千葉大学管弦楽団平成21年度卒演ブログ
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あれから、100日

こんばんは。
じぇぢです。
ご存知の方は、またか。って感じでしょうが。


なぜまた書いているのかというと、今日が私たちの卒団演奏会が終わって丁度100日目だからです。
それ以外、深い理由はありません。
あと、実行委員長が誰か書かないかなぁみたいなことを前から言っていたので書いちゃいました。
宣伝チーフ的には不愉快らしいので消される可能性があります。
なので、これを読めた方は幸運かもしれません笑

おそらくこれを見る人の方が圧倒的に少ないと思いますが・・・。



私たちの卒団演奏会にいらしてくださったお客様。
そして指揮やオケバック、そして係りとして私たちの卒演を支えてくださった、先輩後輩達。
心から御礼申し上げます。

皆様方のおかげで、僕たちはかけがえのない思い出を得ることが出来ました。
2010年の3月6日と7日は最高に幸せな時間でした。


そんな僕たちの代も、それぞれの新たな道に歩みはじめている感じです。
僕はどちらかと言えば足踏みしちゃっていますが笑

たぶんみんな、ばらばらになっても、あの時の事はずっとどこかに残ってるんじゃないかなぁ、とか勝手に思います。

それとも僕がまだ卒業しきれて無いだけでしょうか。


そうですね、僕にとっては大きすぎたので。


そんな千葉大オケという素晴らしい場所で、最後に僕たちのわがままに付き合ってくれて本当にありがとうございました。

















また、いつか、楽器をあの時と同じ想いで弾ける時がきたらいいなぁ。

目覚めのとき

4年間という千葉大オケ生活の集大成が明日に迫っています。

当たり前ですが、1年から4年までこのオケに所属すれば、上には3代の先輩、下には3代の後輩と関わることが出来ます。
それに加えてOBの先輩方やトレーナーの先生方、顧問の先生方など関わる人は大勢です。

もちろん、すべての人と深い関わりを持つことは出来ないでしょう。
ですが、多くの方々から色々な「夢」を今まで見せてもらってきました。


楽しかった夢もあれば、悪夢もあります。
実際、この4年間で多くの涙を流しました。
思うように弾けなくて涙をながすこともあれば、やりたい音楽の違いから対立するようなこともありました。
自分はいつからこんなに弱くなったのだろうか。
ここまでして、何のためにこのオーケストラに所属し、音楽をやるのだろうか。
この千葉大オケで音楽をやる意味を見失った事は何度もあります。

一方、感動や感謝の思いで流した涙もあります。
自分はこんなに涙もろかったのだろうかと。
素晴らしい演奏会に立ち会えた感動、同じパート員からの手紙やコトバ。

様々な出来事一瞬一瞬が、忘れることが出来ない夢として自分の記憶に残っています。


最後に見ることが出来る夢は、自分が望むオーケストラと憧れの曲での共演。
そんな夢は何時までも覚めて欲しくないと思うものです。
夢から目覚めてしまう、その一瞬まで、自分のやりたい音楽を、そして感謝の気持ちを伝える事ができたら。


オーケストラほど、他人の支えなしには自分を保つことが出来ないでしょう。
しかし、入団当初、このオーケストラからそう感じることは出来ませんでした。
これは僕にとって非常に予想外のことであり、かつ恐ろしい事でもありました。
それは僕が若く、文化系に入ったのが初めてだったからなのか、4年間で感覚が麻痺したからなのかは分かりません。

ですが今では、この千葉大オケのあらゆる人から支えられていることを常に感じます。

卒団演奏会、今までの4年生も書いているように、感謝ということがぴったりな演奏会。


コトバで伝えることは苦手だから、下手なソロで精一杯の想いを込めて。


4年生一同、皆それぞれの想いを込めて演奏すると思います。
この2日間どうかよろしくお願いします。
























音楽の為に

達生

本番前日

田村から指名を頂いたレアキャラ丸尾です。
1年生だと丸尾って誰?って感じの人がほぼ全員だろうなと思わなくもないです。

自分は4年で休団していたので感覚が一年前と同じなんですよね。
だからたまに部室とかで後輩が弾いてるのを聴いたりすると、めちゃくちゃ上手くなってる!とか驚くわけですよ。
そしてそれだけの期間オケを離れていたんだなー、と実感したり。
体感的には1年なんてあっという間だったんだけどな。

そんなこんなで、やってない時期はありましたが約4年間ビオラをやってきました。そしてこの卒演が人前でビオラを弾く最後の機会になる可能性が高いんですよね。やっぱりサークルとかなければ普段の生活で弾くこともないですから。

思い返せば長いようで短かったこの4年間ですが、ついにもうすぐ終わりです。
明日と明後日がほとんどの人のオケ生活最後の演奏会となります。
自分のソロはありませんが、みんながソロを弾くこの演奏会が成功することを祈っています。

ということで本番がんばりましょう!

