Cyber Punk
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LIDA LEWIS

LARK ( 1972 ) Reprise K44208 [ LIDA LEWIS ]  A   ①SPRING SONG ②REACH FOR THE TRUTH ③IT'S THE FRAME ④FEELING FEELING ⑤       WHAT  ARE YOU ASKING ME FOR ⑥LARK  B   ①OLD SMOKEY ②GLADLY GIVE MY HAND ③MORE THAN A FOOL ④BEEN MY BEST ⑤      WATERBABY ⑥LITTLE INDIANS ALL SELECTIONS WRITTEN BY LINDA LEWIS PRODUCED BY LINDA LIWIS WITH JIM CREGAN LINDA LEWIS は、唯一無二のシンガー・ソングライターである。彼女がアコースティック・ギターを弾きながら自作曲を歌えば、それだけでまったくオリジナルな音楽が生まれる。童女のような歌声で、瑞々しいメロディと歌詞をしなやかに歌い上げるLINDAの無垢で愛くるしいヴォーカルは、聞き手の心を開放し、幸福感で満たしてくれる。まさに天才少女歌手がそのまま大人になったような女性である。本作のプロデュースは、Linda 本人とJim Cregan。全曲リンダのオリジナルで、バックに演奏は極めて簡素だ。A①はリンダ自身によるアコースティク・ギターのストロークで始まり、やがてボンゴとエレクトリック・ギターが絡んでくるがギターはごく控え目で、歌に花を添えるているといった程度。A③はアコースティク・ギターの弾き語りだし、A⑥はピアノとオルガンのみ。その他の曲も、シンプルなサウンド・プロダクションでベースとドラムが入っていない曲も多い。しかし、その代わりにパカーションが細かなリズムを刻んでいるし、抜群のリズム感を誇るリンダのヴォーカルは、楽曲にフレッシュな息吹を吹き込んでいる。リンダの曲は、転調があったり、リズムが変わったりするので、はっとさせられることが少なくないが、奇をてらったようなこころはまったくない。思いがけない起伏を描くメロディも、実にすんなり耳に入ってくるが、これはリンダの卓越した歌唱力のなせるわざだろう。それにしてもリンダの音楽は、一言では説明しずらい。フォークやR&B、ジャズ、ブラジル音楽などの要素が微妙にブレンドされているからであり、リンダのヴォーカルそのものがジャンルを超越しているからである。A②は、リンダがアリサ・フランクリンに影響をうけていることを物語る曲だが、いわゆるゴスペルかといえば、そうではない。リンダ独自のゴスペルなのだ。B①②におけるヴォーカルはリズムの上を軽やかなステップで舞い踊っている。そしてこの名作は、本物の雲雀のさえずりで幕を閉じる。まるでリンダ本人が雲雀に変身し、大空に舞い戻っていったかにようだ。


1. CAN'T BREAK THE HABIT (THE FERRIS WHEEL) ( 67 )

2. FERRIS WHEEL ( 70 )

3. SAY NO MORE.... ( 71 )

4. LARK ( 72 )

5. FATHOMS DEEP ( 73 )

6. NOT A LITTLE GIRL ANYMORE ( 75 )

7. WOMAN OVERBOARD ( 77 )

8. A TEAR AND A SMILE( 83 )

9. SECOND NATURE ( 95 )

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KEITH JARRETT

KEITH JARRETT



私が好きな音楽は(私のHP  http://www8.plala.or.jp/masa4027/)、ソウル・ロックなどでJAZZMILES DAVIS(電子化期)、  WEATHER REPORT (JACO PASTORIUS),STANLEY CLARKE,HERBIE HANCOCKHEAD HUNTERS以降)などエレクトリック的な物が多い、ガチガチのJAZZ(?)は興味が無く聞こうとも思わなかった。KEITH JARRETT(THE KOLN CONCERT)を偶然聞き(はっぴいえんど)や(CURTIS MAYFIELD)(THE METERS)(LITTLE FEAT)(SLY & THE FAMILY STONE)(JACO PASTORIUS)(OTIS REDDING)(BOOKER T, & THE MG'S)を初めて聞いたときのように驚いた!(私が驚いたというのはカッコイイとか感動したという意味)

