心よ
なぜお前はそんなにもろいのか
なぜこんなに柔らかいのか
お前の本当の形は何なのか
それでもお前は私の心
ではいっておいで
あの人のところへ



本日ハワイにいってまいります


去年のハワイはハネムーンでした
今年は一人

そのせいか、わくわくとウハウハとか全く感じない

ハワイから帰ってまたすぐにマケドニアへ行きます
それも一人で

ハワイもマケドニアも
今、不安やイライラで人に当たりまくりの旦那を
絶対連れて行ってあげたかったのだ

絶対がつくくらいだ




ぐちゃぐちゃ期は未だ続いている
不穏な我が家の日々である
けっこう限界

これであたしが今日飛行機で死んだら
これであの人が事故で死んだら
とか考えると後悔しか生まれない

と言えるくらい喧嘩なまんまだ


怖いし悲しい日々なんです
早く楽になりたいし
早く2人が笑って過ごせるように戻りたい


こんなに大切な家族なのに
言って見れば私が築く家庭の今、唯一の家族なのに

互いの目つきや言葉に刺がある
言葉を交わさなくても突き刺さる



旦那のため息と舌打ちをここ数ヶ月何回聞いただろう
疲れた疲れたという言葉を何回受けただろう
何回、楽しそうにしているところを見たのだろう


2人の思い出の写真に
どんどん灰色のほこりがたまっていく

それをきれいにして
壁に飾る日は遠いのか近いのか

私はあの人にどう接すればほこりが取れるのか


もうわからない

人は鏡だ

自分をみてると思わないと
と言い聞かせているけど


まだまだそんな出来た人間じゃないよ
感情的になったりするとすぐに忘れてしまうね




明日死ぬと考えて

とにかくまず日記に書いておく


心から大切な人
私の中で愛がない日は一日もありませんでした

ありがとう

結婚一周年記念日がきました


一年目は紙婚式だそうで

この一年を振り返りながら昨日一日過ごしていた
一体何が出来たんだろうと
短かったのか長かったのかわからないくらい
きっと歩みは小さかったのかもしれない

それでも小さかった一歩だろうと進んでいるに違いないと
自分に言い聞かせる

正直、今はうまく行っていない関係だと
個人的に感じている時期だ
そんな時に何を考えたってマイナスな感想しかでないのだ


そんなことをいちいち日記に書く必要はないので書かないけど


とても納得はいっていないし
明日が来るのが少しばかり怖いと感じている

円満に一日が終われるのかなあ
なんて悲しい悩みもある



仕事を終えて帰り道
楽しい思い出ばかりを頭にあげて、明日に向けてポジティブ準備を始めていた



なぜならば
明日は絶対に楽しい日でいたいから


私たちが籍を入れたのは七夕で
たまたま三日前程に突然富士山に登ろうというアイディアが出て
強行突破にはなったが富士登山を決めた

その時にせっかくならご来光を見て下山してそのまま籍を入れちゃおうか
なんていう簡単なきっかけだったので
何か理由をつけたかったのだ



七夕は織り姫と彦星が年に一度会える日
多くの人にそれって寂しくないかと聞かれるが

素敵な意味をつけようと思った
富士登山中、2人で真っ暗な空を見あげて話していた
話していると空がどんどん小さな光で輝き始めた

見れば見るほど輝きは増え
目に吸い込まれて落ちそうな光に包まれた


この先の人生で色んな事に忙しくなり
お互いに一所懸命ですれ違ったり時間がなかったり
ましてや子どもも出来れば2人が熱い恋人だった事も
気づけば忘れる日々がたくさんくるだろう

そんな中、年に一度のこの日だけは恋人に戻って
2人の絶対的な一日にしよう
光の中、そんな思いを込めたのだ


あの空の光の中の2人を忘れてはいけないな
ネガティブな事ばかりに気を取られたくないな
この一年私たちはある時から自分より下を見る癖がついちゃったんじゃないかな
どっか寂しくて悲しくてだから期待して、その期待が裏切られの繰り返しみたい
いやいや、人は鏡だ
私が何かの原因を作ってるのかもしれない
でもここ数ヶ月あの人はすぐ冷たくなる
でも最近あの人からイライラしか伝わってこない
でも私が支えてあげられてないんじゃ
でも私は私なりに。。。。
でも、でもまた明日何か怒らせてしまうのかも
でも私はこういう人間だ受け入れてもらわないと
でもでもでもでも。。。。



