また少しカメラの話題で。

デジタルカメラも当初は、100万画素も無い状態というか、

本当の初期は、1画素。

それをカメラというのか?という事ですよね。

ごもっともです。

小学生でも作れる電気工作です。

カメラの露出計でも多く用いられたCds。

街灯が自動的についたり消えたりするのもCdsでした。


光の強さによって、電流を作る電気部品です。

それが発展して作られたのがフォトダイオード。

名前の通りで、写真用として作られた物です。

でも最も多く利用サれたのはテレビのリモコンです。

赤外線通信という言葉もありますが、

レンズを通した光を受光してその強さで反応するという仕組みなんです。

これをもう少し進めるとレーザーという事になります。


測量などでは利用されていますが、写真ではそう直進性が高い物を必要としません。

写真には必要は無いと言っても、ピント合わせなどに利用すれば良い結果になるとは思います。

でも実際に用いるとなるとレーザーの特性などで人間の目には悪影響もあるので

簡単に使う事は無理があります。


なので今現在もフォトダイオードを利用した形になっています。

まぁフォトダイオードと言っても、回路に組み込まれた形で部品というより印刷物に近いのですが・・。

でもそのフォトダイオードやCdsが光の強さに反応して強弱のある電流を作るというのが、

現在のデジタルカメラの最初だったのです。

つまりフォトダイオード1個、Cds1個が、1画素のカメラなんです。


頭の良い方であれば、ここで「あれ?」と思うかもしれませんね。

そうなんです。アナログなんです。

デジタルだと信号というか電気があるか無いかだけの世界です。

つまりONとOFFだけ。


でもアナログは違っていて、現在ついている明かりも、徐々にゼロになります。

いきなり真っ暗になったり明るくなったりする物はありません。

「えっ?!」と思っているあなたが使っている、携帯や液晶のディスプレィもそうなんです。

いきなりゼロとMAXとを出している訳ではありません。


なのでアナログで受けていた数値を、ONかOFFかで表現したのがデジタルの世界です。

で、タイトルの「簡単だけど難しくなったね」に繋がるのですが、

デジタルカメラが主流になってから、そう年数は経ちませんが、

もの凄い勢いで発展しています。

でも裏を返せば、使い手の知識や技術を無視して発展しています。


写真という技術が生まれてからも、そう長い歴史もありません。

フィルムとデジタルを知っていれば、それで十分、歴史を語れるかもしれません。


でもちょっと勘違いしやすいというか、メーカーの説明が不十分な面も・・・。

特にデジタルカメラのピント合わせ。

ピントが合った場合の音、逆に上手く行っていない場合の警告音や表示。

とっても親切なので、まず失敗はしないと思います。


「が」!!!!

露出もピントも合っていますよ。という「ピッ!」という音に騙されてはいけません!!

何一つ合っていません。

まず、どこにピントが合っているのでしょう?

明るさって、どこを何の基準で言ってるのでしょう?

だから撮った後で、ピントが合わないとかっていうんです。


どこかには合ってるんです。ピントも露出も。

でもそれは撮影者の意図とは無関係ですけどね。


簡単に言えば、使う人が使いきれていないんです。

何でも自動でやってくれると思ったら、大きな間違い。

ピント合わせも、露出も、撮った後の処理も全部自己責任で、やらなければならないのが

デジタルカメラなんです。

まぁ実際ピント合わせとデジタルは関係は無く、

AF(自動的にピントを合わせる機能)やAE(自動で明るさを調整する機能)を採用した為に、

ファインダーが狭くなり、明るすぎるスクリーンを採用したのが、ことの発端。

ファインダーの側にセンサーをいれるので、構造的というか物理的に仕方が無いのです。


つまりファイダーを覗いて、ピントを合わせるという事は不可能に近い状態になってしまってるです。

でもピンボケ写真だと困りますよね?

