心の繋がり…と、見えない存在。
お正月、東京にいる長男が就職後、初帰省をし、脳梗塞後の私とビデオ通話ではなくリアルに再会となった。(少しだけ話が戻ります )長男:「 パッと見、脳梗塞になったようには 見えないけど…、やっぱり、いつもの母さんとは違う 」「 言葉は、雄弁じゃないし、スラスラ出ないよね? 目ヂカラも無いし、…なんか弱々しい感じがする! 力強さが無いんだよね~! 」と、 悔しそうな表情でキッパリ言う。 厳しいぞ、息子よ! もっと労え、母を !!!悔しさを私に隠す気すらまったく無く…(社会人となって日は浅く、気遣いはまだ学べていないようだな w)自分の感情をストレートに表す長男に 感化された私は、少し、怠けていたリハビリを 再開することにした。脳梗塞後のリハビリに ピアノは最適だと考え、脳梗塞から4か月後…、ピアノの練習を本格的に始めることにした。毎日5、6時間を目処に基本の指の筋力トレーニングを丁寧に2時間、それからテクニックを磨く練習曲をひたすら行い、鍵盤のそれぞれの幅間隔を 脳と身体に教え直すことから行った。( 中学生の時から繰り返し学んでいた練習法である )ピアノを学び直すことに目標が欲しくなり、'演奏動画をSNS投稿する’ことを 始めた。子育て中、「 SNSで美容やファッション、音楽など何か情報発信したら~? 」と 声を掛けられてはいたけれど 「いやいや、自分を晒すようなことはしない」と当時の私は言い切っていた…苦手である人前で 幼い頃から演奏や指導など行っていたのもあって 結婚後は心の何処かで 「そっと静かに暮らしたい」という気持ちが…、ぃや、心の中心に…、あったのだと思う。でも人間は、いつ何が起こるのか わからない。SNSは、子供達への…、そして、入院したり高齢になり身体が動かなくであろうその時の為の『記録の媒体』として 今更だけど 利用させてもらうコトにした。上手な演奏にはなっていないけど、記録することが先ずは、大切。 数曲、演奏動画を…誰にも内緒でコッソリとSNSにアップした。(自分の為の記録の媒体なので…アカウントも動かさず、あくまで秘密裏 )投稿を始めて20日目…、再生回数が毎日、コンスタントに伸びている気配だったので 毎日、記録を取ることにした。併せてこの頃から ピアノ練習を始めると何故か強烈に…彼(S男さん)の顔が、浮かんでくるようになった。最後に会った時から半年、一年と経過しているのに 彼のイメージやその時の会話が、逆に… どんどん鮮明に どんどん強くなっていく感覚がある。「…ん?何なんだろう…、こんなにピアノに集中できないなんて」と 不思議な感覚に包まれていった。 1年間程…、地に足が付いていない、ふわふわしている妙~な感覚で ほとんど記憶がないでも 投稿だけは続けた。視聴回数も当初、毎日20回数増、投稿数が10曲になる頃には毎日、70回数前後で増、17曲になる頃には、多くて150回数以上~、本当に毎日毎日、視聴回数が偏らないように丁寧に均一に…視聴されていた。( …この視聴してくれている人が、彼であることを後日、コッソリ知ることになる)最後に会ってから~丸11か月目…、シンクロニシティが起こるようになっていった。( 現在~もうすぐ5年目になる )シンクロニシティは、スイスの心理学者カール・グスタフ・ユングが提唱した概念で、「意味のある偶然の一致」と訳されます。一見すると無関係な出来事が、意味のある形で同時に起こる現象を指します。これは人生の転機や決断のタイミングを示すサインであったり、宇宙からの導き、魂の繋がりなどを示すサインだと解釈されることがあります。 大切なのは、そのメッセージに 過度に依存することなく耳を傾け、今後の行動や 選択のヒントとして 活かしていくことで、より豊かな人生を 送ることができると 捉えられている。例 : ある友人のことを考えていたら街で偶然会う/ 時計やレシートの金額など同じゾロ目を何度も見る(111111・22222・9999・1122や1221ミラーナンバー)/ その日の内に同じ言葉を 別の場所や友人から何度も聞くそれとほぼ同時期に 朝目覚めた瞬間から就寝寸前まで いつも私の(何故か…)左側に 彼の存在を 深く感じるようになっていった。