2015/09/15、仕事帰りに城北公園によりました。
すでに、ボイラ-、足回り、テンダ-の搬送も終わり
トレ-ラ-の荷台で21時出発まで待ちの時間。
周囲には記念撮影される方も多く、静岡最後の時間が過ぎて行きました。


足回りはロッド付きでそのまま
動画です
↓
もう9月半ば19時を過ぎると静岡も真っ暗・・・・
最後の時間が近づくとき、ボイラ-はオレンジ色の外灯の下に
照れされ、ひときは目立った存在でした。

そして、真岡に向けて出発!
21時になりました。
おもむろに先導車の警告灯が回りゆっくり
まずボイラ-部が通過

続いてテンダ-

そしてバックで進行し交差点で方向転換した足回り

とうとう静岡を離れました。
最後に静岡で一番大活躍した
”玉井の大将”に挨拶しこの場をさりました。
玉井さんの存在が無ければ146号機はどうなっていたか・・・
玉井さん、工嶋会長、やまてつさん、
玉井さんの元に集まったボランティアの皆様
市役所の関係者の皆様
私の知らないところで努力した数多くの皆様
私のブログをみて
ネットで応援、静岡市に嘆願をしてくださった皆様
本当にありがとうございました。
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ここから下は後に消去するかもしれませんが
前回のブログで
D51146さんまたいいところで現れましたね。
あなたは最初の移設先が決まった時に、移設しないのなら保存会に入りメンテナンスでも何でもしますといいましたよね?
最初の移設先が流れた時に何かしましたか?
1回や2回のお祭り清掃では活動ではありません。
D51146は静岡市に残す方法はいくらでもあったはずです。
静岡市民はD51146を見捨てました。
声は上げるが手を出さない静岡市を離れてD51146も幸せでしょう。
あなたは最初の移設先が決まった時に、移設しないのなら保存会に入りメンテナンスでも何でもしますといいましたよね?
最初の移設先が流れた時に何かしましたか?
1回や2回のお祭り清掃では活動ではありません。
D51146は静岡市に残す方法はいくらでもあったはずです。
静岡市民はD51146を見捨てました。
声は上げるが手を出さない静岡市を離れてD51146も幸せでしょう。
というコメントをいただき、いい意味でご指摘をしていだいた
”SL愛好家”さんへの私の気持ちを素直に書きます。
”SL愛好家”さんへ
ひょっとしたら面識のある方かもしれませんが..
いいところで現れたわけではありません。
D51146号機の動向をブログで報告するのが好きなんです。
また、ブログというものはそんなもんでしょう。
好きな人が読んで楽しんでくれる。
書く方はそれがうれしいでしょう!
さて本題です。
私の実家は静岡駅のすぐそばで新幹線開業前
東海道を走っていた151系こだまを見に祖母がよく線路脇、陸橋に
連れて行ってくれました。当時は入れ換えにC50を使用していたので、
151系が来る間、そのC50を見ていて煙りの匂いをかいだり
ドラフトの音を聞いたり楽しんでいた記憶が残っています。
蒸気機関車に対する”三つ子の魂百までも”です。
やがて、小学生高学年になると”SL愛好家”さんはご存知かどうか知りませんが、SLブ-ムが到来!SLと名のつく商品、書籍、CMが数多く生まれました。
さいわい、私は現役時代最後の数年を
二俣線、関西本線、中央西線、そして北海道各線と撮影することが
出来ました。
現役蒸気撮影の最終日は1974年8月9日、
場所は室蘭本線:植苗~沼ノ端間
そこで、撮ったのがD51146号機でした。
D51146号機は奇遇にも北海道初日にも撮影していました。
その後SLが全廃になり各自治体で保存SLの争奪戦が始まり
静岡市ではD51146号機の保存が決定!
その記事を当時(1976年2月)静岡新聞で読んだ時はとてもうれしく
保存されてから毎日のように高校の帰りに駿府公園により眺めていました。
(ちょうど実家と静岡高校の中間点が駿府公園なんです)
私にとって蒸気機関車は現役時代のものです。
今のファンには大変申し訳ありませんが、
大井川のト-マス、天賞堂の模型のようにきれいな復活蒸気
ちょっと私には違う蒸気なんです。ごめんなさいね。
ですから、今でも蒸気機関車の現役時代のつながりが
D51146号機なんです。
他の番号でなく146号機なんです!!!!
しんみり、ゆっくり見にいくのが好きで
懐かしく、思い出にふけるように
人の多い時間はさけ、朝や、夕方、雨の日に見に行ってました。
自分を冷静にみなおしたとき、知らない番号のD51が
静岡に保存されていたらそんな興味を示さず、
その保存蒸気が解体になるようなことがあった時に
今のような感情もわかなったと思います。
自分のブログのハンドルネ-ムにもしなかったでしょう。
2013年の行政サイドの解体問題が起きたとき
自分の思い出が無くなるという寂しさが強く
なんとかならないかという気持ちが起きました。
ただ、ここで、
”SL愛好家”さんがご指摘されたように積極的な行動を起こさなかったのは、あまり表に出たくなかった。
しんみり動向をみたかった。
でも解体はしてほしくなかった。
静岡市が解体中止決定で安心した。
自分のD51146号機の思い出は静岡まで。
そんな気持ちがあったからでしょう。
なので、私は真岡に行くかもしれませんが
真岡のD51146号機は自分の知らない146号機。
だから真岡には行かないかもしれません。
ただ単に146号機は自分の青春の1ペ-ジであって
是が非でも静岡に残す!という強い気持ちも無かった。
うまく書けないけどこんな感じでしょう。
”SL愛好家”さん
私の気持ちは理解できないかもしれませんが
今の心境はこんな感じです。
コメントいただきましても
これ以上の事は書けないでしょう・・・・