ギターかピアノ、弾き語りできるものをやる。

ダンスとか殺陣とかを月一でやる。動ける身体に戻したいな。

健康でいる。出来れば少しでも絞る。

日記的なものをはしがきでもつける。(去年あまりにもつけてなくて年末振り返りもできなかったからね)
台本を書く。1日30分は台本を書くことに頭と身体を使う。

自分のための台本にも着手する。

お金の使い方を考える。世のため人のため、そして何より自分が一番気持ちがいい使い方をする。これは気も同じ。

無料で頼まれごとを受けない。なるべくお金の形でいただくようにする。じゃないと気ばかり持ってかれる。

スタジオをきれいに。

家族だいじに。

なるべく怒らず冷静に。物事を分析し原因がわかればイライラはおさまる。

本をたくさん読む。

こんなとこ? まああとはストレスをためないようにm(_ _)m
あけましておめでとうございます。

まあ誰に読まれてるわけじゃない独り言ですが、一応ね。

今福袋商戦真っ只中にいます。買う方ですが。

見事に寝坊、遅刻で、目的のものを一つ買い逃す。
仕方ないのでネットにて、と思ったら、みんな考えることは同じで繋がらず。

なんて状況でふと。

今、僕は目の前にいる、アナログで、現実に存在する人間たちと福袋を競っている。
けれどネットで買おうとすると目に見えない、デジタルで、存在するかもわからない人間たちと競うことになる。

目に見えないというのは厄介だ。
実際には大したことがなくても大きいのだと想像してしまう。
すると対するこちらはどこまででも大きくならざるを得ない。
それは相手もそうで、どんどん拡大していく。

拡大のいく末は、消滅だ。

まあそこまで言わなくても必要以上の拡大は不可がかかる。自分が自分でなくなるくらい。

今、社会的に戦ってるものもそうではないのか。

だとしたら結末は……。


なんて、正月から物語脳全開です。すみません。

今年もてきとーに呟き続けます。で、可能な限り書き続けます。

あー、どれだけ「それ」をやり続けても自分でいられるか、自分をなくさないでいられるかっちゅうのも、才能と呼ぶのだろうなあ。

まもなく並んでいる福袋が買えそうなのでこれにて。






……福袋もらってからレジまでまだ並ぶのか……。
2015年12月19日、亀有りリオホールにて、アガサ・クリスティ作「蜘蛛の巣」を演じたことについて。

芝居は演劇全体から見れば部分に過ぎない。だから芝居にかまけすぎるのはよくない。音響にしろ照明にしろそう。部分であることを忘れてはならない。

かといってないがしろにしてはならない。部分それぞれが大きくなれば全体の力が大きくなる。ましてや役者はメイン、目玉、一番目立つもの。手を抜いてはいけない。

俳優育成の場において欠けているもの、それはこの視点ではないかと感じる。カメラの視点、音響の視点、照明の視点。それらも通すべきだ、それも必須で。



稽古に来られない俳優は巧みでなければならない。誰よりも瞬時にリラックスし誰よりもおいしく持っていく。

かつ自ら決めていかねばならない。そのためコミュニケーション能力は高くなければ。



体調管理何より大事。もし目に見えて体調が悪ければ即座に病院へいくべきだ。他人にうつすものだった場合、公演中止もあり得る。知らずのテロは阻止せねばならない。



台本には読み方があり、試行錯誤が必要だ。それを少ない稽古で試す。演出の言葉が少ないならなおさら役者は自らしなければならない。

外語の台本は原語で演じるに限る。原語で演じないならせめて原語版を読むべきである。



舞台裏は基本寒い。上着必須。



加えてライブも含めた反省。
人間は変わらない。変わるのは自分が許せる範囲だけだ。嫌いな奴や許せない奴を許せるようになったかならないか、それだけなのだ。


まだまだあるけどとりあえずこんな感じで。