母親という存在
私には母親の存在が疎ましかった。ただそれしかなかった…今でもそう感じる。なんで私の母親はこうなんだろう、友達のお母さんと全然違う。母親の全てを否定したかった。そうすることで、なにもしない母親でもあきらめという形で自分自身に納得させることが出来たから。保険証がないことで、安易に病院にかかることができなかった。高校3年生の時に足の親指を深爪してしまい、破傷風になってしまった時、見かねて叔母さんが病院に連れて行ってくれて実費でかかった医療費も払ってくれた。母親はいい顔をしなかった…。就職が決まり、来月には会社の社会保険に加入できて、自分の保険証が受け取れる寸前で、高熱で病院にかかることになり、意識朦朧の状態で点滴を受けて眠っていたら、そこへ無言で母親がやってきた。心配して『大丈夫?』て言葉を掛けてくれるのかと思ったら、『なんでこんな大変な時にそんな病気になるの』…娘より、実費で払うことになったお金のことを言ってるの?両親が離婚してから母に迷惑を掛けたくない、でもいい子に思われたい、中学の間は学級委員や部長になり、高校卒業後の進路も、就職しかダメだと言われ、母が望む方向へ進んだ。すべて母親の為に努力してきたのに…ベッドの上で涙が止まらなかった…こんな仕打ちない…