-雨月霙- -4ページ目

カシス


今夜の君はとても饒舌。
だけど浮かない顔
物憂げな顔で話す、話す、話す。

僕は怖い。

「今夜こそ、棄てられるんじゃないか。」
さっきからそればかりが過って、
手元の炭酸を味も分からず口にしている。

僕は今、上手く笑えているだろうか。

覚られない様、君と眼を合わせられないままの僕は
ずっと君の爪先ばかり見ている。

唐突に君が言った。
「カシスの色。」

一瞬何のことか分からず君の言葉を反芻させる

やり場がなくて迷って見ていたはずの指先
細く白いしなやかな指
その先端を彩る深い色。

僕は自分で気付かないほど、
彼女の指に、爪に、見惚れていた。

唇の端を少し歪めて笑う
その顔が僕は好きだ。
悲しげな眼と歪んだ唇は端整な君の顔を僕が崩した様な錯覚に、
そう、あくまでも錯覚なのだけど。

「とても似合うね。」
君はまた少し笑って目を伏せた。
その長く影を作る睫毛も僕の好きな彼女。

白い肌に華奢な肩、完璧な骨格。
憂いを帯びた眼は僕を映さない。

彼女は遠くを見ている様な、それでいて総てを見透かしているような
恐ろしく褪めた眼で見ている。

だから勿論その眼もお気に入りだ。

本当ならいつだって、何時間だって見ていたい眼。
だけど今日は、今は見れない。
その退屈そうな眼で見られたら、言われたら、従うしかないことを僕は知っている。

「だからお願い、言わないで。」
瞬きもせず祈るようにその指先を見ていた。

指先のカシスが手のひらに包まれた。
僕は見るものを失って視線は宙に注がれる。

そして彼女の唇がゆっくりと静かに動く。
「あなたはこの色が好きなのね。」

そして今夜も僕は一筋の涙を流すんだ。
「大丈夫。まだ棄てない。」

そう言って彼女はまた唇を歪ませ、悲しげな眼で僕の涙をそっと撫でた。