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こんばんは。

身内の方もはじめましての方も閲覧していただき、嬉しく思います。

私はよく日本の書籍や海外の新聞、CNNに情報商材といったところまで手広く調べるよう常日頃心掛けています。

ある時、今週とある機会が気付きで、知識の実とはヒューマンのデザイアであるという認識が深化するような物事が発生したので、今回は「禁欲」という書房について記入したいと思います。

「人類の不幸さの種類はそれぞれだが、幸福は画一的である」という言葉があります。

禁欲という書房はそのなかの一つの幸せの形象であるのかなと考えます。

ニンゲンは幸福の像は画一的であるので、その幸福の形象に近づこうとたくさんの者とやりとりしようと試しています。

人類はまず言葉を創作し、周囲の人との周知し、文字を利用することで、その文書を記した作者と周知しようと試行錯誤してきました。

伝える仕方としては情報商材、Twitter、web、Facebookとしては現在開化しているだけです。

では、中身はどーでしょう。

コンテンツは分割化すれば様々に思われますが、先述したとおり種類は一色です。

禁欲というデザイアも前の日から一様にあったうちの一つなのです。

そこでひとつある考えが出てきます。

コンテンツ 中身 内容物 情報の内容に関しては同様であるが、なぜ情報共有手段によってデータの質が左右されてしまうのでしょうか。

わたしには、書籍のトピックと、情報商材の話題は等価にも関わらず図書の知識をより膨大に得ようとしており、情報商材は書物に比較すれば能動的に入手していません。

コンテンツ 中身 内容物 情報の内容が一色だったならばそこに勝ち負けを明確にする必要もないはずなのですが。

ここで関係してくることは同じ禁欲ということを取扱っていても、自分にとっての知見の信頼性が大きく違っているためなのです。

新聞は新聞社が義務をもって情報を公開している情報であり、Mixiや情報商材はどこの誰ともわからない人が情報発信している知見であるためです。

では知見の合法性はどのように皆さん無自覚のまま判断しているのでしょうか。

国外のニュースを見ると、日本ではまったく異なる方向で報道しているなど、知見の信ぴょう性というものを突き詰めて考えてみると、書冊や新聞の見分が信ぴょう性が高いということは、証明する方法もなく、ただ「真実性が高い」ということを盲目的に信じ込むことしかできないのではないでしょうか。

むしろ私たちは、情報収集いたし方を思い込みで遮断してしまい、逆に偏りがある知識を得ているのだと考えるようになりました。

このように思うようになった契機は、このまえ禁欲関係の情報商材をよんでいるときのことでした。

ふと記してある内容で以前まったく反対の主張をしている本があったことを思い出しました。

私は、この情報商材が誤った記述を記載していると思い、とても怒りましたし意見を出そうとも考えましひた。

だが、他メディアで詳細に調査してみるとなんと書物で記載していることが誤りで、情報商材に書いてあることの方が正しかった。

ぼくは驚かされました。

情報入手いたし方に関して、意図して複数の入手やり方を作って偏りのないデータを得る努力をしているにもかかわらず、知らぬ間に図書の情報は信憑性が高く、情報商材は合法性が相対的に低いと考えをもっていたことにです。

皆さんも無自覚のままに同様の固定概念をもってしまっている人間も多いのではないでしょうか。

しかし、かといってお金や時間は無尽蔵にあるわけではないので、優先度をつけてデータ入手していくことは必要です。

実際に情報商材は高額なケースが多く、書物は安価な場合が多々あるので、図書の割合が多くなってしまうのはしかたがないのですが、やはり意識して膨大な情報収集手段を設けておくこと、情報の信ぴょう性という固執した考えはできる限り排除しておくことが大事だと思います。

禁欲 においては、特殊な知識である場合がおおいので情報商材の方が入手しやすいかもしれませんが、逆に図書での情報収取を心掛けておくべきかもしれません。

つまるところデータの信憑性というのは示し方がないのですから、多くのデータを入手し、自分のなかでデータの体系化をしていくことでしかないのですから。

つれづれと書いていたのに、偉そうな文章になってしまいました。

もうしわけありません 笑