次でアンカーとなるみたいですね。
最後は我らがバイオリンの鈴木達生です!

卒演迫る!!

こんばんは。ビオラの鴨宮氏より指名をいただきました、トランペットの田村です。

卒団演奏会が2日後に迫りました。早くも緊張気味です。

僕の曲は、ルロイ・アンダーソンの、「トランペット吹きの休日」です。この曲をご存知の方も多いのではないでしょうか。この曲はソロではなくて、トランペットのトリオで演奏します。そのため、僕の横にもう2人トランペット奏者がいます。いずれも優秀な後輩です。後輩に負けないように自分もがんばらねば・・・

オケバックとしてご協力をいただいている皆様、ありがとうございます。ある日の練習で、オケバックのみで曲を通すことがあり、本物のカラ「オケ」を聴いていて、つい吹きたくなってしまいました。大勢のオケバックの皆様に支えられて演奏できることを、心から感謝しております。僕の曲は、二日目、つまり日曜日の一番手です。14時頃演奏します。まさにholidayですね。陽気に、明るく、自分らしく演奏したいと思います。

最後に仕事の話を少し・・・僕は卒業旅行係の仕事をしています。卒業旅行の計画や、事務処理などを行っています。後輩とは無縁で、基本的に表にでることはないですね・・・卒業旅行係のチーフの橋本さんがどんどん仕事を進めてしまうので、おいていかれないように必死です。

こんな自分ですが、残り2日、悔いが残らないように全力で練習したいと思います。皆様、本番もどうかよろしくお願いします。

最後は男が続くね~次は4年生きってのレアキャラ、丸尾です!!

残り2日

どーもヴィオラの鴨宮です。

いやー卒演もうすぐですね!
最近はオケと研究に忙しくどちらも中途半端になってしまってやきもきしてます。
練習時間がとれないというのは致命的ですね。

皆さん色々書かれていますが、僕は大した事書けないんで昔話を少々。
僕は大学入学当初は音楽から離れ、中学から続けているハンドボールをやるつもりでしたが、
親にオケに入らないと仕送りはしないと脅されしょーがなくオケに入ることに決めました。
それで千葉大学管弦楽団に入団したわけですが、入ってみたもののすぐにはオケに乗れず退屈でしたね。じゃりもありましたが、ほぼ初心者の人たちで構成されたアンサンブルは有意義なものではなくこのレベルのオケで続けていくのは難しいと感じていました。
しかしそれでも人のいい先輩たちにお世話になりつつ、なんとなくオケを続けているとある日卒演というものに出会いました。同じ大学生である先輩方があんなに立派に堂々とソロを弾かれている姿は当時の僕にはすごく新鮮でとても感動しました。あんなふうにうまくなりたい!人を感動させられる演奏をしたい!
その後は毎日練習に行くようになりました。そこにはいつも似たようなメンバーがいて、その人たちの存在はとても励みになりました。特に毎日会う先輩にはとても影響され、そこで初めて僕は努力と言うものを知りました。
周りがどうであろうと僕は音楽が好きでビオラが上手くなりたいという目標に向かってひたすら頑張ってきました。
そんな気持ちにさせてくれた、僕を変えてくれた卒演の舞台です。
僕は後輩たちに先輩方みたいに意図とは違っても何かしら伝えられたらいいなと思ってます。
本当はすごい上がり症なんですが本番は立派に堂々と弾ききってみせます!

そしてここまで来るのに本当に多くの方々のお世話になってきました。
その感謝の気持ちもこめて本番弾く、余裕は多分ないので今この場を借りて感謝の意を述べます。
ありがとう


次は僕が所属する共生応用化学科誇るトランペットマン、田村です!

