はじめまして。
身内の方もたまたま興味本位できてくれた方も読んでいただき、嬉しく思います。
管理者は結構イギリスの本やフランスの新聞、日経新聞に情報商材といったところまで複数の手段で情報収集するよう日常的に気を付けています。
そうは思っても、おとといとある機会があったので、知識の実とはニンゲンの欲求だろうという理解がふかまるような事象があったため、今回は「家事手伝い」という欲求について記入したいと思います。
「ヒューマンの不幸せの種類はそれぞれだが、幸福は画一的だ」という名言があります。
家事手伝いという意欲はそのうちの1種類の幸福の形であると思います。
ヒトはハッピーの形象は画一的であるために、そのハッピーの姿に目指そうと多くの者とやりとりしようと試みています。
人類はまずランゲージを作りだし、周囲のヒューマンとの周知し、字を利用することで、その文章を作成した人たちと周知しようと試行錯誤してきました。
告げる仕方としてはFacebook、Twitter、webサイト、新聞としては現在変化してきているだけなのです。
では、情報の内容についてはどうでしょう。
コンテンツは分割化すれば多様に思われますが、つまるところタイプは一色です。
家事手伝いという欲求も過ぎし日から画一的にあったうちの一つなのです。
ここで一つ疑問が出てきます。
コンテンツ 中身 内容物 情報の内容に関しては同様であるが、なぜ情報共有方法によってデータの質というものが左右されてしまうものなのでしょうか。
わたしには、本のテーマと、情報商材の話題は等価にも関わらずやはり書籍のデータをより膨大に得ようとしており、情報商材は書物に比べればそこまで能動的に入手していません。
コンテンツ 中身 内容物 情報の内容が一色だったならばそこに優劣を明確にする必要もないだろうとも思う。
ここで関係してくることは同じ家事手伝いということをとりあつかっていても、私にとっての知見の正真正銘が大きく違っているためなのです。
新聞は新聞社が任務をもって情報を公開している見分であり、情報商材や情報商材はどこの誰ともわからないヒトが情報を公開している情報であるためです。
では知見の信憑性はどのように皆さん無自覚のまま判断しているのでしょうか。
国外のニュースサイトを見てみると、日本ではまったく異なる方向で報道していたり、データの信ぴょう性というものを考えてみると、書冊や新聞のデータが合法性が高いということは、証明する方法もなく、ただ「正真正銘が高い」ということをただただ之繞することしかできないのではないだろうか。
むしろ私たちは、情報収集やり方を先入観で制限してしまい、逆に偏りがある見分をえているのだと考えるようになりました。
このように考えるようになった契機は、このまえ家事手伝い関連の情報商材を閲覧 しているときのことでした。
ふと書いてある内容で以前まったく反対の主張をしている書冊があったことを思い出しました。
私は、この情報商材が誤った記述を記載していると思い、とても怒りましたし意見を出そうとも思いました。
しかし、ネット上で詳しく調査してみるとなんと本で書いてあることが間違いで、情報商材に記載していることの方が正解だったのです。
僕は驚愕しました。
情報入手やり口に関して、意図して複数の入手メソッドを作って偏りのない情報を得る努力をしているはずだが、無意識に書物の見分は信頼性が高く、情報商材は合法性が相対的に低いと考えを持っていたことにです。
皆さんも意図せずにに同様の固定概念をもってしまっているヒトも多いのではないでしょうか。
しかし、かといってお金や時間はたくさんにあるわけではないので、優先度をつけて情報入手していくことは正しいです。
実際に情報商材は高額なときが多く、図書は安価なケースが多々あるので、図書の比率が多くなってしまうのはやむおえませんが、やはり意識してさまざまな情報収集方式を設けておくこと、見分の真実性という固執した考えは可能な限り情報入手の際には排除しておくことが大事だと思います。
家事手伝いにおいては、特殊な情報であるケースが多いので情報商材の方が入手しやすいかもしれませんが、逆に書冊での情報収取を心掛けておくべきかもしれません。
つまるところ知識の正真正銘というのは示し方がないのですから、膨大な知識をえて、自分の中で情報の体系化をしていくことでしかないのですから。
つれづれと書いていたのに、おかしな文章になってしまいました。
もうしわけありません 笑
