嫁の文章を読み、ああそうだったか、と、既に忘れてしまっている自分に驚く。

ブログを始めることを提案して良かった。

人間とはこんなにも忘れてしまうものなのか。


ふむふむ。

キオクヲヨミガエラセヨウ。


2010年1月11日深夜


嫁が腹痛でのた打ち回っていた。
どうしたらいいのか分からない私は、自分の無力さに絶望しつつも、体をさする。

さすることしか出来なかった。

しかし、今回も駄目かもしれない、何て事は、1ミリも考えなかった。
それは今でも一緒で、この世に絶対なんてないかもしれないが、
自分の子供は絶対に元気に生まれてくると、信じきっている。

明日も自分が生きているように、地球が宇宙のこの場所に堂々と存在しているように、

全く当たり前のことのように信じている。


その時もそんな心境だった。

ただ、苦しそうな嫁を見ていると、何とか自分に出来ることは無いかと探そうとする。
何も見つからないのに。


救急車を呼ぶか、自分で病院に連れて行くか、どうする自分、と自問自答している間、

時間がとても長く感じたが、しばらくすると嫁は落ち着きを取り戻し、何とか大丈夫だと言った。

安心は出来なかったが、明日の朝一で病院に連れて行くことにした。

2010年1月12日


会社は午前中休みを取り、朝から嫁を病院に連れて行った。


手にエコーの写真を握り、嫁が診察室から出てくる。
赤ちゃんの袋は6mmとのこと。

(この時は、赤ちゃん自体が6mmだと思っていた!無知!)


おお、これが自分の子供か、と思ったが、まだまだ実感が湧かない。

黒い小さな丸。
天気予報に出てくる、台風の目みたいだ!

心拍が確認できるまでは安心できない。
全世界中の親達はこんな思いを経験して、子供産んでいたのか。

そりゃ無事産まれりゃ、かわいいに決まっている。

次の診察日は2週間後。


初診を受けたその週末には夫と神社へお参りにでかけた。

友人が無事出産したことと、父の病気が治りつつあることの報告、そして

私たちのお腹の子が健康に無事育つようにと絵馬に書いて来た。


何もなく過ぎた週末、安心していた矢先、夜中に急な腰痛と下腹部の痛み。


頭は真っ白に。

勘違いとは思えない痛みが襲う。

腰をさすりながら心配している夫。


「今回も無理かもしれない」

思わず口からでてしまった。


腰痛、腹痛は一時的でその時はとても長く感じたけれど今となれば数分間だったと思う。

ベットに横になり、放心状態の私に夫が言う。


「信じてあげよう。」

母親である自分が信じないでどうする、お腹の子も不安になるだけだ、そう言われやっと心を落ち着かせる事が

できた。

幸い、出血は無かったが翌日朝一番で病院へ向かった。


エコーで見てもらい初診日から4日しか経っていなかったが前回でははっきり確認できなかった

赤ちゃんの袋が見えた。6ミリ。しかし心拍確認にはまだ小さすぎる。

今のところ流産の傾向もないし大丈夫とのこと。


一安心。初めて手にするエコー写真。

あんな激痛?に耐えたんだからきっと大丈夫、そう言い聞かせて「信じて」過ごすことに決めた。


しかしその3日後、私はまた病院へ。

わずかだが出血が見られたため。先生は「何とも言えない」と私に一枚の紙を渡す。

【初期妊娠と診断された方へ】

初期の流産は珍しいことでなはい、という内容。

何故こんな紙を渡すのか、覚悟しておきなさいということなのか、嫌な考えばかりが頭に浮かぶ。


夫に相談。

「大丈夫だと思うよ」

なんの自信か、そう自分や私に言い聞かせているのかは分からない。

けれどあまりの堂々とした態度に安堵する自分もいる。

なんて心強い言葉だろう・・。私は夫の言葉とお腹の子の生命力を信じ、なるべく安静に過ごすようにした。


つづく

1月27日


昨晩、夫が仕事から帰ってくるなり発した言葉は「ブログを始めようと思う」

お腹にいる赤ちゃんに授かってから生まれるまでの私たちの気持ちを記録して見せてあげよう、との事。

続けれる範囲内で。

もちろん賛成。

なので、私も書いていこうと思います。


体の変化に気付いたのは年明け早々。

「もしかして?」と思いながらもここ数ヶ月は期待し、絶望の繰り返しだったのであまり考えないようにした。

しかし28年も自分の体と付き合って何となく、何となくだけど「妊娠・・かな?」と感じていた。

また、年末に夫が「虎の赤ちゃんを抱いている夢を見た、その虎はかわいい女の子に変わった」という

夢を見たらしい。

「今年は寅年・・もしかして?」

期待してはいけない 期待してはいけない 期待してはいけない!!

と言い聞かせつつ、早いと分かりながらも薬局で妊娠検査薬を購入。


夫に「トイレに行ってくる」と告げ初めて手にもつ検査薬。


「・・・・・・!!」


アッと言う間の陽性反応。


嬉しいと同時に不安が押し寄せる。


また流産しないかな??


頭に浮かんだのは夏の出来事。


翌日、夫と産婦人科へ。赤ちゃんの袋が小さくてまだ「おめでとう」とはいえないとの事。


2週間後再診。


長い長い2週間の始まり・・。


 




2010年01月06日

数日前から、嫁の体調が悪いようだった。
もしかしたら妊娠したかもしれないが、前回の流産のこともあり、

妊娠検査薬で確認することが怖かった模様。

時期的に早すぎるという話もあったが、

一度勇気を振り絞って検査薬を使用することに。


トイレに行く嫁。

数十秒でトイレから、俯きながら歩いてきた。
まだ早かったのかな、と思ったが、「そっこー反応したよ」とハニカム。


翌日、仕事を午前中休んで、嫁を産婦人科に連れて行く。


反応が出たのだから大丈夫、と安心していたが、

心拍を確認するにはまだ子供が小さいらしく、また2週間後に来てくれ、と医者からの依頼。


そこから2週間、私達は悶々とした日々を過ごす事となる。

2010年01月26日


ふと、自分が生まれるまでの親の日記でもあれば、それは是非読みたいと思い、

今年授かった子供のために、我々の思いを記録しようと決意した。

いつまで続くか分からないが、出来る限り記録していこうと思う。


現在、父となる予定の私は26歳、社会人3年目で、母となる嫁は28歳。

結婚して1年と少し。


あなたを授かる前、昨年の夏頃、残念ながら早期流産してしまった兄もしくは姉がいたことは、

私たちも決して忘れることはない。


今までの出来事については、思い出しながら書いていくため、

時系列は無視することとする。


では、また。