そんな風に頭の中をぐるぐるさせていた


そして家に帰ると
花瓶には素敵な花が飾ってあった
手紙もあった

花をもらうなんて去年のバレンタイン以来だ
何せ、初めて手紙をもらったのだ


なんだか帰り道にごちゃごちゃ考えていた事が
一瞬で解かれていった
ここ数ヶ月どこかで重く固まった気持ちが
すっと溶けていって

涙がでた
それほどに嬉しかった

何かを買ってもらうとかそんな事より
私にとってはとても嬉しい事であり

図々しいが今までそういう事をして欲しかったのだ

この日記を書きながらも涙が出てくる



私はどこか焦り過ぎていたのか
心配症から不安だらけだった

どうやったらいい夫婦なんてできるんだろう
どうやったら自分を受け入れてくれるのか、人を誤解なく理解できるのか
どうして何度やっても上手くいかないんだ
とかとか

いろんな事に目に見える結果を焦っていたのかもしれない



あの人は一年目は紙婚式だから手紙書いた。と言っていたが

紙は人間のコミュニケーションの大きな進歩だ
何よりも大事な一歩の年であり

これからの夫婦人生で
一年なんて紙の様にまだまだ薄いんだぞと


その手紙が私に教えてくれたような気がした
久しくFBにかじりついてみたり、飽きてみたりを繰り返していた私ですが

自分のためにまた、日記を書くことにしました。


頭の中がごちゃごちゃになった時、人に話すまでもないしょうもない愚痴がたまった時に
ノートに書き尽くしていたのですが
なんだか
だんだん
自分の価値観バンザイノートみたいに感じてきてしまい、頭を整理するというよりも
視野の狭い世界で考えた事を
正しいと強く思い込ませる道具の様な存在になってしまってきている

そんな気がしたし
その影響が出ている感じがする。


基本的にアナログを信じてしまう性格なので、パソコンで日記を書くというのは
いつか消えゆくものだと思っているが、今日「歌えるスナック静」で検索してみたら

意外とご健在だった


そしてふと思った
ブログで日記を書くとなると
知らない内に誰かが見ちゃってるかも、と
少し人目を意識するので

自分の世界だけのノートよりも冷静になれる
私にとっては、たまに書くにはいい道具だ
と言う事。



めばちこが出来ちゃいました
ここ最近やつれてきました
顔色が悪い、と一日一回は言われます


かわいそう自慢じゃないけど
自分が思っている以上にストレスと疲れがあるみたい

そんなにがむしゃらに働いてる様には思わないんだけど
気持ち的にはがむしゃらに負の道に突っ走ってしまっているのかも


でも今日から大きく変わりたいと思う。

不安感ばっかりの日々を立て直したいんだ



って毎日思ってるんだけど

なんだか
今日の決意は違う気がする。





最近、私たち歌えるスナック静の夫婦は
海外では普通に禁止されているが
日本が許している膨大な種類の添加物の存在に気づき

お金がないながらもなるべく無添加を心がけるブームがきてます。



よく見せたい、たくさん売りたいの欲から
せっかく大地、海が与えてくれた食べ物を
体に悪いものに変えてしまう


さらには、売れなきゃ捨てちゃう、出来が悪けりゃ捨てちゃうわで
とても虐待的に感じるのだ。



そんな欲ってヒドいなあとか一瞬思うけど
結構小さい欲で、今の時代じゃあちこちに当たり前にあるもので
気づけば自分の中にもぎっしりつまってるような欲なのかもしれない





もっと無添加な考えで、有機栽培な心で、捨てちゃうなんて事のない生き方でいたい



切実に思う