6月末、病院を受診。
コロナ感染の診断を受ける。

「マスクしてなかったんですか!?」
「今もマスク持ってないの!?」
「お母さん、ワクチン打ってないの!?」

基本、攻め口調の医者。

今話題の屋外マスクも
「当たり前です、しないと」って。
点滴中、50円ですって渡されたマスク。

「寝てる時もさせるんですか??窒息死の方が怖いんですけど」って聞いたら

「咳するなら」

って言われるから、たまに巡回にこられるし
苦し紛れに口元に乗せておいた。

眠っている時もね。

それでも、たまに覚醒して
「苦しい」「嫌だ」「助けて」
って、マスクを剥ぎとろうとする娘。


「しなきゃダメなんだって」と
口元にマスクを乗せる私。

乾いた咳でぜぇぜぇと息をきらせながら
それでも断固拒否、抵抗の力の強いこと。

これ本当にコロナじゃなく死ぬ可能性あるな、
って思ったけど、させたよ。

他の人にうつしてはいけない
病院という場所にいたから。

今思うと、あの力強さは
「殺されるかも、、」っていう防御反応よね。

今でこそ、回復して元気を持て余しているけれど
今思うとあれは虐待だった。

完全にアウトだね。

親として恥ずかしいけれど
こんなことでさえも公開する。

だって、誰かに私と同じ失敗をして欲しくないし
同じ悔しさを味わってほしくないから。

そして、迷っている人にとって
この経験が何かの標になれば嬉しいから。




マスクで増える他の病気。
ワクチン接種で増える陽性者と
長期的な副反応で苦しむ人。

いいんだ、仕方ない。

だって、もう本当にカオスだったじゃん。

でも、ここまで来たら自分で情報を集めて
勉強しないと。

私の正しいは100%正しいなんてことはない。
だって、誰かから見れば必ず間違い。
反面、誰かの正しいは私にとって間違い。


大事なのは
知ること。

そして、知った上で動くこと。

最後に、流されないこと。

食べるということは

ただの栄養補給ではなくて

「美味しー♪」

っていうハッピーなエネルギーを

味わうためにする行為なんだと思っている。



だから食べた時に

ちゃんと毎回もれなく「うんまー♪」って

幸福感に包まれたい。



至福の時って、人によって違うからさ。

マッサージだったり、

美容室で入念にオシャレするんだったり、

ネイルしたり、

人によっては大好きな人といちゃいちゃしたり、、

って、本当に色々種類があるんだけどさ。


米って大体1日2回、最低でも1回は食べる。



ってことは、1日1回は必ず『至福の時』を

自分でこだわって作ることができるわけね。


マッサージであればアスリート

美容室であればモデルでもなけりゃ

通って月1程度じゃない、

その『至福の時』って。


でもさ。

食事にこだわれば最低でも1日1回は

絶対至福の時間にどっぷり浸れるんだよ。


「うんまー♪」

「美味しくて幸せー(*˘︶˘*).。.:*♡」


って。


んで、なんか分からんけど

「しゃーーー!!頑張るかー!!」

ってやる気がみなぎったりさ、

いいアイディアが湧いてきたりして。


スーパーより高いって言われることはある。


いや、それを食べて毎食至福の時で

幸せを味わっているなら全然いいんだけど。


高いと言っても数百円。


おかずなんて1食500円くらいするじゃん?