1970年にマイルス・デイヴィス・グループにマイルスに請われてグループに参加。

その後、完全即興によるピアノ・ソロ・コンサートを数多く行い、ECMより一連のピアノ・ソロ作品をリリース。ソロ作品の多くはコンサート・ホールでの実況録音が多く、プログラムの一切無い完全即興によるテンションの高い神がかり的な演奏。代表的なソロ作品に、「フェイシング・ユー」、「ケルン・コンサート」、「サンベア・コンサート」がある。

1990年代後半から2000年頃は、病気のためにその活動を中断していた。(病名は慢性疲労症候群とされる)2000年より少しずつ活動を開始し、ソロやトリオでの活動を継続している。

KeithECM作品は非常に多く、ECM以外のレーベルからリリースされた作品も含めると膨大な数になる。

1973 Solo Concerts Bremen/Lausanne (ECM (G) 1035/37)

1975 The Koln Concert (ECM (G) 1064/65)



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PHIL SPECTOR

PHIL SPECTOR [ Philles]

天才と狂気は紙一重」。フィル・スペクターほど、この言葉を思い起こさせる人物はいない。アーティストよりもプロデューサーの方が重要という概念を世に広めたパイオニア的存在。と同時に、強烈なエゴとエキセントリックな行動の数々で、伝説の人物として米国音楽史にその名を刻んだ。
その類い稀なる才能は、"ウォール・オブ・サウンド"( WALL OF SOUNDウォール・オブ・サウンドを直訳すると、壁の音という意味になるが。彼はフィレス以降、ソングライティングもひとりで行わず、共作が多くなった。録音の技法としては、1台ずつのピアノ・ベース・ギターなどの楽器を複数用意しユニゾンで弾かせ、また、リズム・セッションとホーン・セッションはワントラックによる一発録音で行った。また、彼がモノラル・サウンドにこだわったのは、ステレオによる楽器分散は彼の理想の音楽に程遠かったということである。) の発明によって、世に知られることになる。"スペクター・アーミー"と呼ばれるエレクトリック・オーケストラを自由自在に操り、楽器を幾層にも重ねることによって得られる重厚なエコーにより、世にも美しい"音の壁"を作り上げた。ジーン・ピットニーの「ヒーズ・ア・レベル」やクリスタルズの「ダ・ドゥ・ロン・ロン」、そしてロネッツの 「ビー・マイ・ベイビー」にライチャス・ブラザースの「ユーヴ・ロスト・ザット・ラヴィン・フィーリン(ふられた気持)」といった名曲群は、まったく瑞々しさを失っていない。彼の黄金時代は60年代初期に始まり、67年のアイク&ティナ・ターナー「リヴァー・ディープ・マウンテン・ハイ」の不発をきっかけに没落することになる。その後は、ビートルズの『レット・イット・ビー』やジョージ・ハリスンの『オール・シング・マスト・パス』、ジョン・レノンの一連のアルバムを手掛けるものの、過去の栄光を再び取り戻すことはできなかった。フィレス・レコードは67年に活動を停止するまで、シングル40枚、LPを11枚リリースするが、クリスタルズ、ボブBソックス&ブルージーンズ、クリスタルズ、ロネッツ、ダーレン・ラブなどのアーティストを抱え、また定番クリスマスソングの数々をウォール・オブ・サウンドで包みなおした「A CHRISTMAS GIFT FOR YOU FROM PHIL SPECTOR」などヒットも多く、成功を収めたレコード会社であった。[2003.2.3、フィル・スペクター(62)は、殺人容疑で逮捕される]

