cumptafectdeck1987のブログ

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たとえ犬畜生と思われようとも、戦うからには勝たねばならぬ(その後編) 前編のつづきです。             教景は素知らぬ顔でいながら胃痛を懸命に堪えてきた。いくさの前はいつも胃痛に悩まされるのが常で、三十万のうちかなりの百姓を殺めなければならない今回は痛みがひどかった。こちらから仕掛けたいくさではなし、責めを負うべきは向こうのほうだから、そう割り切ってしまえば悩む必要もないのだろうが、殺戮という事実は誤魔化しようがない。月明かりの夜が新月の日までつづいて、とうとう今日まで待たされてしまった。 「命令を伝えて参りました」 「御苦労」 「敵もしびれを切らし始めました」 「お互いに、随分と待たされたでな。胃痛も明日までだ」  教景がつぶやくと、四郎が笑った。 「何がおかしい。作戦を知らぬから、そんなふうに笑っていられるのだぞ」 「失礼。教景様のような常勝将軍でも胃痛に悩まされておいでかと思うとおかしかったものですから」 「勝っても、負けても、いくさが無益な殺戮であることに変わりはない」 「ところで、作戦とおっしゃられましたが、それがしも胃痛を分かち合いたく存じます。そっと告げてはいただけませんでしょうか」  教景は手招きをして、顔を寄せてきた四郎の耳もとにささやいた。 「敵の渡河を妨害するための塀の一部は太い丸太の木組みで出来ている。あれを起こして向こう側に倒せば橋になる。一度に渡って、もう一方の流れを渡り、五領ヶ島を駆け抜け、九頭竜川を渡渉して脇目もふらずに敵陣を突破、背後にまわったところで、反転して総攻めにより敵を九頭竜川に追い落とす」  四郎は目を瞠って、そっくり返って驚いた。  敵を渡らせないための工作物が、実は渡河用の橋を隠すためのものだったとは……。 「新月を待ったのは、そのためでしたか」 「どうだ。胃が痛むか」  何をいうべきか思いつかないのか、言葉が出ないのか、四郎は黙って頷くだけだった。 「明日、昼間のうちに各口の守将に作戦を告げて、全員に徹底させてくれ」  四郎は無言のまま平伏し退出して行った。  翌日の晩、漆黒の闇を利用して、上流の鳴鹿口から一騎ずつ時間をかけて中ノ郷への本陣へ移動を開始した。移動が終わると同時に守備兵が篝火にいつも通り火をつけた。下流の高木口、黒丸口でも同じことが整然と行われた。  各口から全軍の終結が完了すると、あらかじめ準備した篝火に一斉に火がつけられた。篝火に照らされて橋に変わるべき巨大な構造物が立ち上がり、向こう岸へ地響きを立てて倒れた。  教景を先頭に無言の一万騎を迎えて敵陣は舟の舳先が分ける波のように次々と両側に分かれていった。進路に当たる一揆兵たちはただただ蹄にかけられまいとして、体を移動させて避けるのに汲々とし、何が起きているのかしばらく判断がつかないようすであった。  先頭を走った教景は何人もの一揆兵を蹄にかけながら敵陣を突破すると、次々と集結してくる味方が勢ぞろいするのを待った。帷幄の有藤民部丞、前波藤右衛門ら本陣付の三千騎がきてまわりを固めた。 「朝倉景識、到着!」 「魚住帯刀、到着!」  あとに鳴鹿口の三千騎がつづいて到着し、左翼に勢ぞろいした。 「黒丸口山崎小次郎祖桂、到着!」 「同じく中村五郎右衛門、到着!」 「半田次郎兵衛、到着!」 「江守新保、到着!」  黒丸口の二千騎がつづいて本隊の右翼に勢ぞろいした。 「鳴鹿口隊は上流へ向かって駆け抜け、反転して駆け戻り、この場に来たなら再び反転して、敵を九頭竜川に追い詰めよ。