがあります。

いわば、ゲームでいうところのキャラクターとプレイヤーの関係です。

現実世界=ゲーム、キャラクター=私たちが自分だと自覚しているもの、プレイヤー=ハイヤーセルフだと仮定すると、

キャラクターに没頭している自己が、プレイヤーの存在に気づき、そのプレイヤー視点から(私たちが現実だと思っている)この世界を生きること、

それが悟りなのかなぁと私は考えています。

普通、夢を見ているときって、その世界や人物になりきっていますよね。それがどんなに荒唐無稽なストーリーであっても(というか、たいていはむちゃくちゃな設定や物語だったりしますが)。

だからすごくリアルに感じますし面白いんですけど、その中でふと「あれ、これ夢じゃん」と気づくというのは、夢を見ている本体の自分に気づくということでもあります。

そこが、現実世界の中でハイヤーセルフに気づくエゴ、という構造に似ていると思いました。



この本では、私たちの意識は今-現在しか認識できないが、時間-過去・現在・未来は空間同様に目の前に広がっており、

時間・空間、あらゆる可能性の全て溶け込んだスープのような実在があると考え、「時空混沌の世界」と名付けられています。

つまり、スピリチュアルでいわれている「時間は幻想」「今この瞬間に全てある」というような概念が語られるのです。

この「時空混沌の世界」は、古今東西のあらゆる出来事が記録されているといわれる「アカシックレコード」と同義であり、

=「夢」で、いずれ明晰夢によってこの世界観を証明することができるだろうと著者は語ります。

さらに、人工知能によって我々人間の精神世界の謎も解明されるだろうという持論が展開されますが、

私の頭がパンクしそうなのでこのへんにしておきます(汗)。



たかが夢、と思っていたら、えらく難しい話になってしまいましたね。

エスパードリームでは、「あのめくるめく冒険は夢だったのか現実だったのか」みたいなエンディングになるのですが、

どちらであるにしても、その記憶は「かけがえのない宝物」として描かれるのが素敵です。

私は、この人生が夢であるにしても、ゲームであるにしても、そこでどんな体験をするか、が大切なことかなぁと思っています。

色々な体験を通して、宝物のようにこの人生を愛していきたい。

などとぼんやり考えながら、忙しい師走も乗り切っていきたいと思います。

最近、近所のスーパーの2階の100均ショップが新装され、今朝のぞいてきました。


ダイソーからワッツっていうところに変わったんですけど、以前からダイソーで買っていたものがなくなっていて、ちょっと困るなぁと(汗)。

 

店では中学生の女の子を見かけて、普段子ども世代に接する機会のない、独身のおじさんですから、

 

うぉっ、制服姿がまぶしい!となりました(笑)。

 

私自身も中学生時分はそうでしたが、制服で過ごす時間がどれほど貴重なものだとか、あまり自覚ないですよね。

 

大人たちから言われるから意識することはあるけど、当事者としては若さを実感することはあんまりなくて、

 

後になってから、若かったなぁ、あの時代はまぶしかったなぁ、なんて思ったりします。

 

こういう話になると、「あの頃に戻りたい、あの頃はよかった」といって歳をとった今の自分を強く否定する風潮ってありますよね。

 

私自身は、純粋にあの頃の体験をまた味わいたいという意味で「戻ってみたい」とは思いますが、「やり直したい」とは思いません。

 

もちろん失敗も後悔もたくさんありますが、それらも含めて今生での貴重な体験だったと、過去を肯定しているからです。


すべてはこれでよかった、と思っています。


若さがまぶしい、戻りたい、というのは、RPGでいうところの、レベル40くらいになって魔王を倒せるくらいになったときに、

 

ゲームを始めたばかりのレベル10いくつのころを懐かしむようなものじゃないかなぁと思っています。あのころは何もかもが新鮮だったと……。


一方で、レベル40くらいになると、かつて勝てなかった強いモンスターに挑んだり、貴重なアイテムを求めて高難易度ダンジョンを攻略するなどの、それはそれでその時期にしかない楽しみがあります。


