
今回の宿泊先は、海の前の民宿です。
写真は、宿の前にある海です。
24時間波の音が聞こえ、
窓の外を見なくても、海が目の前だと感じさせます。
震災の日から約4ヶ月後に行った石巻・気仙沼を思い出しました。
その時は3日間のボランティアだったのですが
1日早く行って、いつか風化するであろう今を記録したかったので
仮病で会社を休み、町を歩きました。
ゴーストタウンと化した町。
腐った魚の臭いがぷんぷんして
衛生面が最悪な状態。
一人であの町を歩くのは危険です。
ましてや女性一人。
なにかあったときのために
色んな人に私の居場所を伝えて行きました。
その日、石巻の堤防の前に行きました。
その堤防を津波が乗り越えてきたのです。
今は海が穏やかで
空も海も、悔しいほど綺麗な青。
嘘みたいでした。
ここで
あの出来事があったことが。
私は大きな被害にあったわけじゃないし
ボラに行って現地の人の話を聞いても
わかった つもり にしかなれません。
実際、現地の人は
もう海なんて嫌だろうなと思ってたら
海は好き
って言う人の多いこと。
知識やイメージは
勝手な思い込みであることが多いのです。
あの時は、
被災地でお手伝いしたい!と、
衝動のまま行動していました。
でも
年に何度もは行けない現実から
東京でできて、自分が得意そうな内容のボランティアに参加したりしました。
そして思ったのが
誰かのために何かをするなら
自分でやるには負荷が大きいことは、
それを簡単にできる人に任せて
自分は、ちょっと背伸びして頑張れる位のことを頑張る方が
物事全体がうまく進む
ということです。
本来は、物事を改善したくて活動したいのに
自分の感情に固執すると
物事全体の進捗が余計かかったりします。
誰かを助けるというよりも
ただ、自分がやりたい気持ちを優先させたいのか
自分の気持ちうんぬんより
誰かを助ける方を優先させたいのか。
そこをはっきりさせて動くと
軸からぶれない活動ができるのかな。
なんて。
茨城の海を見て
思ったのでした。