行けっ!」 「おうっ!」  朝倉景識以下三千騎が上流方向へ敵陣をかすめて駆け出した。 「黒丸口隊も同様、ゆけっ!」  山崎小次郎以下二千騎が下流方向へあわせふためく敵兵を蹄にかけながら疾走を開始した。 「高木口勝蓮華右京進、ただいま到着!」 「同じく堀江景実、到着!」 「武曾深町、到着!」  あとにつづいた二千八百騎が本隊のうしろにまわって整列した。 「これより二つに割れた敵を旋風陣をもって、中ノ郷隊は上流方向へ、高木口隊は下流方向へ、敵を追い落とす。掛かれっ!」  教景を先頭に中ノ郷隊三千騎が渦を巻くように疾駆しながら上流側の敵に圧力をかけた。高木口隊は勝蓮華右京進以下二千八百騎が動揺に旋風陣を形造って下流側の敵陣を壊乱させていった。  教景はひたすら戦う物体と化して、逃げ惑う敵兵を蹄にかけていった。  こころを捨てて物質となったのだから、だれかにやめろと止められるまで同じことを繰り返すだけ。できることなら討死が望みなのである。運悪く生き残ってしまったら、そのときはそのとき……。 「加賀国に逃げ帰る者は見逃してやれ。ここに残る者のみ皆殺しにせよ」  教景が叫ぶと味方の将が口々に同じ言葉を繰り返し叫び、時間とともに全軍に伝わっていった。  すでに大半が九頭竜川の闇の急流に呑まれていたから、教景の叫びが、混乱の極に陥った敵兵に「まだ生きている、俺は無事でいるぞ」という知覚を呼び起こさせた。  加賀国に逃げ帰るなら助けてもらえる……。  ここにいたら殺される。  答えは考えるまでもなかった。九頭竜川に向かって雪崩を打っていた敵兵の動きが、急に反転して岸から遠ざかり始めた。ちょうどこの頃から空が白みだしてきた。  九頭竜川は死屍累々として川には見えなかった。中角の渡しから鳴鹿表にかけての沃野も馬の蹄にかけられた敵兵の屍が折り重なりね凄惨な光景を現出していた。加賀国へ逃げ帰ろうとする者は目を背けて、ひたすら反対方向へ走った。その中に超勝寺実顕、本覚寺蓮恵の姿が紛れていた。  やがて、九頭竜川の右岸には狂ったように馬を疾駆させる朝倉勢を見かけるだけとなった。教景が「加賀国へ逃げ帰る者は見逃してやれ」と叫んだあの時点で、事実上、いくさは終わっていたのである。  やがて、一騎、二騎と馬の歩みを緩めて、立ち止まりだした。朝日に照らされた九頭竜川はいつしか靄に包まれていた。しかし、沃野に散乱する敵兵のおびただしい屍は目を向けられないむごたらしさであった。  教景はあたりの静寂にきづいてふと我に帰って駒を止めた。 「死にそこねたか」  真っ先にそう思った。  朝日が昇るにつれて九頭竜川を包み込んでいた靄が晴れ上がっていく。溺死した屍、押しつぶされて息絶えた屍、流れに洗われる無残な姿……。  嗚呼……。  あたりは味方の将ですら茫然自失とするほどの惨劇の場だ。あまりの惨状に、その場で自害して果てた味方の武将の姿が何人も見受けられた。  教景は目に涙を浮かべ、「犬畜生にも劣る」とつぶやいて、きつく唇を噛んだ。涙が頬を幾筋となく伝い落ちた。            いくさは犬畜生がするものという認識が武士にあった  秦野裁判長が合掌し、しばし、瞑目してから裁判長席に戻りました。 「以上の引用だが、小説上の架空の人物が登場して教景すなわち朝倉宗滴とやり取りする場は省いたので、事実関係に則った解析結果と考えていただいて問題はないと思う」  そのように説明を加えて、秦野裁判長はつづけました。 「さて。