歳をとる、ということに必要以上にネガティブになることはないのではないか、と常々思っています。


……ここまで書いてきてふと思いましたが、今朝見たあの中学生の女の子って、学校はどうしたんでしょう?(笑)午前中だったんですが(汗)。

 

 

色々書きましたが、たまにはノスタルジーもいいものです。今の周波数、視点から過去を振り返ってみることで、色々と発見や気づきがあることもあります。


あの年代のころの自分はどうしていただろう?と思い返してみました。

 

今の若い人は堅実でやや冷静かもしれませんが、私たちの時代はバブル期ということもあり、夢や希望に満ち溢れていました。

 

将来どうなりたい、あんなことをしてみたい、と想いばかりが先走っていた中学生時代。

 

たくさんの希望や思春期時代特有の悩みの中で、80年代のサブカルチャーにひたり、漫画やアニメ、ゲームや小説などに耽溺していました。

 

今考えると、未来に想いを馳せていたあの頃の時間そのものが貴重な体験だったわけで、大切なのは未来ではなく、いつだって「その瞬間、その瞬間」だったと思います。

 

こうしてある程度年齢を重ねた「今この瞬間」も……。

 

 

 

今日は、夢見がちだった中学生時代にぴったりとハマった、人生のマイベストゲームの一つ、エスパードリームを紹介します。

 

 

エスパードリームは1987年にコナミから発売されたファミリーコンピュータ ディスクシステム用のアクションRPGです。


ディスクシステムとは、ファミコンの遊びを拡張するために発売された周辺機器です。

 

クイックディスクを基にした専用のディスクを起用しており、大容量・低価格・書き換えといったそれまでのROMカートリッジにはない特徴を持つソフト媒体となります。


フロッピーディスクを使用するパソコンに縁がなかった当時のファミコン少年にとって、ディスクシステムで採用された大容量ディスクというのは、憧れでありワクワクしたものです。

ディスクシステム最初のソフト、初代「ゼルダの伝説」は音がものすごいタイトルでした。これは音源が違うためで、後に発売されたカートリッジ版より音がいいのです。

 

 

 

一方、エスパードリームも音楽が最大の衝撃でした。

 

メインBGM「エスパードリームなのさ」

 

 

 

ゲーム内容ですが、剣と魔法の中世ヨーロッパ風の世界が主流だった当時のRPGにおいて、


銃を扱う超能力者であるSF風の主人公が童話的なメルヘン世界で冒険するという、独特の世界観をもったものになっています。

 

銃や超能力のビームなどを駆使して戦うアクションと、レベルアップなどの概念があるRPGです。

 

 

本好きの少年が、助けを求められて本の中のメルヘン世界に入り、何故か発現した超能力を発揮して、さらわれた村長の娘を救いに5つの世界を冒険する、という物語。

 


画像は全てコナミHPより。

 

 

最近のライトノベルでは異世界転生ものが流行りですが、やはり異世界に行って超常的な力を発揮し、その世界でヒーローになるっていうのは、今も昔も人の心を惹くのでしょうか。

 

当時は「本好きの主人公」というところで何か共感を感じたのと、絵や音楽がポップで非常に好みであること、

 

プレイしやすいアクションRPGというゲームシステム、適度なゲームの難易度なども相まって、最高に楽しめた思い出のゲームです。

 

 

 

今でも「ドリーム」という言葉は好きなのですが、私たちは普通、「夢」と「dream」という言葉で、2つの意味を連想しますよね。

 

1.(睡眠中に見る)夢

 

2.(実現させたい)理想

 

日本語の「夢」という言葉と、英語の「dream」という言葉、別の言語で、どちらも同じ2つの意味を持つというのは、すごい偶然に思えませんか?

