日本の狛犬文化というのは600年くらい前に大陸から伝わって、当初はいわゆる「神殿狛犬」として社殿の奥の一段高いところに居たものだ。これが段々庶民に近づき、社の参道まで降りて来るようになるまでにはそれからまた200年くらいの時間を要しました。屋根のある社殿の中に居たときは、木彫りに彩色を施したり陶製の焼物だったりしたものだが、拝殿前や参道に出されてしまっては木材や陶製では耐久性に乏しく、ここから自然と狛犬=石像という歴史が産まれて来ました。それからというもの、この約400年間に全国各地の石工職人さんは互いに腕を研き石材を吟味し、そして道具を工夫発展させ見事な芸術作品へと昇華させて来ました。

 これまで近隣県の社に出向き多くの犬達を見て来ましたが、今になって振り返ってみるとこの昇華の絶頂期は関東に於いては大正の終わり頃から昭和の10年くらいまでだったような感じがしています。以降は戦時体制に入ってしまい終戦までは奉納件数がガクッと落ちてしまったし、敗戦後も腕のいい職人さんが消えてしまったのか殆ど上等なものに会ったためしがないし、昭和も後半頃からはいわゆる中国製造犬の大氾濫で、新規奉納犬はどこでもみな「同じスタイル・同じ顔」になってしまいました。

 さて、今回ご紹介の「牟礼神社」であるが、こちらの参道手前にはいわゆる狛犬絶頂期を代表するような昭和八年犬がドスンと座っていました。



日本の狛犬芸術が頂点に達したのが、この時代の犬達だ。


後ろから見ても、まるで黄金比率ともいえるような完璧なまでの3段台座と犬とのバランスです

  生活中の姿を一瞬止めたような実在感、2頭の子犬の姿勢と位置、台座と像とのバランス、手球の限りなく正円に見えるノミ使いの冴え等々、まさに絶頂期を代表する傑作狛犬です。我が家からここへ来るまでは、結構な距離でしたがこれほどのワンコに出逢えれば、そんな道程のことなど一瞬で忘れてしまえます。


名工 武蔵野町 境 小林留蔵師

 拝殿に正対し、この出会いのお礼を述べて辞そうとしたのだが、社の左右にも末社が二つあり、どうせならそちらにもお礼をと、まずは右側のミニ社へ・・・
 で、よたよた近づいて驚きました。「おぉぉぉ~~、なんて可愛いんだっ、キミたちは!」

遠目から見たら、痩せガエルかと・・・・

 ここで本日のお宝犬と出逢う事になりました。遠目に見たら、まさに犬ではなくて小さな「痩せガエル」と見紛う姿。一応、台座にはちょこんと乗ってはいますが、大きさはなんと私の手のひらに乗せられるほどに小さい!がしかし、顔の表情や後ろ髪、尾っぽなどの彫りは大型犬となんの遜色も無く実に精緻を極めています。



永きのお勤めで大分痛んではいますが、その都度手当てされている様子です。
ちゃんと可愛がられているんだね。それにしても可愛い子たちだ!
何度も何度も頭を撫でつつ、あぁ~、別れがたい程の可愛いさです。


 今までにも小型犬はそこそこ見て来ましたが、これほど小さい本石像のおチビとは初めて対面しました。あまりにも小さくて台座には残念ながら生年月日や親の名前は刻まれていませんでしたが、この石工さんは相当な技術とセンスの持ち主には間違いありません。あぁ~、今日はここまで来て良かった。君たちに遭えてとってもウレシイよ。もう、お腹いっぱい、胸いっぱい、実にいい日になったよ、今日は・・・・。


生息地:東京都三鷹市牟礼2丁目6ー12


牟礼神社、右側末社の小型犬について
●狛犬としての仕事ぶり度 ★(小さいが堂々のお仕事ぶり)
●狛犬としての個性度   ★★★★★(小ささの妙)
●癒され指数       ★★★★★(何度も頭を撫でてしまった)
●思わず笑っちゃう度   ★★★(カエルみたいだしね)
●奉納日 ーーー
●作者名 ーーー
●撮影機材 コニカS3(私のS3はまだメーターが活きていて、といっても1段ほどアンダーにズレるが、これらは指針を頼りにして撮って来ました)