これらが秀秋の心理の解析とどのように関連してくるのかというと、『あらかじめ作戦が決まっており、行動に移すだけで勝利が約束される』というようないくさの場合、やってみなければわからないいくさとはまったく異なる重圧がかかる、ということを理解していただくために九頭竜川の合戦を取り上げたのだが、さらに朝倉宗滴のこのいくさに臨む心境も知っていただきたい。宗滴は必勝の作戦を思いついたとき、『たとえ犬畜生といわれようとも、いくさをするからには勝たねばならぬ』といったそうだ。敵は三十万、味方は一万騎、戦う前から一向一揆勢側の勝利と理解するのが普通なのだが、宗滴は勝つつもりでいくさに臨んだわけだ。勝利を確信した根拠は何かな」  長井検事が即座に問いかけました。 「裁判長は九頭竜川大会戦と関ヶ原合戦をパターン比較したいわけですね」 「手続論としていうと、そういうことだな」 「加賀一向一揆三十万といっても、後になって加賀国内で血みどろの戦いをする山科本願寺派の実如、蓮淳、実顕と、加賀三ヵ寺派の蓮悟、蓮誓、蓮綱、こういった水と油の混成チームですし、蓮淳と実顕はその前哨戦において宗滴に蹴散らされて、蓮淳は山科本願寺に逃れ、実顕は加賀国に逃れて蓮悟らを頼った敗軍の将です。質において劣るところを数で埋め合わせしようとしました。大義名分のない烏合の西軍と似たようなものですから、東軍の結束力とは比較のしようがありません」 「それだけじゃないだろう」 「もちろんです。三十万と九頭竜川をワンセットで考えると、それだけで戦わないうちに一向一揆の敗因が見えてしまいます」 「おもしろい。先を聞こう」 「一乗谷と九頭竜川の間には、足羽川という小さな流れがあるだけで、渡河を許したら防ぎようがありません。しかし、幸いなことに敵は三十万と手の内をさらけ出してくれています。あまりに圧倒的というか、越前一国を攻めるにしては不必要な大軍勢です。連戦連敗、何度、戦っても勝てない朝倉教景(宗滴)の存在をあまりにも強く意識しすぎたのでしょう。これほどの大軍の弱点はといえば、兵站です。持久戦に持ち込めたら勝機が生まれます。しからば、どうやって持久戦に持ち込めるのか」 「そりゃ、もう、九頭竜川しかないわな」 「そうです。九頭竜川を渡河させなければ持久戦になります。三十万という桁外れの大軍が九頭竜川の渡河を困難にするからです。一乗谷と九頭竜川の間に足羽川という小河川しか存在しないということが、美濃国にまたがる越前の山々、白山前衛の山々の水が九頭竜川一本に集中することを意味します。春先は雪解け水で渡河不能になり、梅雨時は増水して手がつけられません。秋は秋で大雨が降ったりと、渡河の機会はかぎられます。冬は豪雪地帯ですからいくさになりません。九頭竜川を使わないでは作戦にならないわけです。そのためにも背後から敵に襲われる危険を取り除いておく必要があります。すなわち、山科本願寺勢の越前国内一向宗寺院を掃討しておく必要がありました。教景はそれを見事にやってのけました。結果が目的の法則に照らすと、加賀一向一揆と対決する前に山科本願寺勢の越前国内の一向宗寺院を掃討した教景のねらいが透けて見えてきます」 「よっしゃ、よっしゃ。関ヶ原でいうと、九頭竜川の役割を果たすのが松尾山になるわけだが、そのことに言及するのは明日に先送りする。本日のところはいくさは犬畜生のするものという認識が、仮に一部であったとしても、厳然として存在した事実を理解してもらえればよい。本日は、これにて閉廷」  秦野裁判長が閉廷を宣言しました。本講座の大詰めも近いようです。 (つづく)ブログランキングに参加しています。↓ポチッとお願いします↓ 《日本史エンタメ講座》 ...