1月分の米5kgの代金差が500円だとしたら、、


大したおかずがなくても

納豆卵ごはんも

ふりかけごはんも

むしろ、白ごはんだけで美味しい。



それを思うと、おかずに金かけなくていい分

めちゃくちゃ安上がりだよね^^



そんでもって、

作り手によっても味が違うんだ。


そりゃそうだ。

同じカレーを作っても、

使う肉やスパイスが違うと味も違う。


米も同じだよね。


使っている肥料

農薬をまく回数

手入れの仕方

収穫後の畑の始末

田植え前の管理

土壌のコンディション


同じ品種を作るにも

大まかにこれだけ分岐点があるんだもん。


味が同じなわけがない。



ちなみに、

農家さんによっては

それぞれの田んぼでできが違うから

試食をして

「うま!この田んぼのは直売」

「うーん、、これは農協出荷」

って決めるんだよ。



炊きたては特に香りが違うし

冷えた時にはダイレクトに食味に影響する。


「炊き上がり、、米が光輝いている!!」

って表現してくれる方も。

特に本州に住んでいる方からはそんな報告が多い。



スーパーで買うことが悪いわけじゃないよ。



たださ。

健やかな体を作るために

うちの米を買わなくとも、せめて

自分の体を作るモノを意識して選ぶ暮らし

自分の気分さえも左右する食事を大事にする暮らし


を意識する人が増えるといいなぁ^^


って思ってる。


 


storesよりもFBメッセンジャーやInstagramからのご依頼の方がお値打ちです。

ご連絡お待ちしております^^

自分の中でこんな結論が出はしたものの
 

 
「しっかし腹立つなぁ......!!!٩(๑`^´๑)۶」
というくすぶりはあったので
馴染みの友人に顛末を事細かに説明する。
 
 
「第三者に言ったところで何も変わらない」
「相手の時間を奪うだけ」
「自分が望んでいない反応されたらどうする」
 
と、
過去に愚痴聞き役だった時代が長い私が
頭の中でうるさい。
でも、
きっと言ったらスッキリするんだろうし
同じことエンドレスで話すわけでもないし
ってことで、ばーーーーっと書き出す。
 
やっぱり、もうそれだけで満足。
 
苛立ちも
悔しさも
歯がゆさも
繰り返しにはなるけれど
 
どっぷり浸って味わい直す。
 
「あぁやって言い返せばよかった!」
「あの切り返しはパンチたりんかったな」
 
なんて反省もしながら。
 
あぁ、むかついたなぁぁぁ!!って。
 
決して、気持ちのいい作業ではないけれど
怒という感情も気が済むまで、
ちゃんと味わいきる。
 
最近、ふと思ったんだよね。
 
無理やりポジティブ思考を自分で勝手にインストールしてしまった私は
自分が本当に感じていることを
ないことにしたり
大したことないように思えるように何かと比較したり
早く収まるように気を紛らわしていたんだ。
 
でもさ。
その中途半端にしか供養されていない負の感情はさ。
目を向けてもらえないもんだからそりゃ悪さをしだすよね。
確かにあるのにさ。
だから、
それに気が付いた最近は、
負の感情でさえも、むしろ負の感情こそ、
ちゃんと味わいきるってことを
意識してやっている。
 
 
 
 

久々にちゃんと調理した食卓をあげる。

人参としめじのしりしり
揚げない酢豚ならぬ酢鳥
もやしと白菜のニンニク入り味噌スープ
今日も絶品ななつぼし(リピーターさんは1kg300円)

家政系の学科だったから
『回鍋肉』とか
『青椒肉絲』とか
『ハヤシライス』とか
ちゃんとした『お料理』を習ったんだけど、
家では作ったことなかったな。

だから
『ちゃんと名前がつく料理を作れないと』
『分量を適当で作った料理なんて』
って思ってたし。

ましてsnsにアップなんて
って思ってた。

でも他人があげる分には
全く問題なくて
むしろ
「わー、美味しそ。」
「どやって作るんだろ?」(でも調べない)
なんて、自分ではなくて
他人は棚に上げて。


人はいいけど
自分はダメ

という謎の縛り。

自分に厳しいわけじゃないのにね。
そんな不思議な縛りを見つけては
1つずつほどいていく。

そんな作業をしているところ。

Youtubeで

メロンを丸くくり抜いた誕生日ケーキを見て

「誕生日はこれにする?」って

うっかり聞いてしまったのが6月末。



それ以来、日に3度は

「ねぇ、誕生日まだ?٩(๑`^´๑)۶」

と聞いてくる息子。



えーっと。

あなたの誕生日はまだ3週間先です。。