 

日本語って多義語が多いので、例えば「結構」という言葉だと、否定にも肯定にも使われますよね。英語ではそれぞれ別の単語になると思うのですが、

 

「夢」はどちらの意味でも「dream」になるのって、なんだか不思議だなぁと長年思っていました。

 

ネットでざっと検索してみると、やはり同じ疑問を持つ人が多数いるようで、知恵袋などで回答が書き込まれていました。

 

明治の文明開化の時代に、外国語の単語を翻訳する作業が行われ、そこでたくさんの新しい日本語が生まれました。


その際、もともとあった寝ているときの「夢」という言葉に、「dream」の訳語として、「将来の希望、願望、憧れ」という意味が付け足された、ということらしいです。

 

 

 

さて、寝ているときの「夢」の方には、心理学や脳科学にも関連しますが、スピリチュアル的な意味合いにもとられることが多々あります。

 

「予知夢」、「正夢」、「明晰夢」など、色々と興味深いお話が多いので、ちょっと調べてみたいと思います。

 

また、「エスパー」という言葉もあの時代流行りましたよね。今の若い人たちにどれくらい馴染みがあるかわからないのですが、漫画やアニメの題材でもよく使われた言葉です。


ポケモンにエスパータイプというのがあるので、ゲームをやる人は知っているでしょうか。

最近では超能力バトルといわずに、ライトノベルなどで異能バトルという言葉が使われたりします。

 

実在される(かも)とされる、テレパシー・テレキネシス・テレポーテーションなどの超能力とは違い、各々の作品世界で独自に考えられた能力ものですね。

 

人はいつの時代も、こういった特殊な能力に憧れを抱くものなのかもしれません。


こちらはどちらかというとジャンル的にはオカルトになりますが、超能力なものもスピリチュアルに関連があると思うので、こちらの現状も少し調べてみたいと思います。


次回はまず、「夢」について考えてみますね。読んでくださってありがとうございました!

 

 

 

ディスクシステム本体は引っ越しか何かの際に処分してしまった(激しく後悔)のですが、このソフトだけは手放せませんでした。持っているだけであの頃に戻れる、思い出の一品。

寒くなってきました。確実に冬の足音が聞こえてきているのですが、

今年があと1ヶ月と10日ほどしかないということに心の準備がまったくできていません(汗)。

今年もやり残してしまうことが出てきそうです。皆さんはいかがでしょうか?



輪廻転生をテーマに壮大な恋愛が描かれるノベルゲーム「久遠の絆」。

このゲームから運命の赤い糸、そしてツインソウルという言葉を連想し、ざっと検索してみました。

「運命の赤い糸」については、中国の伝説から発祥しているということ以外、あまり情報がなかったので、

今回はやはり「ツインソウル」について、自分なりに整理してみようと思いました。



……が、短時間でまとめるにはあまりに深すぎるテーマだったようです。

ネット上でざっと検索した限りでは、ソウルメイトとツインソウル、という言葉以外に、ツインレイ、ツインフレームなどという似た概念の言葉があって、

それぞれ説明している人によってかなり内容に食い違いがあるのです。私自身混乱しましたが、よく判別できないまま使っている人もいるかもしれませんね。

それでも何となくこういう感じかな?と思われる共通項をすくってみました。

1.ソウルメイト……輪廻転生の中で出会いと別れを繰り返し、魂の成長のために影響を与えあっている存在。性別は関係なく、グループのように何人もいる。

2.ツインソウル……もともと1つの魂が、複数個に分かれて転生したもの。こちらも魂の成長が目的で、異性であるとは限らない。双子の魂、ツインという表現ではあるが、2人であるとは限らず、複数人に分かれていることもある。

3.ツインフレーム……こちらも魂のグループのような存在で、ソウルメイトよりも更に近しい存在。ソウルメイトが同じ会社に勤める同僚全体なら、その中でも同じ部署に所属している仲間がツインフレーム、みたいな説明をしている方がいました。

4.ツインレイ……ツインソウルの上位概念みたいにいわれていますね。1つの魂の片割れで、1人しかいないそうです。お互いにとって唯一無二の存在になるとか。運命の赤い糸に当てはめるなら、これになるでしょうか。


