2017年7月長期休暇から明けた私は今まで以上に仕事に没頭しました。
山陰配下の営業所で統一の労務管理行い、徹底したスケジュール管理から勤怠管理を実行しました。
すると今まで休日出勤が当たり前の地方部署の姿が一変し、有給取得ができるホワイトな営業所になりました。
その背景には私自身がノー残業デイの推奨を行なっていましたので、私は仕事を自宅に持ち帰り社内方針の資料や成果発表の雑務に追われていつの間にか寝る習慣がなくなっていきました。
その頃本社では開発業務の社内公募が行われました。
24時間業務が習慣になった私は更に高みを目指して社内公募に公募して東京進出を試みました。
公募には通過することができ、本社では私に辞令を行う準備が進められていました。
なにをしてもうまくいく。そんな気がしていました。
しかし身体は限界を超えていたと振り返ります。