アルハムデゥリッラーイスラム歴の12月13日の小石投げ(ジュムラー)が巡礼の一連の最後の行事となりました。
Air1は預言者様が行った巡礼の一番似ている巡礼の一連の行事を用意してくれました。ミナでのキャンプはイスラム歴の12月13日までと書いてありましたが、実際西暦のカレンダーでは、1日早まったので、イスラム歴の12月13日は金曜日になってしまいました。そのため、たくさんの男性陣がナファル・アッワル(ミナのキャンプを早めに(イスラム歴の12月12日)に終えること)にするか、ナファル・アヒール(ミナのキャンプを後に(イスラム歴の12月13日)に終えること)にするかを迷っていました。それはマスジディル・ハラームで金曜日の礼拝できるのはこの日しかなくなったからです。特に私達はAir1の予定より2日間早く帰るので、マスジディル・ハラームで礼拝できるチャンスも少なくなりました。
Air1にいる日本人の巡礼者たちはナファル・アッワルでメッカーに戻ると決めました。それは何人かの方が病気になったのと、スポンサーの方が皆に会いたいからです。
うちの主人はスポンサーなしで出発したため、他の日本人の皆が先に戻るので、自分も早めに戻った方がいいんじゃないかと迷っていたみたいです。けれども、後にAir1がミナを出るのは金曜日の朝だとアナウンスしたので、金曜日の礼拝には間に合うよと言われましたので、安心しました。
金曜日のファジュルの礼拝の前に、最後のジュムラーを投げに出発しました。教えでは、ジュムラー投げはファジュルの礼拝後の方がいいと書いてありましたが、私はゆっくりしか歩けないので、帰りに皆のスピードに合わせれるか自信がありませんでした。なので、ファジュルの礼拝の前に出発して、ジャマラット(ジュムラーを投げるところ)で礼拝し、ジュムラーを投げて、帰るという予定で行きました。
テントを出発した時はウドゥー(お清め)をした状態でした。マクタブからジャマラットまでは片道4キロ、往復8キロでした。ここで私が’事件’を起こしました。気を害するのなら、スルーしてください。
実はミナに来てから私はトイレの大きい方にはあまり行けていませんでした。それはいつもトイレでの待ち時間がすごくて、やっと入れてもすぐ外からコンコンノックされて、早く出てと言われてしまいます。なので、極力トイレに行くことを少なくしていました。
12日にジュムラーを投げに行った後の帰りに、まだテントまで4キロの距離があるのに、急に行きたい波に襲われて、すごく困難な状況にいたのに、それを知った主人がクールな顔で見ていて、すごくムカついていました。今はあなたのクールな顔ではなくて、今必要なのはトイレですよ!それを見て彼は頑張っていぶ!頑張ってテントに戻ろう!とそればかり言っていました。結局腹痛と戦いながら、頑張って4キロを歩き、無事に着きましたが、もう2度と経験したくない気持ちでした。
13日の朝、トイレ魔に襲われたのは主人でした。朝出発して3キロの時点に、主人がお腹痛いと言い、すごく困った顔していました。それを見て、ほら!昨日の私の気持ち解るやろう?と言うわけにもいけないでしょう?でもジャマラットにも着いてないし、礼拝もしてないしどうしょうと思いました。主人の顔もすごく困ってそうで、それを見て可哀そうだと思って、近くにいるアスカル(警備員)に近づき、 英語で Excuse me, is there any toilet here? (ここら辺にトイレはありますか)と聞きました。
するとアスカルが私に微笑んで、Oh you want to go to Maktab Thailand?(おーあなたはタイ人のマクタブに行きたいのね?)と返事されました。
え?ぎゃあーこんな時に通じないのは結構きついわー アスタグフィルッラー。すると人の流れと反対の場所を指していました。それに従っては行ったのですが、トイレはどこにも見当たらなかったです。するとまた他のアスカルがいて、でもまた英語で話しても無理かなと思った私、彼に トイレ?と聞いたら、 ヤラーヤラー(どけ、どけ)と言われたので、その人にしつこく近づき、トイレ?と聞いても通じず、急にアッラーのお告げがあるように、女性用のトイレの前になんかアラビア語でハマム ニサ(女性用トイレ?かな?、間違ったらすみません)。 アスカルに Where?ハマム where?と聞いたら、アッラーよ、私の言語の限界を許してください。けれども、アッラーの助けはありました!そのアスカルは私達の要求を理解してくれました!
そのアスカルは大きな柱を指していました。なんとなくですが、一番下の階に行って、そこにいるスタッフに聞いてみたいなこと言われました(確信はないですが、行ったらトイレはあったので、よし!(笑))。そして無事に主人がトイレに行くことができました!(笑)そのあともトイレにあるウドゥーするところがあったので、ウドゥーすることができました。またまた人間の小ささを思い知ることになりました。
トイレを出て、またジャマラットの3階に戻りました。ちょうどアザン(礼拝時間の知らせ)がなり、近くにマレーシア人の巡礼者たちがいたので、そこに入れてもらい、一緒にファジュルの礼拝をしました。無事に礼拝を行い、新しい友達もありました。そのあと、最後のジュムラーを投げ、これで本当に本当に巡礼の一連の行事が終わりました。どうか私達の巡礼を受け入れてください、アーミーン
ミナの旅から学んだことは、 人生には必ず試練があります。笑いながらも苦笑いしながらも((笑))泣きながらもその試練に立ち向かわないといけません。その試練があった時に、近くの人に希望を預けて、助けを求めたりすることがあるけど、その人が思ったより助けてない時もあれば(私がトイレに行きたいのに、主人が何もしてくれないみたいに) (笑)、時には、奥様が主人のためにトイレを探してあげたりしたし (笑)(なんだか自分の株を高く売ろうとする私)(笑)。でもすべてをアッラーに任せたら、マシャーアッラーアッラーの助けは近いです。私達に訪れた試練をどうにかアッラーへの感謝を表す機会にしないといけません。自分の中に感謝の気持ちが常にあれば、どんな試練も軽く感じることができます。
wallahu'alam bisshowab
これでDa Mutos の巡礼の話は終わりますが、巡礼後の過ごし方を書いてないので、もう一回このテーマのブログを書く予定です。
写真 1:マクタブの前に貼られた横断幕、注意事項をインドネシア語で書いてありますが、なんか絵と言葉が一つずれたみたいで、将来サウディアラビアの政府が修正してくれることを願います。
2:道に座るなのミススペル(正しくはDon't sit on roads)
3:椅子の置き場にもJaplish(和製英語)があり、ちゃんと正しく 'Please return the chair'(椅子を戻してください)と書いてあるものもあれば、 please re-chairと和製英語風に書いてあるものもありました。
4:テント前に設置されたお湯の場所、 アラビア語にはP と B はありませんので、お湯のことをPanasと書かずに、Banasになっていました。