用語の問題はありますが、大元のソウルメイトという言葉が広まったのは、

アメリカの精神科医ブライアン・L・ワイスの著作「ソウルメイト 魂の伴侶―傷ついた人生をいやす生まれ変わりの旅」の中で、使われたのが最初らしいです。

 

 

私はこの本は読んでいないのですが、昔アンビリバボーという番組で紹介されていたので内容は知っていました。

前世で親子だった二人が、運命的な出会いをして今世で結ばれたという、まさに「運命の人」の話でロマンチックなものでした。

それからハリウッドの大女優シャーリー・マクレーンも著作でソウルメイトについて触れています。

シャーリーは「アウト・オン・ア・リム」をはじめ、スピリチュアルな著作を多数出しており、私は一時期、彼女の本を何冊か読み漁ったことがあります。

 

 

ほとんど内容を覚えてないのですが(汗)、その中でも強烈にインパクトに残っていて思い出したのが「カミーノ ― 魂の旅路」という本に書かれている彼女の体験です。

 

 

聖地サンチャゴへ至るカミーノ巡礼の中で、過去世の記憶を思い出していくのですが、レムリアからアトランティス、にいた時代の話になるんですね。

神話ではエデンの園として語られるレムリアにおいて、人の魂は男性性と女性性の両方を兼ね備えた完全な存在であり、

魂を反映して肉体も両性具有として生活していた、というお話。

これだけでもトンデモ話ですが、ここからぎょっとするシーンが出てくるので印象に残っているのです。

「アダムのあばら骨からイブが生まれた」と聖書で語られているとおり、両性具有の肉体から男と女、別々の肉体へと分離していく様子が刻々と描かれる箇所があるのです。

その描写が映画のように生々しくて、ちょっと衝撃でした。

つまり、1人の人間から2人の別々の人間になったわけで、この本ではその相手はツインソウルとして書かれています。

レムリアで両性具有者として生活している人々は精神の調和を保っており、そこから何故、性を分離させたかには色々理由があるようです。

科学技術にすぐれ物質的価値を重んじるアトランティスの存在が大きく関係していて、上記の肉体の分離もアトランティスで行われました。

この本の中で、シャーリーがレムリアの案内者に「ソウルメイトとツインソウルの違いは何なの?」とはっきり質問するシーンがありますが、

ここで説明されるソウルメイトの概念は他で語られるものとは違い、どちらかというと上で説明したツインレイに近いものになっていて、

話がややこしくなるのでこれ以上は伏せておきます(汗)。



ツインソウルについて調べていて多かった話は、「運命の赤い糸のような、そんなにロマンチックなことにはならない」というものでした。

もともと1つだった魂が、霊的な成長をするために分離したものなので、出会うことによって試練が起こったり、

もしくは試練の最中にお互いを支え合うために出会う、みたいに語られているものが多かったですね。

ですので、それに耐えられるように、ある程度の人生経験を経た40歳以降に出会う可能性が高いと言っている人もいました。

同じ魂なので内面的な物事の感じ方や性質は同じだが、現世上の価値観や境遇がまったく異なることが多く、ぶつかり合ったりすることもある、

そこで相手を受け入れて統合がなされることで霊的に進化し、最高のパートナーになる、といった感じでした。

それ以上にも、もっとスピリチュアルに深い話がたくさんあったのですが、まだ自分の中でまとまりきっていません。引き続き勉強していきたいと思います。



「ツインソウル」という言葉に憧憬を抱いて探求していくと、ちょっと幻滅するというか、現実は甘くないんだな、みたいな感想を持つひとは結構いるんじゃないでしょうか(汗)。

しかし!それでもやはり、我々にとって最大の関心事は、運命の人とのロマンスですよね!