A Christmas Gift For You [ Philles 4005 ] 1963

Presenting The Fabulous Ronettes [ Philles 4006 ] 1964

River Deep - Mountain High [ London HAU 8289 ] 1966

Christmas Album [ APPLE RECORDS APCOR 24 ] 1963

Phil Spector WALL OF SOUND Vol.3 Sing Their Greatest Hits


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今日の2枚 BARRINO BROTHERS.THE EBONYS

LIVIN' HIGH OFF THE GOODNESS OF YOUR LOVE (73) BARRINO BROTHERS


70年代ヴォーカル・グループ屈指の傑作にしてグループが残した唯一のアルバム。インヴィクタス・サウンド(INVICTUS=60年代のモータウンを支えたソングライター・チームである、LAMONT DODGER, EDDIE HOLLAND, BRAIAN HOLLAND (以下H=D=H)が、'69年に設立したレーベル )と息の合ったコーラスの結晶。



THE EBONYS (73) THE EBONYS


PRODUCED BY GAMBLE-HUFF MUSIC BY MFSB "THE SOUND OF PHILADELPHIA "
華麗なフィリー・サウンドにのってバリトン・ヴォイスが炸裂する、グループ・ファンのいうところのフィリーの究極。若いグループ・ファンの最終目標になっていたアルバムである。ソウルを多少かじったか、グループに興味がある人なら、必ずといっていいほど出てくる名、それがエボニーズである。だが、これほど知られていないグループも、また、ない。それは、原盤LPがあまり売れなかったため、目にする絶対量が極めて少ないからである。アメリカでは、日本より少ないらしい。AIT'S FOREVER) スウィートなコーラスに続いて出てくる、力強いバリトン・ヴォイス、それにからむ見事なファルセット。スウィート・ソウルのエッセンスが詰まった永遠の曲である。メンバーはデヴィッド・ビーズリー、ジェイムス・テューテン、クラレンス・ヴォーン、そして、紅一点のジェニー・ホームズ。71年 出演していたナイトクラブにレオン・ハフがやってきて彼らを見染め、新しく始動したギャンブル=ハフのレーベル、フィラデルフィア・インターナショナルの3枚目のリリースに選ばれ、71年、シングル「YOU'RE THE REASON WHY」でデビュー、73年、LPTHE EBONYS」リリース。ヒット曲2曲、アルバム1枚を残し、76年 ブッタに移籍、そこで、シングル2枚とLP1枚を発表した(このセカンドも、フィリーの派手さはないが、好盤)。エボニーズが、同じフィラデルフィア・インターナショナルからデビューした、HAROLD MELVIN & THE BLUE NOTES ほど知られていないのは、後からデビューしたブルー・ノーツ方がオリジナティがあるグループと思われ、単なるブルー・ノーツの後追いグループのように思われてしまったからだ。エボニーズの、LPが出されたのがデビューから2年たってからの73年で、ブルー・ノーツやオージェイズに遅れを取ったが、全曲名曲の、フィラデルフィア・インターナショナル、レコードを代表する1枚である。


ebonus barrino

今日の1枚 STAND ! ( 1969 )

STAND ! ( 1969 ) Epic BN26456 [ SLY & THE FAMILY STONE ]

