都会自慢・地方自慢おしえて!
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この「江戸ヲ称シテ東京ト為スノ詔書」(えどをしょうしてとうきょうとなすのしょうしょ)は、天皇が江戸で政務を執ることを宣言し、地名も「東京」と改称するという内容である。「西の京」の「京都」に対して、「東の京」から「東京」という名前が付けられた。これは「東にある都」という意味である。
表記は「東京」に決まったが、読み方については特に決まりがなく、初めは「とうきょう」ではなく「とうけい」と発音することも多かった。その後、国語の教科書で「東京」の振り仮名が「トーキョー」と表記され、混在はなくなった。
しかし、この詔勅が発せられた年はまだ戊辰戦争の最中であり、公卿が遷都に反対するなど、東京が名実ともに首都となったのは廃藩置県が行われた1871年(明治4年)のことである。また、「江戸」から「東京府」、「東京市」と呼称が変わり、「東京都」となったのは、太平洋戦争中の1943年(昭和18年)のことであった。】ということでした。Ωヾ(゚ェ゚*)ヘェヘェヘェ
江戸が「東京」と命名されたのが1867年(慶応3年)の「大政奉還」からたった1年後だったんですねぇ~それに「東京都」になったのが戦時中で意外に最近のことだったとは知りませんでした。これまた一つ勉強になりました。_〆(●-∀-●)ホぅホぅ☆
でかなさんの都会自慢・地方自慢というと、東京で一人理暮らししていた時かなさんはちょうど新宿区との境目の所に住んでいました。新宿駅に徒歩30分ぐらいで行けたのでちと懐がさみしいときは節約のためたあるいてらりしてました。トコトコ(((((*´・ω・)その途中で見え東京都庁は見入ってしまうほ大く見えた覚えがあります。‧˚₊*̥(∗︎*⁰͈꒨⁰͈)‧˚₊*̥ すんごっ!
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※イメージです
国葬に関しては意見が分かれるのは必然だと思う。だから、色々な意見があっていいと思うし、当然だと思う。だからこそ、「協議」する必要がある。けれど国会を1日開くと何億もかかるという話を聞いたことがあるので、議論だけじゃなく、民主的に本会議で採決もして多数決で決めても良いと思う。政治家の疑惑の解明するための議論に国会の貴重な時間を使って、経費も数十億円かかりました、でも疑惑が深まっただけでしたでは、本当に税金の無駄になってしまう。ただ国葬に対して与野党が対立することが本当に必要なのかとは思う。行政府の長が各層であるべきもの判断しているのであれば、その判断に準ずるのが1番の得策だと個人的には思う。野党には色々と思うところがあるのは理解もするけれど、一人の人間をと貰うことに対して外野が文句言うことに対して日本という国が小さく見えてしまう。亡くなってもなお、日本の為になる存在なのは反応でわかる。嫌いな人に理解して欲しいとまで言わないけれど、僅かながらの恩恵は、日本人なら受けている。安倍氏がいなくなったこれからの日本の度量大きさを、見せて欲しい。それと仮に200近い国と地域が弔問を希望していたとして、それを「自民党の葬儀」で対応出来るものかと言えば疑問がある。先方も多かれ少なかれ弔問外交を考えている所もあるだろうし、警備などの受け入れ体制にしても、国の葬儀の方がいいのではないかと思う。多分国葬をしなければ国外から否定的な言葉が飛び交うとかもしれない。岸田首相が述べたように、選挙中の暴力により殺されたのであるから、暴力に屈しないというメッセージを表明する事は大事。そもそも世界中の要人が望んでいるのであれば、対応しないわけにもいかない。日本は民主活動時に、ましてや誰もが知る元首相が暗殺されたにも関わらず国葬をやらないという思いがある。賛否はあれど、どの政治家より国の為に行動を起こしてきた。また、その評価を日本国の政治家より外国の人達が評価をしてくれている。確かに大変な時期ではあるけど、事が事だけに国民の為に長い間総理として日本のために働いて国際的評価も高い人物なら国葬で弔っても良いと思う。