スピリチュアルの世界ではおそらく有名な、「アミ 小さな宇宙人」シリーズでは、主人公の少年ペドゥリートに、双子の魂として運命の人が現れます。

 

 

この本は宇宙人の少年アミから、宇宙的な愛と精神的な学びを受けるお話で、さくらももこさん絵のかわいい表紙から、一見低年齢層向けに見えますが、非常に興味深い内容が面白く語られます。

「禁じられたロマンスには要注意!」とアミに茶化されるほどのアツアツな(少年のくせに)恋愛感情が描かれ、双子の魂について前向きなお話が展開されますので(2巻「もどってきた アミ」〈カリブール星で双子の魂を知る〉より)、

ツインソウルに幻滅した方は是非ご一読ください(笑)。



今回は「アルケミスト 夢を旅した少年」という本の、こちらも主人公の少年が運命の人に初めて出会ったときのシーンから、引用して終わります。読んでくださってありがとうございました。

 

 



少年がその瞬間、感じたことは、自分が、一生のうちにただ一人だけ見つける女性の前にいるということだった。
そして、ひと言も交わさなくても、彼女も同じことを認めたのだった。
世界の何よりもそれは確かだった。
彼は両親や祖父母から、結婚相手を決める前に、相手と恋におち、相手を本当によく知る必要があると言われていた。
しかし、おそらく、そのように言う人たちは、宇宙のことばを一度も学んだことがないのだろう。
なぜなら、そのことばを知っていれば、砂漠のまん中であろうと、大都会の中であろうと、この世界には、誰か自分を待っていてくれる人が必ずいると理解するのは簡単だからだ。
そして、そのような二人が互いに出逢い、目と目を合わせた時、過去も未来も、もはや重要ではなくなる。
その瞬間しかないのだ。
そして、太陽の下にあるものすべては、ただ一つの手によって書かれているのだということを、驚くほどはっきりと確信するのだ。
これこそ、愛を呼びさまし、この世のすべての人のために、双子霊を造った手だった。
このような愛がなかったならば、人の夢は何の意味もないだろう。

 

 

「久遠の絆 THE ORIGIN」買っちゃいました。諸事情によりパッケージ裏はお見せできません(笑)。

天皇陛下の即位を祝うパレード「祝賀御列の儀」が話題になりました。ご覧になられましたでしょうか。

 


一生に二度見られるかどうかという機会ですし、色々と感慨深いものがありましたね。

こちらのパレード、本来は10月22日の「即位礼正殿の儀」と同日に行われる予定だったのですが、台風の影響で延期になったようです。

「即位礼正殿の儀」では、三種の神器の一つである「天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)」が話題になりました。

当日の皇居周辺は雨が降っていたのですが、儀式が始まる直前に晴れ間が見え、美しい虹までかかったので、

これはめでたいと、TwitterなどのSNSでその画像がたくさん投稿されていました。

天叢雲剣には天空に群れ雲を発生させる力があり、この剣が儀式で使用されるときには雨が降るといわれているそうです。

うまい具合に「即位礼正殿の儀」が始まる前に止んだ雨は、儀式終了後、再び降り始めましたので、

「これは天叢雲剣の力だ」「ファンタジーすぎる」「神話の世界みたい」という声がたくさん上がり、

「天叢雲剣」というワードがTwitterでトレンド入りしていました。



オリラジの中田敦彦さんがやっている「中田敦彦のYouTube大学」をご存知でしょうか?

面白くてためになる、まさに一粒で二度美味しい、超人気の動画チャンネルなのですが、

こちらの古事記の解説動画の2話目で、天叢雲剣が出てきます。1話目の動画リンクを貼っておきますね。

 


このシリーズでは4回にわたって古事記の物語が語られ、日本の神話からつながる天皇の由来がわかります。

また古事記と日本書紀の関係、古事記をめぐるミステリーなど、一通りのことが2時間くらいで面白く学べますので、是非ご覧ください。



「天叢雲剣」といえば、神剣としてRPGなどのゲームではよく登場しますよね。

ケルト神話ではカラドボルグ、北欧神話ではティルフィングやレーヴァテイン、アーサー王物語ではエクスカリバーなど、

有名な剣の一つとして、ファンタジーな世界観のRPGでは題材にしやすいのですね。

しかし、私の人生ベストゲームの一つといっていい、日本神話が世界観のベースにおかれている、とあるゲームでは、

伝奇ものノベルゲームの中に天叢雲剣が登場します。

本日はこちら、「久遠の絆」を紹介します。

 