A  ①STAND! ②DON'T CALL ME NIGGER , WHITEY  ③I WANT TO TAKE YOU HIGHER  ④SOMEBODY'S

WATCHING YOU  ⑤SING A SIMPLE SONG

B ①EVERYDAY PEOPLE ②SEX MACHINE ③YOU CAN MAKE IT IF YOU TRY

ALL SELECTIONS WORDS & MUSIC BY SLYVESTER STEWART PRODUCED & ARRANGED BY SLY STONE

THE FAMILY - SLY STONE , FREDDIE STONE , ROSE STONE , GREGG ERRICO , JERRY MARTINI , CYNTHIA ROBINSON , LARRY GRAHAM

A③A①A⑤といったファンクの古典が入った4枚目の STAND でスライのファンクは完成する。最初にトークボックスやリズム・ボックス(後のヒップ・ホップや80年代のデジタル楽器などのさきがけとなる歴史的事件)、ハープをファンクに使ったのがスライであり、70年代の新しい黒人音楽=ファンクの方法論を確立した。白人っぽさをうまく自分たちの音楽に取り入れ、ハーモニーやアンサンブルを考えシンコペイションの魔術師みたいにリズムの強調をメロディに乗っけて展開していく、それを支える新しいベースのスタイルとリズムのタメ、裏の意味も含めたインパクトあるトータルなメッセージ、これがスライの方法論である。単調なビートに乗せて白人のわらべ歌のメロディを使って「ウー・シャッシャー」というハヤシ言葉をくっつけることによって実に黒人らしくカッコいいB①。バックにはホーンズが鳴り続けているが、パワーを内部にため込んだようにな抑制の利いた鳴り方で、こういうふうにかなり意図的にに強弱をつけたり、爆発しそうでしないまま最後まで行ったりするのがスライの演出である。A②B②では人間がしゃべるようなギターの演奏(トーキング・モデュレイター?)にスライのファンキーなユーモア感覚が見られる。前盤 LIFE よりソウルっぽさを増しながらサイキデリックな感覚にも接近しているが、感覚はあくまでもクールである。 LARRY GRAHAM (STANDの後、抜けて GRAHAM CENTRAL STATION を作る)のベースも一段と強力になった。しかし後に有名になるチョッパー奏法はまだ聞かれない。A①②などはメッセージ性も強烈だが、このあたりに表れているには (DANCE TO THE MUSIC) の場合と同じく、白人も黒人も含めたコミュニティ的な生き方へのスライの志向の表れではないかと思う。スライのグループは、兄弟やいとこを含みながらも黒人と白人、男性と女性とを含むグループで、しかもそれを  ファミリー と呼んでいたところにスライの思想が表れている。そういう考え方をなんとかサウンドで表現しようと試行錯誤したのが STAND である。STANDの後、ヴェトナムの泥沼化、カンボジアでの虐殺、ドラッグに端を発する家庭破壊、黒人街のスラム化、公民権運動などで時代が大きく揺らぐ71年に、ファンのだれもがド肝を抜くジャケット 全面に星条旗がたなびいている最高傑作 THERE'S A RIOT GOIN' ON (暴動)がリリースされる。(暴動)アルバム全体を覆い尽くしているのは、音楽的にあるいは社会的にすべての人々がひとつの夢を追い続けることができるという幻想は、まさしく幻想にすぎなかったという挫折感である。アルバムのかなりの部分をスライ一人でやったと言われるファンクは、どれを取っても下へ下へ沈んでゆく。スライはこの頃、かなりの麻薬中毒だった、そう言う意味では、暴動はある種のドラック・アルバムである。以降スライの麻薬中毒がひどくなりながらも、メンバーをとっかえひっかえしながら、アルバムをリリースしたがスライの影響を自分なりに再構築した多くの若いファンク・アーティスト達との戦いに敗れ、やがてレコード会社もサジをなげレコーディング契約も宙に浮いてしまう。スライの病状を見かねBOBBY WOMACKGEORGE CLINTONPRINCE らがいろいろな手をさしのべたが? ファンク・ミュージックには、ニューオーリンズのリズムというのが絶対関係あり、JB にしても、リズムを敷きしめるのではなく、抜いていく、ただ JB と SLY ではズレがある。JB はリズムの強調しか考えなかった。SLY はそれに、強弱と調和を加えた。いま JB はすごいというのは多いけど、すごいことやっていながら SLY はわかりづらい存在になりつつある。SLY が後に、あたえた影響は計り知れない。 

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今日の1品 COMME des GARCONS

COMME des GARCONS PARFUMS T


(COMME des GARCONS) のTシャツの中でも最も人気が高いパフュームシリーズ。レディースカテゴリーなのだが性別を問わず着ることができ、最もクリエイティブなギャルソンさ打ち出していくラインの通称コムコムのTシャツ。