なので何度も撮って練習をするか、拡大表示をしてくれるライブビューとルーペの組み合わせで

ゆっくりと合わせるかのどちらかになります。


この先、まだ進化すると思いますので、まだまだ便利になるのかもしれませんが、

現在だと、撮影、撮影後の処理なども全てユーザー任せというのが現在の

デジタルカメラなんです。


「携帯の方が綺麗」と言われた方もいますが、

その通りなんです。

携帯だと後で、何かを処理するという事を前提にしていません。

でも「カメラ」だと、後で何か処理するという事を前提にしていますし、

多少、知識があって使っていると言う事を前提にしています。


「写りが・・・・」という事を自己解決出来る人が対象という事になります。


なのでフィルムで言えば、白黒の時代に戻ったのと同じ状態なのが、

現在のデジタルカメラなんです。

逆に言えば、何ででも自由に出来ます。

でもその自由さの為に、撮る側の力が必要になっています。


ピントっていう方も多いのですが、フィルムの頃だとそんな事を感じる人って、

仕事で撮っている人か、趣味で写真を撮っている方だけです。

でも現在のデジタルカメラだと、撮影した巨大な画像を等倍や、

もっと拡大してPCで見ていると思います。

すると粗も目立って見えてしまいます。


そうなると、その粗が気になってしまいます。


その粗が気になると、とにかくどうにかしたい。

でもいろいろとやったけど駄目。

「故障?」という考えをする方も多いのです。


でも実際には故障でもないし、誇大広告でもありません。

やっている事の組み合わせにも問題があるのです。

全てオートで何でも上手く行く事は、少ないです。

自分で知識を持って考えれる力がとっても必要となっています。


確かに「押せば撮れる」も合っていますが、

「押せばいいという物では無い」というのも答えです。

オート撮影でのメーカー側の対処も上がっていますが、

ちょっと何かをしようとしたら、ご自身の知識・技能というのも必要となるも事実です。


本当に最近、「上手く写らない」という方、多いんですよね。

カメラやレンズのせいでは無く、カメラが示している表示や音は何を示しているのか、

それに対して、自分は何をすべきなのか?

それを理解出来る力が必要なのかもしれませんね。


カメラが示す「ピッ!」で何でも合っていると思ったら、大きな間違いですよ!

そこからが、撮影者の技量なんです。

この地震ですっかり崩れてしまった熊本城。

以前の大きな地震でも、崩壊してしまったお城もあるみたいで、

その復元って、お金も日数もかかるみたいです。

明治維新や、太平洋戦争などで、元々の形を変えなくてはならないお城も沢山あって、

今の鉄筋コンクリートみたいな構造になっている物もあるみたいですが、

復元するのであれば、元の木造のお城に!という動きもあるみたいです。

なので余計に費用も時間もかかるのだと思いますが、

地元の人からすると単純に、観光地ではなく

シンボルというか、象徴でもあるわけです。

なのでどこでもコダワリを持って復元という事になるのでしょうね。


北海道だといわゆる日本風のお城って松前にしかありませんし、

城下町が発展して今の街にという場所もありません。

なのでお城に対しての受け止め方って違うのだと思います。


それでも何故かお城って、その場に合って欲しいし、懐かしい感じもします。

江戸城も復元してくれるといいんですけどね。


それは、そうと復元で思い出したのですが、

私自身、学校を出て最初に就職をしたのが、

東京のコンピュータ関連の会社。


当時はまだコンピュータ自体、大手の会社にしか存在しませんでした。

どれくらい大手かというと最大手です。

まぁ一流企業と言われる上場企業ですね。

私あたりだと、絶対に入社不可能な企業ばかり・・・。


でもそのコンピュータを持っているのは、その大手ばかりなので、

コンピュータ関連の会社と言っても自社パッケージなどを販売とかは無理な時代です。

なので人材を派遣するという形か、コンピュータ処理を代行するという形のどちらかでした。

コンピュータへの入力作業、パンチャーさんという仕事は、

各銀行で、オリベッティのコンピュータを入れたので、

最も早くからあったコンピュータ関連の仕事だったと思います。

それが少し発展して、大型のコンピュータを入れると

コンピュータ自体を管理したり、

MT(磁気テープ:オープンリールのような磁気を使ったテープです)や、

紙を使ったテープ、カード、DASDの交換という事が発生する事になり、

運用管理という仕事が出て来ました。

一般的にはオペレータという仕事ですね。

ところでDASDって、わかります?