父さん、ごめん、ありがとう。

大学生活が終わる。
同時に自分のオケ生活も終わる。

チェロ科の野澤東子です。こんにちは。

同輩だけでなく可愛い後輩たちや偉大な先輩方もご覧になっていると聞いているのでお粗末な内容にならないかかなりのプレッシャーだが、こんな機会もなかなかないので、今日は私の気持ちをここに素直に記す。

大学生になったら楽器を始めたいと思っていた。
憧れの楽器はサックス、小学生のときにドラマで当時好きだった女優がかっこよく吹いていたからだ。
まず吹奏楽団の新歓に参加した。
そこで周りが経験者ばかりの中、希望楽器を聴かれサックスと答えると、その中の一人の先輩が、
「サックスを今から?何でまた今更…」
と言った。
その瞬間、何度も夢見た自分がサックスを吹いている姿が一気に無色になってしまった気がした。

サークル活動に対する希望を失った私の目に飛び込んできたのが、この管弦楽団への勧誘のビラだった。
「ここならサックスを吹けるかもしれない…」
と淡い期待を胸に、新歓tuttiに参加したが、サックスを吹いている人は誰一人いなかった。
楽器体験の時間になり、希望楽器を聞かれても答えられずその場で呆然としていると、一人の先輩が来て、
「何やりたい?チェロやろうよ、チェロ!」
そう言ってチェロを弾かせてくれた。

当時、オケとは何か、チェロとは何者なのか、バイオリンとヴィオラは違う楽器なのか、フルートは管楽器なのか弦楽器なのか、生まれたての赤ちゃんの如く何もかもがわからなかった。
しかし、得体も知れない楽器であるチェロをやってみるかどうしようか迷っていた時期ある先輩に、
「チェロやってたの?」
と聞かれ、ないと答えると、
「大学から始めるんだー、いいね!」
と言われた。
やってみようと決めた。
きっとここは素敵な場所だ。

同期の皆と違ってチェロがやりたくてチェロを始めたのではない。
チェロなんて、色も形も知らなかった。
だが、思えば私がチェロを選んだのではなく、チェロが私を選んだのだと思っている。
ちょっとばかり都合のいい解釈だけれども。

ところが入団してからは、共同生活に上辺だけの付き合い、拘束時間の長さと自分が苦手とする分野ばかりに感じた。
純粋に音楽をやりたいだけなら、個人で楽器を習えばいい。

そんな葛藤の中、私の人生を変えてくれた、たった一人の先輩の存在が私をオケに留まらせた。
私の手を引っ張りチェロと出会わせ、チェロの技術やそれ以外のあらゆる音楽についての知識を教えてくれた人。
先輩はとてもチェロが上手かった、下手な人間のことなどはまるで理解できないのではないかと思ってしまうくらいに。
でも、先輩は上達の遅い自分の小さな一歩も見逃さなかった。
時間をかけて練習した部分の変化は私が言わなくても、どんなに下手でも必ずわかってくれた。
そして大雨が降って寒いも、朝早くても、先輩が忙しくても先輩は私の都合に合わせて、先輩が就職する本当に最後の最後まで私にチェロを教えてくれた。
私は先輩に会うために、先輩に少しでも認めてもらえるために、チェロを弾き続けた。

ちょうど3年前の卒演で、その先輩が最も慕う先輩が演奏した。
ステージの上で先輩は他の誰よりも早く、また誰よりも多くの涙を流していた。
そしてその翌日、私のレッスンの予定だったが、先輩は来なかった。
寂しかった。
違う、うまく言えないがとても複雑な気持ちだった。
行き場の無い、悔しさをも感じた。

月日は経って先輩も卒業し、今度は私がその立場になってしまったんだな、とふと感じては何とも切ないような気持ちになる。
先輩は時々、「あゆこがもっともっとチェロを好きになるようにさせたい」と言っていた。
前回の定演では、いただいたプレゼントに「あゆこにはこれからもチェロを続けてほしい」という小さな手紙が添えられていた。

父親が年老いた祖母に、私がチェロを弾いている姿を見せたいから、と当日祖母を連れてこようとしている。
その知らせのメールを見て私はすぐに返信できなかった。
ソロから逃げた自分の何を見たいのか、落胆させてしまうのはわかりきっているだろう、と。
しかし父はそれでもかまわない、どうしても一目、祖母に見せてやりたいのだ、と明るく言う。
色々な感情が混ざった涙が流れた。