COMME des GARCONS PARFUMS - RED VELVET

COMME des GARCONS PARFUMS - SNOWING

COMME des GARCONS PARFUMS - VALENTINE'S T


COMME des GARCONS - COMME des GARCONS (コムコム 花T)

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今日の1枚 DIXIE CHICKEN ( 1973 )

DIXIE CHICKEN ( 1973 ) WARNER BROS BS2686 [ LITTLE FEAT ]


A ①Dixie Chicken ②Two Trains ③Roll Um Easy ④On Your Way ⑤Kiss It Off

B ①Fool Yourself ②Walkin' All Night ③Fat Man In The Bathtub ④Juliette ⑤Lafayette Railroad

LOWELL GEORGE ( GUITATRS , VOCALS ) SAM CLAYTON ( CONGAS ) PAUL BARRERE ( GUITARS , VOCALS ) KENNY GRADNEY ( BASS ) RICHARD HAYWARD ( DRUMS , VOCALS ) BILL PAYNE ( KEYBOARDS , VOCALS ) PRODUCED BY LOWELL GEORGE


目指すべきもの、それは自分たちだけのビートであった。DELANEYBONNIEにいたkenny gradney と sam claytom の参加よって、richard hayward のドラミングがぐっとしなやかになり、リズム・セクションはスリルだけでなく重心がすこぶる安定した。シンコペイトされたビートにふらみ、心地よいズレが加味された。ピアノがニワトリの鳴き声のように響くイントロが印象的なA①は、セカンド・ライン風でありながらよれぎみになって、ルンバ・ブギ的ビートも加わる。もったりした中で高度なひらめきの連続技が繰り広げられている凄い曲である。ミーターズ(「Rejuvenation」のころ)的ファンクの名曲A②は LOWELL のヴォーカルの粘り気とスライド・ギターが張り合う。「Willin'」の続編みたいなLOWELL作ののバラードA③ではスライド・ギターが美しい。ALLEN TOUSSAINT作(72年「LIFELOVE AND FAITH」に収録)のA④は重量級スワンプ・ロック。A④⑤はねっとり感を引き継いだ曲で、タブラとシンセのからみが凄い。B③は、ミーターズは作らないであろうセカンド・ラインによる前衛快作。本作がレコーディングされているまさにその最中に、同じスタジオでレコーディングしていたのが、(はっぴいえんど)だった。そのレコーディングを目の当りにしたショックを細野晴臣は、「何よりもびっくりしたのは、圧倒的なサウンドでしたね。力強いビートと。音のクォリティ。彼らのエネルギーと興奮状態。いまきっと何か新しいことを生んでいるに違いないということが伝わってくるんです」と語っている。志向と実践力の見事な結晶、DIXIE CHICKENは永遠に萎びない。メンバーのセッション参加アルバムも多数ある、CHICO HAMILTOM (CHICO THE MASTER)、ROBERT PALMER (PRESSURE DROP)、LINDA RONSTADT (PRISONER IN DISGUISE )、JACKSON BROWNE (THE PRETENDER )、鈴木茂 (BAND WAGON)、BILL PAYNE を除くリトル・フィート最強期のメンバー5人がアルバム半分に参加の、矢野顕子 (JAPANESE GIRL )など。

  • LITTLE FEAT ( 71 )
  • SAILIN' SHOES ( 72 )
  • DIXIE CHICKEN ( 73 )
  • FEATS DON'T FAIL ME NOW ( 74 )
  • THE LAST RECORD ALBUM ( 75 )
  • TIME LOVES A HERO ( 77 )
  • WAITING FOR COLUMBUS ( 78 )
  • DOWN ON THE FARM ( 79 )
  • HOY - HOY ! ( 81 )
  • LET IT ROLL ( 88 )
  • THANK I'LL EAT IT HERE ( 79 ) [ LOWELL GEORGE ]

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今日の1品(2)  LEWIS LEATHERS ( Vintage)

