2月21日、鹿児島地裁で川内原発訴訟の判決が出ました。
原告の訴え棄却は予想してましたが、とてもひどい内容でした。
簡単に言うと、生存権・人格権の具体的危険性があるとは認めら
れないというもの(こういう訴訟で棄却される時によく使われる言葉)。
とりわけ、川内原発は重大な事故を起こさない安全対策は
十分なされているので、避難計画が実効性があるか否かに関わらず、
運転を差し止める必要はない、という内容には呆れるばかりです。
その数日前に発表された政府のエネルギー基本計画案と併せて、
福島の事故前に言われていた安全神話への回帰を
改めて宣言されたようでした。
今回の裁判の前後に改めて、福島原発事故後の
国会事故調査委員会報告書をめくりました。
そこには、国際的な水準である深層防護
(原子力施設の安全対策を多段的に設ける考え方)について、
日本は5層のうちの3層までしか対応できていないことが
指摘されていましたが、
その考え方、状況、経済性の前に人々の安全を軽視する姿勢が
全く変わっていません。
今もって、事故は起こるものという前提での対応がなされません。
控訴審の宮崎支所には行けそうにありませんが、
玄海原発訴訟の傍聴にまた行こうと思います。