大浦太輔の、ブログ版「冗談ファクトリー」

大浦太輔の、ブログ版「冗談ファクトリー」

温泉だったり、パワースポットだったり、日常だったりを写真を撮ってはコメントつけて載せてます。日常こそがワンダーランド。戦いのワンダーランドは新日本プロレス。ワンダーランド九州という番組が昔ありましたな。



「おじいちゃんは悪者なの?」


陽だまりの差し込む書斎で耳慣れた孫の声が突然聞こえた。


本村は読んでいた本から顔を上げた。


八歳の遼太の小さな顔には、困惑と不安が混ざり合っていた。


「どうしたんだい、遼太。急に何を言い出すんだ?」


遼太は足元に置いていたタブレットを持ち上げた。


画面には「胸糞マンガ作者たちの罪」という見出しの記事が映っていた。


「学校で友達のお父さんが言ってたんだ。おじいちゃんが描いた『正義の拳』って漫画の中で、悪い人が弱い人を苦しめる場面があって、それを考えた人は心が悪いんだって」


本村は深いため息をついた。


彼の代表作『正義の拳』は、30年前に一世を風靡した人気漫画だった。


虐げられた弱者が自分を苦しめた強者に立ち向かい、最後には悪を打ち砕くというストーリー展開で、本村はその中で数々の胸糞展開を考えだし、そして、その胸糞展開を繰り広げる悪者に容赦ない正義の制裁を加えてきた。


当時の読者からはそのリアルな胸糞展開と、それを打ち砕くラストが「スカッとする」「溜飲が下がる」と称賛の声が寄せられていた。


しかし、20××年の今、社会の価値観は大きく変容していた。


AIによる感情分析が日常となり、「負の感情を煽るコンテンツ」に対する監視と批判が厳しくなっていた。


虐げられた者が立ち上がり、悪人に仕返しをする—かつては痛快とされたそんなストーリーも、今では「他者の苦痛を娯楽にする古い時代の遺物」と見なされるようになっていた。


そして、「こんな胸糞展開を考える人間そのものが悪の塊」という、フィクションと現実の境目が破壊されたような声も聞こえるようになってきた。


「遼太、あの頃の世の中は今と違ったんだよ」


本村は窓の外に広がる新しい街並みを見つめながら話し始めた。


超高層ビルの合間を無人配送ドローンが行き交い、歩道では感情モニタリングアプリを装着した人々が行き交っている。


「おじいちゃんが漫画を描いていた頃は、正義が勝つ話が求められていたんだ。そのためには、悪役たちがどれだけ酷いことをするかも描かなければならなかった」


デジタル化されたメディアの世界では、感情のアルゴリズム解析が標準となっていた。


「他者への危害」を想像できる創作者は、その想像力自体が道徳的欠陥の証拠とされる風潮が強まっていた。


かつての「カタルシス」という概念は、今では古く危険な思想として扱われていた。


「でも今は違うの?」


「ああ。今の世の中では、誰かが苦しむシーンを考えられる人間は、心の底から悪だと言われるようになった。昔、おじいちゃんの漫画を『スカッとする』と褒めてくれた人たちも、今では『こんな胸糞エピソードを作れる人間は悪者だ』と言うんだ」


世界はいつの間にか、「感情浄化装置」と呼ばれる家庭用デバイスが普及し、ネガティブな感情を抑制することが「健全な市民の義務」となっていた。


創作物も同様に、過度の葛藤や対立を描くことは「社会的害悪」とみなされるようになっていた。


遼太は困った顔をした。


「でも、おじいちゃんは悪い人じゃないよ」


本村は優しく微笑んだ。


「ありがとう」





その夜、本村は久しぶりに製作机に向かった。


SNSに溢れる批判コメントを集め、かつての熱狂的ファンが今では自分を批判する様子をスクラップしていく。


昔の称賛のコメントと今の批判コメントを並べて、一気にそれを暴く新作を描き始めた。


文化の記憶は短く、わずか30年で人々の価値観は180度回転していた。


かつて「勧善懲悪」は物語の王道だったが、今ではそれを描く作家は「暴力的思考の持ち主」と烙印を押された。


皮肉なことに、同じ人々が時代と共に立場を変える様子は、まるで本村の描いた風刺漫画のようだった。


『手のひら返しの見本市』と題して、かつての読者たちが時代の風潮に流され、同じ作品に対して正反対の評価をする皮肉を緻密に描いていく。





三日後、原稿が半分ほど完成した頃、書斎のドアが小さくノックされた。


「おじいちゃん、何描いてるの?」


本村は新作の内容を子供向けに説明した。


遼太は真剣な表情で聞いていたが、最後にこう言った。


「おじいちゃん、それを描いたら、みんなと同じになっちゃうよ」


「どういうことだい?」


「だって、みんなもおじいちゃんを見て『悪い人だ』って決めつけてるでしょ? おじいちゃんも同じように、批判してる人たちを『悪い人だ』って描くんでしょ?」


本村は息を呑んだ。


八歳の孫の言葉が、自分の心を鏡のように映し出していた。


時代は変わり、技術は進歩し、価値観は移り変わる。


しかし人間の心の奥底にある、他者を理解したいという願いと、自分の正義を信じたいという思いは変わらないのかもしれない。


「おじいちゃんはいつも言ってたよね。『物語は人の心を照らす鏡だ』って」


本村は静かに筆を置いた。


書きかけの原稿を眺め、そこに描かれた怒りと皮肉が、自分が批判していた相手と同質のものだと気づいた。


時代の波に乗って批判する人々を批判する自分もまた、同じ流れの中にいたのだ。


「遼太、おじいちゃんに大切なことを教えてくれてありがとう」


本村は孫の小さな肩を抱き、窓の外を見た。


時代は変わり、価値観も変わる。


昨日の英雄が今日の悪者になることもある。


ARガラスを通して見える街の景色は、彼が若い頃の東京とはまるで別世界だった。


しかし、目の前の八歳の瞳に映る「おじいちゃん」は、ただの「漫画家」ではなく、一人の人間だった。


「遼太、新しい漫画を描こうと思うんだ」


「どんな漫画?」


「時代が変わっても、変わらない大切なものを描く漫画だよ」





その週末、本村は新しい物語の構想を練り始めた。


それは、時代によって善悪の基準が揺れ動いても、互いを理解しようとする心だけは変わらないという物語。


彼は、批判する人も、される人も、同じ時代を生きる人間として描こうと決めた。


遼太の純粋な目に映る「おじいちゃん」でありたいと思いながら。​​​​​​​​​​​​​​​​


【糸冬】