「運動会が楽しみなんだよねー。リレーとかさ、走るのがあるみたい。いっぱい走りたい!」

なんてことを言う娘。

 

 

ふと振り返ってみると、そういえばこの人...

運動会(というかイベント全般)大嫌いだったんだっけポーン

 

 
なんなんだい、、この変わり様アップ
母は嬉しいよ笑い泣き笑い泣き
 
いや、別に嫌いでもいいんだけどさ。
やっぱり、そばにいる身としてはね。
ワクワクした気持ちでニコニコしていてもらった方が、こちらの精神衛生も健やかに保たれるわけですデレデレ
 
 
 
そもそも、去年の今頃はこんなだった。
 
泣いて泣いて私から離れることができず。
教室でのオリエンテーションも私が泣きじゃくる娘を膝抱っこして。
2年生と手をつなぐはずが、私が支援員のように手をつないで入場。
まるで学校関係者のように、くす玉の下を通り紙吹雪を浴び。
記念写真も、校長先生が座るはずだった席で子どもと手をつなぎハイチーズ。
 
こんな調子で、入学式で絶望したんだった真顔
もう何年も昔の話に感じるけれど。
つい1年前のことなんだなぁ、としみじみ。
 
当時は、余計な心配や不安で自分で無意味に心の負荷を量産していたけれど。
本当に余計なことだったなぁ、と今となっては思う。
 
 
きっと、新年度でそわついているご家庭もあるんだろうな、、と思うと、そわついている子どももおうちの人もハグしてあげたい気持ちになるんだけれど。
 
 
今の状況は、今。
分からないながらに、意図して動いていればきっとその意図から大外れすることはなくって。
 
明日は分からないし。
1か月後、1年後なんて予測もできない未来だと思うよ。
 
 
って伝えたい。
 
少しでも気になる方は、ぜひお問い合わせをひらめき電球

 

以前からずーっと気になってはいたのだけれど。

 

 

初めてのやりとりで、なぜ「お世話になっております。」という文言が出てくるのだろうね。

 

 

まだ、お世話になる関係始まってませんけれども真顔とね、思うわけです。

 

 

言葉好きにとっては、一気に熱が冷めるわけです。

きちんと物事考えて仕事されているのかしら..とかね、不安になります。私はね。

 

 

 

そして、言葉を大切に使って欲しいなぁ、とね。

思うわけです。

 

 

言葉って目には見えないけれど、すごく強い力を持つからね。

 

なくて七癖あって四十八癖とは言うけれど。

自分の何気ない癖になっている言動に気が付けるとさ。

意識して使うとさ、現実が目に見えて変わってくると思うんだよね。

 

 

 

じゃあ、どうしたらいいの?って方。

ぜひ、「こんにちは。」にしてみてください。

 

「相手が夜読むかも..」なんて余計な気遣いは不要。

きっとあなたの印象がぐんと良くなるはず。

結局外遊びメインとなりました。
鯉に餌をあげる子。
思うようにならずふてくされてぼーっとする子。
かくれんぼなのにいつも隠れない子。

いつも集う子やたまに来る子。
学校で関わることは少ないけれど。

学校とも学童とも異なるルールの中で色々な人との関わりを持って欲しいなぁ、と思ってます。

アメブロ内をお散歩していると、この時期あるあるPTAトピックに出くわします。

 

印象としては、基本的にやりたくない方が多いのかなぁ、という感じ。

もれなく我が町の学校でもホットな話題です。

 

確かにね。

フルタイムで仕事してからの2時間3時間の話し合い(以前の学校はそうだった)があるとしたら自分の時間として使いたいよね。

 

以前の私であればその考えはとても共感できたのですが、最近では『その考えですら個々人によって違うのだから、まずは希望を取ってみたらいいのに』と思います。

 

くじ引きでイヤイヤやる人がやるなら、少しでも気持ちが向いている人がやった方がいい。

いなければ縮小とか、くじ引きとかになってもそれはそれで仕方なし。

そもそも、PTAなしでやっている学校もあるくらいなのだから、”絶対にPTAがなきゃいけない!”っていう理由はないはず。

 

決まりや仕組みは時代によって淘汰されていくのが当たり前の世の中になるといいよね。

 

さらには、学校に付随する機関でなく、地域の有志でつくる運営団体にした方が上手く回るのでは?と思っています。

 

 

密かに、the earth teracceがそういう団体になれたらなぁ、とは思っています。

...が先は長そうです笑い泣き

 

 

 

 

 

人がいなければ何の役割でもやりますよー、とは出したものの。

近場のアルバイトが落ちてしまったので、そうはいかなくなりそうな予感...滝汗

 

 

小休憩だったお仕事探し、再開です真顔