久遠の絆 再臨詔 久遠の絆 再臨詔
2,603円
Amazon

 

「久遠の絆」は1998年に初代プレイステーションで発売された恋愛アドベンチャーゲームです。

シネマティック・ノベルと銘打たれており、弟切草やかまいたちの夜のように画面いっぱいに文章が表示され、

選択肢を選ぶことでシナリオが分岐していくタイプのノベルゲームです。

基本的な物語の舞台は現代の高校で、学園恋愛もの的な感じなのですが、輪廻転生をテーマとしており、

『平安時代』『江戸時代中期(元禄)』『幕末』と3つの時代の登場人物たちの過去生が語られます。

背景に日本神話の世界観があり、先述の天叢雲剣や、関連する神話世界の事物が出てきます。

またそれぞれの時代で歴史上の人物なども登場します。




以下、簡単に序盤のあらすじを。

ごく普通の高校生活を送っていた主人公・御門武は、原因不明の謎の悪夢に悩まされていた。

それでも同居のいとこや、仲のいい親友と変わりない日々を過ごしていたはずのある日、美しくも謎めいた転校生・高原万葉が現れる。

「鷹久…やっと会えたわ。あなたは……必ず私が殺してみせるから……」

と突如意味不明の言葉を投げかけ、その後、彼女と武を中心に様々な怪異が起こり始める。

そんな中、オカルト神秘学研究会の会長・天野聡子に悪夢の相談をした武は、彼女の不思議な力によって過去世の記憶の旅へと誘(いざな)われる……。




画像出典:Android版「久遠の絆 再臨詔」



まぁ、このセリフを見ればプレイヤーには、この2人に過去世においてのなにがしかの因縁があるということは大体察しがつきますよね。

少女の側はその記憶をもって主人公に近づいているのですが、彼の方はまったく自覚がないのです。

ここから2人の関係はどうなっていくのか?「殺してみせるから」とはどういうことなのか?冒頭から引き込まれる、うまい展開です(笑)。

その後、過去世の記憶をたどる中で、彼の周辺の人物に神話の時代からの縁があることが徐々に判明し、

と同時に異形の者たちが動き始めて、皆を巻き込んで戦いになる、みたいな感じです。



いやぁ~とにかく切ないんですよ。初見プレイの時は「???」だったセリフも、一度全部の話を知った後の二度めのプレイとかだと、

なるほど……この人物はここでこういう想いで話していたのか、とか思ったり。

これは記憶を失っている主人公(覚えてないのが普通ですが)と、過去世の記憶を取り戻している周りの人物との会話での、

このゲーム独特の感情で、非常に味わい深いのです。

主人公とヒロインのみならず、このゲームでは時を超えた恋愛模様が種々描かれます。




 

 


曲がまた素晴らしく、「古来からの日本」という感じがすごく出ているものが多いです。スマホ版ではヘッドホン推奨です。

 

 

 

 

このゲームには、大きく分けて3つのバージョンがあります。


1.「久遠の絆」無印 初代プレイステーション版、一番古いですが今プレイしても見劣りしない気がします。

実はこちらのちょっと粗めの画像が作品のおどろおどろしい雰囲気にマッチしていて、一番好きです。


2.「久遠の絆 再臨詔」 ドリームキャストに移植される際に追加シナリオが加わり、画像のリファインや文章の修正などが施されたリマスター版。

以後の移植はこちらがベースになっており、プレステ2,PSP、ボイス入りのPC版など、様々な機種で発売されました。


3.「久遠の絆 THE ORIGIN」 こちらは、最初の構想から諸事情により外されてしまったシナリオをもとに再構成されたバージョン。

18禁のアダルトゲームとして発売されました。いわゆるエロゲーです。私は未プレイなのですが、お話が大きく変わってしまっており、

昔からのファンにはあまり評判がよろしくないので、初見の方はスルーでいいかと思います。



今一番簡単にプレイできるのは、スマホ版です。iOS版、 Android版ともにあり、1480円で買い切り型ですね。

「久遠の絆 再臨詔 Lite」という無料体験版もあるので、興味があれば是非お試しください。

このゲームは物語が分岐するので、いくつかのエンディングの種類がありますが、真エンディングといわれる大団円のラストを見たときには、

 