LEWIS LEATHERS ( Vintage)


 1897年、英国ロンドンのグレイトポートランドで紳士用品店「D.Lewis&Sons」としてスタートした。当時成長産業であった航空産業の需要に応えて「AVIAKIT」ブランドを立ち上げ、パイロットの間でその名が広まった。1950年代には、米国で公開されたマーロン・ブランド主演の「The Wild One」(邦題、乱暴者)が英国の若者にも多大な影響を及ぼす。アメリカからデザイナーのバッド・ギャンズを招き、いち早くWライダースジャケットを販売することでロンドンの若者に絶大な指示を受けるようになった。社名も「D.Lewis LTD」に変更された。1960年代には、50年代のカフェレーサー集団「Ton-Up Boys」から発展したバイクカルチャーである「Rockers」が若者文化の一大潮流となるが、この時期、ルイス・レザーズも独自のスタイルを次々と発表、更にレース業界にまで進出し、全盛期を迎えることになる。 70年代に入り、「Rockers」が自然消滅するとルイスレザーズも衰退の一途をたどることになる。オークションで、オリジナルが型が異なるが高値(50万円)で取引され話題になる。


 

LEWIS LEATHERS - MONZA 80's

LEWIS LEATHERS - PHANTOM 70's

LEWIS LEATHERS - SPORTS MAN 70's


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今日の1品(1) Bruce Weber

Bruce Weber


1946年アメリカ・ペンシルバニア州に生まれたブルース・ウェーバーは、80年代に撮影したカルバンクラインのメール(男性の)ヌードの広告写真で一躍有名になる。以来、30年近くファッションカメラマンとして絶大な信頼と人気を誇っています。

ウェバーの作品は欧米のギャラリーでアート作品として取り扱われるようになります。 19851986年の英国のヴィクトリア&アルバート王立美術館で開催されたファッション写真の展覧会で80年代を代表する写真家 としてピーター・リンドバーク、パオロ・ロベルシ、デニス・ピールなどとともに選出されています。 1987年には米国人アーティストによるファインアートを集めた権威あるホイットニー美術館のヴィエンナーレ展にも選出され、ファインアート作家の仲間入りをはたしています。動動物や子供たちなどを撮ったピースフルな作品まで、今なおその独自の作風は世界中で支持。一方、80年代からドキュメンタリー・フィルム制作にも取り組んでおり、『レッツ・ゲット・ロスト』(88)では数々の賞を受賞。物や子供たちなどを撮ったピースフルな作品まで、今なおその独自の作風は世界中で支持。一方、80年代からドキュメンタリー・フィルム、『レッツ・ゲット・ロスト』(88)では数々の賞を受賞。オークションのどでは、そのフォトTが高値で取引されている。

他の好きな写真家

Robert Mapplethorpe ,Herb Ritts ,Eugene Smith,Norman Seeff

Bruce Weber ( Let's Get Lost ) T

Bruce Weber ( Summer Diary) T [1986]


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Forever SKYLINE 2000 GT - R

SKYLINE 2000 GT - R

KPGC - 110

KPGC 110 - 000051 ~ 000245 に、レース試作車 2台を加えた197台がGT-R、最後の一党として世に送られた。
車体色は、024(ホワイト) 163(レッド) 258(シルバー・メタリック)の3色が用意されたが、大半は024である。

1969 PGC - 10 (約 500  
1970 PGC - 10
(293  
1971 KPGC - 10
  
1972 KPGC 10
  
1973 KPGC  110 (197 台)

FIRST SELLING TIME

1973

CURB WEIGHT

1.145 kg

OVERRALL LENGHT

4.460 mm

ENGINE TYPE

S 20

OVERALL WIDTH

1.695 mm

DISPLACEMENT

1.989 cc

OVERALL HEIGHT

1.380 mm

MAX . B .H .P

160 / 7000

WHEELBASE

2.610 mm

MAX . SPEED

200km / h



gtr gtr1 gtr2