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テレビでなんで日本は負けたのかってずーっとやってますね(´・Д・)」

でも、僕は一回ぐらい負けてもいいと思うんです。
人間であれば、誰しも「いいところ」と「悪いところ」の2つがあります。いいところだけの人はいません。
どんな人にも、いいところと悪いところの両方が、あるものです。人によって、いいところより悪いところを先に探す習慣の人がいます。
人を見るときに、いいところより悪いところを探して、指摘する人です。そんな人は決して心がきれいな人とは言えません。人が嫌がるような悪いところばかりを探し出して指摘する人は、前提として人に対して悪い考えを持っているのです。自分の評価を高めたいからと、周りの人の評価を下げることが習慣になっていて、人に対しても、物に対しても当たります。「あの人、かっこいいね」と言っても「女遊びしていて、性格悪いらしいよ」とけなします。「あの人、頭よくてすごいね」と言っても「頭がいいだけで、社交的じゃないでしょ」と見下します。認めると自分の評価が下がり負けてしまうと思っているがゆえに、素直に喜べず、逆に欠点を探そうとするのです。どうしても他人の幸せが素直に喜べないのは、自分がそれだけ不幸だからです。幸せな人は、他人の幸せも、素直に喜べます。自分がすでに幸せですから、他人の幸せも一緒になって喜ぶことができるのです。問題なのは、不幸な人です。不幸というコンプレックスを背負っているため、他人の幸せを素直に喜ぶと、自分が負けるというつまらない意地を張っています。性格が悪くなると、さらに人から嫌われ、性格が悪くなってしまう悪循環になります。いっそのこと、自分の負けを認めてしまえばいいのです。認めることができない頑固な心を持っている人は、まだ心が堅い人です。「勝てばよい、負ければ悪い」というわけではないのに、人間が勝手にそういうものだと思っているだけです。負けてもいいと考えることができるようになれば、素直に「すごいね」と喜ぶことができるようになります。「自分より幸せな人がいてもいい」「自分のほうが劣ってもいい」と認めてしまえば、不思議と心が柔らかくきれいになります。自分ではとてもかなわないことには素直に負けと認め、喜ぶようにすればいいのです。
大事なのは努力した結果かどうかという事で、そのピッチで頑張った事はその人にとって素晴らしい経験だと思うのです。