現在だとDASDという言い方ってほぼゼロかもしれませんね。

特にPCなどででは、絶対にしないと思います。


でも何となく見当が付きますよね?そうハードディスクの事です。

勿論、PCのハードディスクと違って洗濯機くらいの大きさの物ですけどね。

そのディスクも容量が少なかったのと、装置の置き場所にも困ったので、

ディスクの円盤を交換するんですよね。


MT、ディスク、プリンタのフォームなど、どれも「マウント」と呼んでいましたが・・・。

なんのマウントなのか、わかりませんね・・・。

でもオペレータの人は「マウントが来てる」という言い方で交換していました。


そして次に出て来たのが、自分もやっていたコンピュータのプログラムを作る仕事です。

つまり、それまではハードウェア+スフトウェアでひとつの機械だったのです。

簡単に言えば、専用機ですね。

先に書いたオリベッティのコンピュータはコンピュータという言い方では無く会計機と呼ばれていた物です。

なので、今で言えば専用機ですね。


でも専用機だと便利な反面、不便な部分も多くあります。

例えば、その会計機だと計算は出来ても顧客管理や、顧客情報からの処理は一切出来ません。

今のレジスターと似てると思うかもしれませんが、

レジシターは実は現在はノートPCなどが多いのも事実ですし、

専用機でも入力端末として作られるので、

顧客情報や仕入れ発注なども出来るので、昔の機械とは全く別物です。

これもコンピュータのプログラム次第という事です。


そして問題なのが、ここで発生するトラブルです。

ようやく復元の話しに戻りますが、

最初に、コンピュータ関連の仕事をしたのは、その東京の会社なのですが、

そこから、小松製作所という会社への出向でした。

まぁ自在派遣の会社ではないので、出向という形です。

派遣と出向の違いは、派遣業を取り決めしている法律で決まっていると思いますが、

コンピュータのプログラムを作る仕事では、ごく普通にあることです。

形態としてはタレントさんと同じかな?

自社では仕事が出来ないから。社員がそこへ出向いて仕事をするという事です。


それで受け持ったのが、その小松製作所で動いている全システムです。


全システムって、オンラインもあればバッチ(コンピュータだけで処理をする)も、

オフラインというかネットワークに繋がっていないシステムも全部です。

当然、入ったばかりの自分には何一つわからないですし、

学校で習った、コンピュータのプログラムの知識なんて、

知らないよりまし・・・という程度で話になりません・・・。


勿論、学校でオンラインプログラムなんて習った事はありません。

せいぜい言葉で、TSS=タイムシェアリングという言葉を習った程度・・・。

そのタイムシェアリングを利用して、コンピュータでシュミレーションし

時間制御をする信号機のシステムを作ったのが学校の先輩という程度・・・。


しかも自分でプログラムをちゃんと作れないのに、人が作ったプログラムを修復して正常にするとか、

機能追加といった事がメイン。

とにかく最初は「????」状態。

でも新人という事を考慮してくれて項目の追加など

今思えば簡単なのが多かったのですが、

どこで何をやっているのか、全く判断出来ず・・・。

ところが不思議と、そういう奴ばかりを相手にしていると、

どこが悪いのか、中を見ないでも見当がつくようになるんですよね。

そうプログラムを見なくても、どの辺をどうしたら良いというのがわかるんです。


でもそこが悩みどころという場合もあります。

お城の鉄筋コンクリートと木造と同じなんです。

簡単に言えば、そのプログラムの良い所を残して作るのか、

外見は同じにして全く別物として作ってしまうかなのです。

全部別物だと、そのプログラムが正常に動くという事を確認する為の作業が必要以上に発生します。

またそのプログラムの内容を記載した書類も沢山書かなければなりません。

なので費用よ期日の問題も出て来ます。

でもその一方で、現在のプログラムを活かしながら作り変えるとしたら、

そのプログラムの解析に時間がかかります。

その上で内部の改造をする事になります。


さーてどっちが簡単でより良い結果になるのか?

