かき氷、何味食べる?
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日付は「かき氷」が別名で「夏氷(なつごおり)」とも呼ばれることから、「な(7)つ(2)ご(5)おり」と読む語呂合わせと、1933年(昭和8年)のこの日、フェーン現象により山形県山形市で当時の日本最高気温40.8℃を記録したこと(日本最高気温の日)にちなみ、かき氷を食べるのにふさわしい日とのことで7月25日が選ばれた。
日本かき氷協会(Japan Kakigoori Association)は、日本の伝統ある食文化「かき氷」の素晴らしさを「まもる」ため、氷業界・かき氷飲食店舗などのかき氷に関わる業種との「つながり」を深め、全国・海外へかき氷の素晴らしさを「ひろげる」ことで、業界全体の更なる発展を目指している。
また、自由で豊かなかき氷の世界を守り広げていくことを願っている。同協会では、かき氷をもっと知ってもらい、もっと楽しんでもらうために様々なイベントを実施する。
●かき氷について「かき氷(かきごおり)」とは、氷を細かく削るか、砕いてシロップなどをかけた氷菓。餡やコンデンスミルクをかけたものもある。氷は古くはかんななどで粒状に削ったが、現在は専用の機械を用いる。
日本以外にも類似のものが各国にある。日本では、夏季に社寺の境内で催される祭礼や縁日において、綿菓子・たこ焼き・焼きそばとともに代表的な縁日物(えんにちもの)の一つであり、夏の風物詩の一つとなっている。
史実上の記録では、平安時代に清少納言の随筆『枕草子』「あてなるもの」(上品なもの、良いもの)の段に、金属製の器に氷を刃物で削った削り氷に蔓草(つるくさ)の一種である甘葛(アマヅラ)の樹液をかけたとして、「削り氷(けつりひ)にあまづら入れて、新しき金鋺(かなまり)に入れたる」と記述されている。当時のかき氷は小刀で削るもので特権階級しか口にできないものであった。】ということです。へぇ~_〆(・∀・*)
あ、言われて初めて知った・・・なるへそ語呂合わせからきているのか⁉(* ̄ρ ̄)”ほほぅ…
うもいことかんがえましたよね( ̄∀+ ̄)キラッ
で、かなさんはかき氷は基本イチゴ味です。子供の頃は、一家に一台必ずあったカキ氷機でグルグル回し自作したかき氷をたべたものです( 〃▽〃)あは
『こんな感じのヤツです』
そいうもんで・・・ホイ本日の気になったニュースはこちらです!
■内村航平「米倉に土下座して謝りたい」「僕はもう主役じゃない」/体操
※イメージです
完全無欠の個人総合王者が自身の衰えと真摯に向き合いプライドを捨ててまで挑んだオリンピック。結果は残念なものになってしまったが内村選手が歩んだ道はきっと日本の体操界の未来に繋がるものだと信じたい。それに土下座して謝りたい、その言葉から、負けて代表になれなかった選手たちの想いも背負って今までもやってきたのが、痛いほど伝わってくる。内村選手の功績は本当に誰にも成し遂げられない素晴らしいもだ。しつこいかもしれないが、この五輪に出る為に、オールラウンダーであるプライドを捨てて、鉄棒一本で努力してきた、勝負は結果が全てかもしれないが、私は努力してきた経緯に1番価値があると思う。でもこれが五輪というもので‥だからこそのメダルの感動があると思う。それでも彼は代表を争った選手に謝りたいとそう思ってしまう。きっとそういうプレッシャーを持ってどの選手も闘っている。本人にとっては今が全てなんだから、率直に言ったら「僅差で代表を争った米倉くんに申し訳ない」って出てくる。現役の体操選手なんだから、今大過失(落下)を犯してしまって、自分を責める言葉以外に出てこない。しかもオールラウンダーではなくて、スペシャリストとしての出場だし、落下は絶対に許せないと、強い意識で臨んでるに決まってる。どんなに慰められても、結果が変わるわけでもなく、自分を許せるわけでもなく、自分に今できることは、他の選手への応援。本人はやるせないでしょう。だけどやっぱり、ありとあらゆる体操選手がキングを尊敬してるし、客席から見てもらってるだけで心強い。団体の選手は内村さんの無念を糧にかましてくれると思う。内村選手が日本代表に入っていることには、内村選手がメダルを取ることだけじゃない存在意義があるはず。土下座して同僚に謝りたい、という切迫する気持ちがあればこそ満身創痍の内村選手がここまで来れたと思う。言っては何だか、今時は"五輪を楽しみたい"とか"自分の為にやりたい"などと簡単に言う代表選手が多すぎる。個人的には自分の為にされちゃ困るとおもっている。国民の期待と日の丸背負って、国民の税金も使われてるんだから全ては一億国民の為に五輪で結果を出して欲しい。内村航平選手みたい人間には、仮に引退したとしても、その無念さ次のSTEPに活かして頑張れと素直にこれからも応援したいと思える。