私には大切な人たちがいて、その人たちは自分をそっと支えてくれていた。

綺麗ごとは要らない。
上辺だけの浅はかな友情も要らない。
ただ、私は私の大切な人たちのために演奏する。
人間的に成長した演奏をしたい。

でも演奏中、くれぐれも客席は見ない。
万が一、大切な誰かと目が合ってしまったら涙が止まらなくなる。








次はヴィオラの鴨宮君にお願いしますさくらんぼ


リボンあゆこリボン

追伸

小澤・フェアリー・有司です。

先の投稿で竹内さんを指名しましたが、もう書いてましたね。ごめんなさい。


ということでチェロ科の野澤さんにお願いします。

音楽と祈り

おそくなってごめんなさい。

オーボエ科4年の小澤です。



卒演練をやっていて一番感じるのは、みんな本当に成長したなということです。

他人に気を使えるだけじゃなくて、自分のことも上手に管理しているなと感じました。

練習の合間に色々な人と会話する機会がありました。

辛いこと。苦しいこと。もちろん楽しいこともなかった訳ではないけれど、一人一人がそれぞれの苦労を乗り越えてここにいるんだなと思いました。


僕自身もこの4年間、色々なことがありました。

その中で自分が得られたことを皆さんにお伝えしようと思います。


僕は音楽が好きです。

でもずっと音楽をやっていると辛くなってくることがあります。

肉体的な疲労もそうですが、自分の納得がいかないと精神的にもつらくなってきます。

そういう時、どうして音楽をやっているのだろうと考えることがよくあります。

よりよい音楽を作るため。アンサンブルの完成度をより高めるため。それらしい理由はいくらでもあります。

でもどうもしっくりこないなといつも感じていました。


音楽の用途は様々です。

 昔のヨーロッパの貴族は音楽を鑑賞することでやり場の無い感情のはけ口としていたそうです。

例えば実際につらいことがあってもその感情を直接的に吐露することができなかったとします。

そんなとき感傷的なオペラを見てその物語に自分自身の境遇を重ね、泣くことで精神を保っていたそうです。

 一方で文化としての音楽の意味があります。これはヨーロッパに演奏旅行に行ったときに案内してくださった方から教えていただいたことです。

島国日本にはなじみがありませんが、国の境目が地続きになっている場所では国が頻繁に転覆します。

国を守るためには兵力、財力、技術力、人員など色々なものが必要ですが、音楽もその一つでした。

いくら物理的に国を守っても強大な力で蹂躙されれば小国はひとたまりもありません。そこで人々は自分たちで心理的に共有できるものを作っていこうと考えました。もし国がなくなって、バラバラになってしまっても、どこかで自分たちがまた出会えた時に共有できるものがあれば「自分達」は永久になくならない。それは10人の国かもしれない。あるいは5人、あるいは2人。それでも自分達がいたという記憶が欲しかったのでしょう。


これらはどちらかというと音楽をやる意味というよりかは、音楽の存在意義に近いかもしれません。これらの理由で納得できる人は納得できると思います。でも僕は納得できませんでした。


103回の定期演奏会の時。精神的にすごく辛かった時期なんですが、練習の度にいつもなんでこんなことをしているのだろうと思っていました。こんなに頑張ったところで所詮アマオケの演奏だし(今はこんなこと思ってませんよ!)、聴きに来てくれる人なんてどうせみんな身内だし、もっと手を抜いていいんじゃないかと思ってました。本番前に39度の熱が4日続いて、もう自分死んでもいいやってくらい精神的にも肉体的にも太宰治になってました。

そうして本番を迎えました。ステリハまでは自暴自棄だったんです。

でも本番に舞台にたった瞬間に周りが全部真っ暗で、舞台だけが明るくて。上を見上げると光が天から降ってくるように見えて。

ああこれは祈りなんだな、と思いました。

神様に対する祈り。神さまが信じられない人ならば、我々の意識の上にあるもの、統合意思、サムシンググレート、アカシックレコード。そういった上位存在に対する働きかけ。

そうした存在を通して他人を思いやる行為。

ドストエフスキーの書いた「カラマーゾフの兄弟」という小説があるのですが、そこにこんな一説があります。

「毎時毎分、何千という人がこの地上の生を棄て、その魂が主に御前(神様のことです)にめされてゆくのだが、そのうち極めて多くの人々がだれにも知られず、悲しみを憂いのうちに一人淋しくこの世に別れていく。そのとき地球反対側からのお前の祈りがあったならば、恐れおののきながら主の前に立ったその人の魂にとって、その瞬間、自分のために祈ってくれる人がいる、地上にまだ自分を愛してくれる人間がいると感ずることがどんなに感動的であろうか。」

そんなことを思いながら本番でチャイ5の2楽章の冒頭を聞いていたら、本当に泣いてしまいました。ソロに支障が出なくて良かったです(笑)


