『半分、青い。』が、ドラマ前半、3カ月かけて描いたのは朝ドラに不可欠な「喪失」だった。仕事も恋も失った鈴愛のボロボロの姿は、今作を手掛ける脚本家・北川悦先生の代表作「ロングバケーション」のヒロイン・南を彷彿さえた。鈴愛の喪失感が視聴者の共感を呼び、高視聴率にも結び付いていると思う。その苦悩を全身で表現している永野の熱演を共演者や主題歌を担当した星野源ら多くのテレビ関係者が称えた。
『半分、青い。』が放送3カ月を過ぎてガラリと様変わりした。 第34話から第81話までの「秋風塾編(漫画家編)」が終わり、新たに始まった「人生・怒涛編」は前半の3カ月と後半の3カ月が一見きれいに切り分けられたかのようにも感じられ、ここから見ても大丈夫だろう。もちろん最初から見ている人は引き続き、鈴愛の人生行路を楽しめる。
主人公・鈴愛が大都会・赤坂でカリスマ漫画家・秋風に弟子入りし、デビューした夢のような「秋風塾編」とは打って変わって「人生・怒涛編」の鈴愛は1999年秋、何もかも失くしたところからスタートする。彼女にだけはノストラダムスの予言(99年7月世界が滅亡するという都市伝説)が当たってしまったと言っていいかもしれない。「秋風塾編」のクライマックス、律と完全な別れを経験して、漫画が描けなくなってしまった時の鈴愛の追い詰められた表情は多くの視聴者を震撼とさせた。
鈴愛は、同じ日に生まれた“運命”の幼なじみで実は密かに結婚したいと思っていた律が他の女性と結婚してしまった上、漫画を描く才能がないことを嫌というほど思い知らされて筆を折る。
時給750円の100円ショップ「大納言」で働きながら、安アパートで節約の日々を送っている。ただ、どうやら映画の助監督をやっている森山涼次出会と新たな心の通い合いが描かれ、ここからが主人公のリスタートになった。ゼロからの再出発。この新章の始まりを見て思ったのは、ヒロインが仕事も恋も失くした『半分、青い。』は、まるで連続ドラマ全11話分のさわりの部分を81話×15分(1215分=20時間15分!)かけて描いたかのよう、随分と丁寧な前振りであったこと感じる。
北川先生のドラマには“喪失”がモチーフになっているものが多い。その喪失からの巻き返しが北川先生のストーリーの真骨頂で『半分、青い。』も今後、ヒロインがどう巻き返していくか楽しみなところでもあった。
放送開始から何かと“朝ドラ革命”と注目されている『半分、青い。』は、言動が荒く何かと型破りな主人公やSNSによる宣伝戦略など、攻めの姿勢が頼もしくもあるが、通奏低音のように流れる「喪失」は朝ドラには欠かせないモチーフでもある。
近代を舞台にした『半分、青い。』は「まれ」に似ていると指摘されることもあるが、主人公はもともと左耳の失聴というハンディキャップを持って生きていて、恋も就職もそのせいでうまくいかないのではないかというコンプレックスに悩む場面もある。それでも視点を切り替えて前向きに生きていくところが話の骨子だ。
鈴愛は幼い時から一番大事に思ってきた“魂の片割れ”のような存在だった律が結婚して離れていってしまい、漫画家の仕事にも挫折してアイデンティティーもなくなって、ないない尽くしのどん底である。おまけに、バブルも崩壊、世紀末を過ぎて日本が下り坂になっていく。「戦争」という大きな物語の中で“喪失”を描かずとも、鈴愛の個人的な“喪失”の物語が視聴者の心をつかむことをが『半分、青い。』の視聴率の高さによって実証されていると感じていたら、鈴愛の祖父・仙吉の戦争体験も第53話と第80話の2話にわたって語らせ(中村のギター弾き語り付き)、時代が「大きな物語」から「小さな物語」に移り変わっていく歴史も描いてみせたのだ。