超一流のフルコース料理を食べたかのような、最高の満足感を感じ、エンターテインメントの究極を感じました。

ロールプレイングやアドベンチャー(ノベル含む)という物語の要素が大きいゲームが好きなのですが、

これまでの人生でプレイしてきた中でもベスト1,2を争う個人的にベストゲームです。超オススメ!(笑)。



さて、このゲームを通じて私自身が強く感じることがあります。それは、

「輪廻転生と運命の赤い糸は存在するか?」ということなのです。

ある程度の年齢になると恋愛に夢を抱くことは少なくなりますが、それでもやはり、非常にロマンのあるテーマだなぁと思います。

ちなみに私自身は現在独身でして、そういう出会いはあったような、なかったような……ごにょごにょ(汗)。

果たして運命の赤い糸なんてものはあるんでしょうか。これに関連して、スピリチュアルではツインソウルという言葉をよく見聞きします。

「久遠の絆」というタイトルは、そのままツインソウルのことを言い表しているようにも思えますし、少し調べてみたいと思います。

※久遠:時間が無限であること/遠い昔、または遠い未来のこと

今回は、最後に主人公・武の切ないセリフで締めたいと思います。読んでくださってありがとうございました。



なぜ君は、突然俺にあの言葉を投げかけたんだ?
どうして俺は、君を見るとこんなにも不安になるんだ?
どうして俺は、君をこんなにも懐かしく感じるんだ?」

ちょっと寒くなりましたね。やはり今年も冬の到来は早くなりそうです。
とはいえ、今週は秋らしい日も多く、私はもっぱら「ゲームの秋」を過ごしていましたが、
皆さんの「○○の秋」はいかがだったでしょうか。



前回は「アベル伝説」からドラクエの話になり、堀井雄二さんの「人生はロールプレイング!」の言葉から、
どちらが先に言いだしたのかはわかりませんが、同じことを言っているゲームデザイナーを見つけた、ということでした。

何年か前に書店でたまたま見かけて、タイトル買いしたこちらの

 

 

「ゲーム的人生論~人生ゲームの成功法則」
という本に〈人生はロールプレイング〉という章があります。
著者の鈴木銀一郎さんはカードゲームやボードゲーム、テーブルトークRPGなどの、
テーブルゲーム(アナログゲーム)のゲームデザイナーとして大変有名な方です。
私は主にコンピューターゲームに親しんできましたので、この本に出会うまで知りませんでしたが、
代表作にカードゲームがあり、こちらはゲームボーイやファミコンでも発売されたので、「モンスターメーカー」というタイトルは聞いたことがありました。

 

 

囲碁・将棋・麻雀などの定番ゲームからテーブルゲーム、最新のコンピューターゲームに至るまで、あらゆる「ゲーム」というものに精通されており、
そこから人生そのものをゲームのように俯瞰して、戦略を練りプレイを楽しむという境地に達したようです。

またこの本には、サラリーマンでどん底であったころの覚醒体験のような出来事が書かれています。
公園で落ち込んでいる時、逆光の中に浮かぶ樹のシルエットに生命の連環を見て取り、自分の中にすべての生命が収束しているのを感じたそうです。
「我は神なり、汝は神なり」
と人に語るようになり、そこから劇的に人生が好転したとか。
興味深い話でした。