卒演とは直接関係がないことですが、普段どうでもいいことばかり言っているので、この場を借りて少しだけ真面目に自分が皆さんに伝えたいことを書かせてもらいました。

音楽ができるというのは本当にすばらしいことですね。卒演は大変ですが、音楽に対する感謝の気持ちを忘れずに最後まで頑張りたいです。

最近は気温の変動が激しいので、体調には皆さんくれぐれも気をつけてくださいね。


次は竹内さんにお願いします。


こんばんは

ひどい時間ですね…


皆さんいつも卒演練にお付き合いくださり、ありがとうございます。


ソロを弾かないし、乗っている曲も少ないので、軽くレアキャラになってるチェロ科の橋本です。

一部で、私があんまり曲に乗ってなくてぐれてるって噂があったらしいですが、そんなことないですよ…


卒演で、ソロをやるかやらないか、凄く悩みました。

私は人前で楽器を弾くことがとても苦手です。過去のおさらし会では上手く弾けたためしがありません。

練習していると、周りが自分の音をどう思っているのか非常に気になります(これを自意識過剰といいます)。


要するに自信がなくて、ソロを辞退しました。


でも、皆卒演練が楽しいと言っているのを聞いて、自分もチャレンジしてみたら違ったのかなと、今少し後悔しています。

緊張するのなんて誰でも一緒だし、想像もつかないようなプレッシャーの中で、それでもソロをやろうと挑んでいる皆の姿は眩しいです。


今、ソロをやろうかどうか迷っている人は、ぎりぎりまで悩んでみてください。

ソロを弾けば、4年間オケをしてきた証が残せるし、一生に一度の機会だと思います。


でも、オケバックがなければソロは成り立ちません。


私はよく、ソロを弾く皆は何のために弾いているのだろうと考えるのですが、今までお世話になった人、好きな人、家族や自分はもちろんだけど、何よりオケバックのために頑張ってくれてるんじゃないかと思ってます。

だから、上手く言えないけど、ソロを弾かずにオケバックとして舞台に上がることも悪いものじゃないということです。


係は旅行係をやってます。案外真面目にやってます。

ただこちらもあんまり表立った活動はないので、後輩の皆とほとんど触れ合えずさみしいな…


何かと目立ちませんが、皆に比べて乗り番少ない(=セフカでぼーっとしてることが多い)ので、話しかけてくれると嬉しいです。


長々とすみません。読み返してみたらだいぶ偉そうなんですが、直す時間がないのでこのまま…


それでは、次のターンはお待ちかね!

皆のアイドル小澤くんでーす☆☆☆

音楽ってなに。

Va科の長田です^^

係は内務です。

セフカの小出さんが優しすぎてやばいです。

っていうか、どうやったら、みんなと同じ字体にできるんですか?

アメーバ難しいよーーー。

さて。本題。

これを読んでるみんなもそうだと思うんだけど、

私、人に、音楽をやっている人間って思われます。

大学で出会った人たちに。


そりゃそうですよね、大学で、オーケストラに所属してるんだもん。

外からみれば、音楽やってる人間なんです。



けど。

私、まだ、音楽ってよくわからない。

だから、音楽やってる人ってとらえられると、

誰のこと?って思っちゃうんです。


サークル4年間で得られたかけがえのない仲間と、かけがえのない思い出。

それには誰にも負けない自信があります。



でも、同じく、4年間向き合ってきたはずの“音楽”が、よくわからない。




私事ですが、私、高校でビオラに出会うまでは、新体操やっていたのです。



新体操も音楽も、表現するという意味で共通してるけれど、

表現の方法が全然違う。




音楽で表現するって、難しい。

ビオラが邪魔だよ!

体で表現したほうがはやいのに!って思ったことも多々。





音楽で表現するってどういうことだろ。




難しいところで指がまわるかまわらないかってことじゃなくって

テンポがあってるとかじゃなくって

音程とか、強弱とか、ではない!





ひたすら、それを越えた先の世界が見たい。



そんな思いを抱かせてくれた、ロマンツェ。

ソロやることを決意して、よかったと思います。



ちなみにちなみに、堀江先生はロマンツェについて

「ただひたすら、彼氏のために弾けばいい!!ほかは関係ない!!」って言いますw

でも、私にとってロマンツェは、恋愛ではないんです。

何かを想う気持ちではあるけれど。


模索中。

昨日まで行っていたフランスで、

ノートルダム寺院とかで、ロマンツェをipodで聴いてみたけど(笑)


祈りとも違うみたい。


私を前進させてくれたロマンツェを、早くつかみたいものです・


きっと、今って、とっても大切な時期なんでしょうね。

残り時間に惑わされず、いろんなことを、かみしめ、かみしめ、進みたいと思います



こんな私ですが、これからもどうぞ、よろしくおねがいします!!


さて、では、次の人指名するよ~

何かと、近いものを感じる、

やすたん★★

よろしくっ