そこが実は仕事として重要な部分となって来ます。

プログラムを改造するとか作るというのは、どっちでもいい事なんです。

なんだか、今回の熊本城を修復するという話しと似てるなーと思いました。


ちなみに今一般的に使われているPCは、専用機というのはまれだと思いますので、

当時の言い方をすれば「汎用機」という事になります。

しかも、当時の大型の汎用機と同じく2系統のCPUを持ってマルチタスクですものね。


でも当時は1系統はオンラインやテスト用で、もう一系統が本番用で、

マルチというより、シングルが2つという使い方でしたけどね。

しかも数億円もするんですよ。

それが今だと、当時の大型汎用機より高性能で、10万円以下ですものね。

ただ複雑になり過ぎて、もうPCでプログラムの世界で!とかは思いませんが・・・。


新しく作る人も大変だけど、修復をする人もそれ以上に大変だという事を

ちょっとだけ思って下さいね。
今日5月1日は

スタミュの香菜美ちゃんの、

お誕生日ですね。

お誕生日おめでとうございます!🎉

スタミュとしてもモデルなどでも更に活躍となる

素敵な1年になるといいですね。



そしてその香菜美さんですが、

今日は札幌市教育文化会館で開催されるイベントでファションショーに出演します。

東日本大震災支援・自然保護チャリティーイベント
ふるさとを歌う会in札幌 森の時間 presents
「JAPAN✖︎竹あかり」
5月1日(日)12:00 開演 (11:30 開場)
入場無料
場所 札幌市教育文化会館 小ホール
** 札幌市中央区北1条西13丁目(地下鉄東西線 西11丁目1番出入り口)
※教育文化会館のサイトの案内では13時となっていますが上記の時間であっているようです。

香菜美さん

BLOG http://ameblo.jp/ks5751/
Twitter @kanami51
Facebook http://www.facebook.com/kanamishimizu.official
女子大生ブームを作ったオールナイトフジ。

しかし、女子高生スペシャルで女子高生ブームを、

そして今に繋がるアイドルの原型を!!

https://youtu.be/BuApWPgMV3I


当時アイドルと言えば、単体でのアイドルが主流で、人数が多くても3人とか

名前と顔が直ぐに一致する感じ。

それが、このオールナイトフジだと大人数。

ただアイドルグループとして売りだすとかいう事も無い状態で

その中からスターを生み出すという感じ。


ところがこの、女子高生スペシャルを期に一変して

大人数の構成のアイドルをという形に変貌。

それで生まれたのが「おニャン子クラブ」。

番組名は「夕焼けニャンニャン」。

番組開始当時は、本当に素人の集まりという感じ。

だって、オールナイトフジがそういう作りだったからそれでいいのでしょうけどね。

トンネルズ、鶴太郎などお笑いタレントが司会だったのですが、

駆け出しよりは少し経っていたと思いますが、まだ若手。

つまりこれから作っていく事であって、何が起こるのかわからないという感じで

それも楽しかったですね。


そしてこの番組をきっかけに出来たのが「女子高生ブーム」。

それが今の「女子高生ブランド」に繋がっています。

この番組が無ければ、

もしかしたら今も「女子大生」にスポットが当たったままだったかもしれませんね。


そして大人数で、しかも会うことが出来るアイドルも出来ていなかったかもしれません。

今ほど危険な目に遭う事も無かったのかもしれませんが、

番組は毎回、公開生放送で観覧も出来たし、

何より、メンバーは普通に電車に乗ってるし・・・・。

番組スタート当初はこの番組以外に出演や取材も無いのか、

番組後の彼女たちと駅でよく一緒になりました。


でも大人数と言えば、一番大人数だったのはザ・ドリフターズくらいだったかも・・・。

アイドルじゃないかもしれませんけど・・・。

ちなみに後期の、おニャン子クラブだとB組というのがあって、

今でいう研究生みたいな感じですが、総員だとかなりの人数になってましたよ。

AKB48の小型みたいな感じですね。

人数で言えば、乃木坂ちゃんよりも多いです。