日本ではロールプレイングゲームというと、ドラクエやFFのようなコンピューターRPGを思い浮かべますが、
本来はテーブルトークRPGといわれる、みんなでテーブルを囲って遊ぶアナログゲームのことでした。
プレイヤー各々が、キャラクターになりきり、ロールプレイする(演じる)のを楽しむのです。
鈴木銀一郎さんはゲームデザイナーの仕事をするまで様々な職を経験されていますが、その後、テーブルトークRPGをプレイする中で、
自分の本質と、演じているキャラクターを分けて考える視点を持ったことが書かれています。



わたしの本質は、完全な『ゲームオタク』である。一年中ゲームをして暮らせれば、それ以上の幸福はない。しかし、現実にはいろいろなキャラクターを演じなければならなかった。バーのマスター、サラリーマン、編集者、夫、父親……。
どうせ、演じるならゲーム感覚で演じてしまおう。
プレイヤーとして演じると、世界は全く違って見えた。いやでたまらなかったことが、逆に、絶好のチャンスに思えてくるのだ。
自分の感情を切り離して物事を見ると、人生ゲームのルールも分かってくる。そして、『顧客が第一』とか、『明るく振る舞う』とか、『どうせしなければならないのだったら、喜んでする』とかいう成功法則もつかめてくるのである。




この、キャラクターとして演じている自分と、それを俯瞰してゲームとしてプレイしている自分を切り分けるという考えは、
スピリチュアルでいうところの「エゴ」と「ハイヤーセルフ」に通じてくる気がするのです。



21世紀に入る前に亡くなられたスピリチュアルリーダー、津留晃一さんという方が
「人生はゲームである」と語られています。



もともと無限であった者がルール(制限)を造りゲームを始めました。

地球人間ゲームです。
源へ還るゲームです。
意識の進化ゲームです。
身長150から200㎝ぐらいの肉体をまといます。
脳細胞は数%だけ使用可能。
見える範囲は全振動領域の0、001%だけに制限する。
平均プレイ時間は80年、ただし最高は120年まで。
ルールは厳しいがその範囲内では100%の自由が残されました。
三次元の、超仮想現実ゲームです。
そしてあなたは現在このゲームをプレー中です。

あなたのハイヤーセルフは目下このゲームに夢中です。「よくもこんな面白いゲームを考え出したものだ」と感嘆の声を上げながら…。




ゲームにはルール(制限)がつきものですよね。
コンピュータゲームでもスポーツでもそうです。ルールがないと、なんでも自由にできてしまったらゲームにならないと思います。
もともと神のような無限の存在だった者が、なんでも一瞬で叶う、なんでも簡単にできるという無限の自由さ、豊かさに飽きて、
制限のある地球という世界でゲームをしようと、自分というキャラクターをあらかじめ設定し、

ある程度の人生ストーリー(ブループリント)を用意して、降りてきているのだ、

という考えは、スピリチュアルの世界ではよく見聞きします。
今、自分だと意識している自分の上に、ハイヤーセルフという高次元の自分がいるのだと……。


まぁ、実際のところここまでくると、信じるか信じないかはアナタ次第、みたいな話になるんですが(笑)。
個人的に、こういった考え方はとても面白く感じます。
視点を少し変えるだけで、日々の生活の苦悩が少し和らぐ気がします。
それだけでは気休めかもしれませんが、鈴木銀一郎さんのように成功法則として、積極的に役に立てることもできるでしょう。


ただ、この話を突き詰めると、もっと大きなものが見えてくる気がするのです。

 

今回はさすがに、「アベル伝説」から話が離れ過ぎてしまいますので(汗)、
エックハルト・トールの名著「The Power of NOW(邦題・さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる)」から引用して終わりたいと思います。

 


「『誰か』や『何か』が、かたちを使った『ゲーム』をしているのではあるまいか?」
古代インドの予言者たちは、自らにこう問うたのです。彼らはこの世界を、「神がプレイする神聖なゲーム」と考え、「リーラー」[lila]と名づけました。

 

 

 

安かったのでハロウィンセールで購入しました。

新たな積みゲーがまた一つ……(笑)。