車の運転中も 買い物中であっても お風呂であっても いつもずっと一緒にいる感覚~( アタマが可笑しくなってしまったのかと 当時は、度々、自分自身を冷ややかに分析していた。 私は、恋愛体質では無い! 好きになった人は、二人しかいない。(その内、一目惚れは一度)恋に飲まれたことは過去に一度だけ…。恋愛を何処か常に…冷ややかな目で見ている。 それは私の幼少期における母親との関係に【あまり使いたくない言葉であるが…毒親】ある。愛が…信じられないのである。 ・・・なのに、この宙に浮いたふわふわした感覚。 大病を経験して 何かヘンになったのかも?知れないけど、月日の経過と共に だんだん慣れてきて逆に少し、楽しくなっていったw)誰かに迷惑かける訳でもないし…、心は自由である。 今までの私なら…心が自由だなんて到底、思えなかった。 私は、ずっと…心も身体も家族の為、この家庭を守り抜き、強固に築き上げることを掲げて 生きていた。しかし、大病を経験したことによって 意図も簡単に家族のカタチが変化してしまうコトを経験し、私にとっては自然なカタチで…、この凝り固まった私の思考グセを 少し手放せたのである。こんな自分を「まぁ~~、いい~~っか」と許すことにして、少し楽観的に捉え、コッソリと…この不思議な感覚を 自由に楽しむことに決めた。 ある時…、お化粧するのに鏡を覗き込み、無意識で瞳に集中していたら…(運転中、車のフロントガラスの時みたいに…)三面鏡に 大きなサイズで彼の顔が… 『 バーンっ!!! 』って 現れる。 ( ・・・なんじゃ~こりゃ~~~ ・・・本当に ビックリである)そしてある時は…、夢の中で……、(顔を合わせないまま→)抱きしめた彼が、(私と顔を合わせるのに→)下からゆっくりと顔を上げると…両目と口から…ゴールドの輝く光線(ビーム)を 出していた~~ 私は、ビックらこいて…飛び起きた この時は、流石に暫くの間、放心状態だった 過去に数年間(薬の副作用も関係して)地獄絵図のような夢や 蛇やワニだらけの沼々を一人で渡り歩いて抜けらなければならない悪夢の数々を見続けてきたけれど…、これ程の強烈レベルでは無かった。そして…このようなSFチックな夢は、初めてである。(ちなみに私は、SF映画は苦手である)話す機会も無いので 彼には話していないが…10歳の時、 ヘンな捻り方をし右膝に大ケガをした。ドッジボール弱サイズで膝関節が腫れ上がり半年以上、血や水分を大きな注射針で抜いていた。後遺症で 膝関節が変形し、50歳過ぎても 正座ができなかった。 痛みが出て病院で診てもらうことも数回あったけど当時、手術以外で治しようがないと言われ…本場のタイで 古式マッサージを4回ほど受けたが、二人掛かりで対応してもらっても 右膝は治らなかった・・・。私はすっかり諦めていた。脳梗塞のリハビリを 彼から受けている最中、施術開始から 僅か10分足らずで『 バコーーーーんっ!!! 』と 大きな音を立て右膝関節が、正常に戻ったのである! → 正常に戻ったことを自分で確信したのは3か月後である(正常に戻ったことが、自分自身で直ぐに気づかないのは、とても私らしい )彼は、ビックらこいて 数歩、後ろに…後ずさりした「 わ、私~~~っ!何も分かりませんから~~~ぁ!! 」と かなり焦りながら おののいて…いたこの時、私は 一瞬…「ぇ?もしかして…膝がキチンとハマったのかナ?」と 思いはしたものの、「気のせいだろう~」と 軽く受け流して…無自覚で…すっとぼけてしまっていた(この件は…、もし、いつか彼に会うことがあれば 謝りたいと 心から思っている―反省)幼少期より…、色々な苦しい経験を経て 超・現実主義で… 誰も信じられなかった私が…この先、自分の道をひたすら信じて…、大きく変わっていくコトとなる。(不倫の話では、ありません)私の…第2の人生…。 cyan シアン 最後までご覧下さり、ありがとうございます。ブログの投稿は、非常にゆっくりですが、 投稿を始めた以上、無言で黙って辞めることは、考えておりません。 …どうか長い目でブログ投稿を見守って下さると大変、嬉しく思います