1週間と少し前に書いたはずのことが消えていた。

その時の自分を振り返って、少し残念に思うが仕方がない。

 

今日は今から7年くらい前のことを書く。

その日は今みたいな時期かもう少し先の頃だったか曖昧だが、この時期の風邪の冷たさだったことは覚えている。

当時高校3年生だった自分は部活終わりの母の車の中で普段通りイヤホンを耳に挿し、iPodから流れる音や歌詞から色んなことを想像する。ちょうどamazarashiの「千年幸福論」が流れ何故か目頭が熱くなり涙が溢れた。

後頭部座席に座っていたためバックミラーから母に見られることのないように俯きがてら窓の外を見ていた。

ちょうどその日は高校最後の部活の日だったと記憶している。そして何か遠征の帰りだったように思う。

そのこともありノスタルジックに感じていたのかもしれない。

しかし自分は部活が嫌いで早く終わって欲しいと願い続けていたため、寧ろ最後の日だからと喜んでいたはずだった。自分はそういった薄情な人間なのである。

 

人間というものは不思議なものだと今になって思う。

その翌日は学校があり朝起きたら、いや、父に起こされたのか定かではないが、母が蹲っていたのだ。父が救急車を呼ぶ。

近くに住んでいた叔父と祖母が我が家に着き慌てた様子で母の身体を摩る。

何をどうしていいか分からない自分は到着した救急車に乗ることが出来ず普段通り学校へ行くことを選んだ。

学校へ向かうためバス停まで叔母に連れて行ってもらった。

 

母は色々な持病を抱えていた。本当に色々だ。

ただ自分が高校に入学してから母の身に引き起こった病は本当に厄介なものだった。

自分はそれを知っていたのだ。

 

バスに乗り込み、自分が感じているものが辛いのか悲しいのか怖いのか分からなかった。

長年連れ添った幼馴染みが乗車し顔を見た瞬間に涙が溢れた。自分は怖かったのだと自覚した。

「どうした」と聞いてくる幼馴染みに事情を伝えると幼馴染みも焦った顔をしていた。

自分はその衝撃を受け入れるほど強くなく、目を背けることしか出来ない程幼かった。本当に幼いのだ。

 

amazarashiの曲を聴くとそのようなことを思い出す。自分の高校生活に根強いアーティストだと思う。

 

高校2年生時の修学旅行では眠れずホテルのベッドでamazarashiのアルバムをずっと聞いていた。

小さい頃から交友関係を築くことが難しかったため修学旅行のホテルの同室者と盛り上がるということは無かった。

ただネットでの知り合いなどはいた。当時もアメブロだったか、知らない人のブログに共感したり、良いなと思ったらコメントを残したりと浅いつながりで充実していた。そういえばamazarashiのこともそういった経緯で知ったような気がする。

話を少し戻す。自分がベッドの上で聞いていた曲で鮮明に覚えているのは「逃避行」という曲だ。

高校生活、地元、当時の友人、家族など全てを重荷に感じていた時期だった。ローカルな場所で生まれ育ってきたこともあり、その土地に削ぐわないものは全て悪となって、端に追いやるような構造の中にいた。

自分は端に追いやられるような人間だったので早くそこから出て行きたくて仕方がなかった。

修学旅行先は東京、憧れている場所のひとつだった。色んな人々が生きている場所。

そんな場所のホテルの一室のベッドの上でも自分は端に追いやられていた。

 

今ではふと笑えるくらいの話になっている。こうしてブログにできるくらいには昔話として成立している。

こうやって何かをきっかけに思い出すくらいで丁度良い。当時の自分や環境を恨んでいないとは言い切れない。

ただ、その憎しみも懐かしさも自分として愛して生きて行きたいとは思うのだ。