すこし難しいお話。
今月に入ってまた仕事etcに悩み始めてしまった私。
一人で整理しようとしても気持ちがはやってしまって、
逆に何かしなくちゃ、と動いてばかり。
気持ちも落ち着かずにいてしまった時に
親友から、そしてありがたいことに
会社でお世話になっている方からも
ありがたいことに
今の自分の気持ちをしっかり考えさせられる言葉を頂いた。
…自分整理のためのメモ
今の状況に満足度が高いという事実もありながら、
やはりどうしても納得いかないという状況に
イラだちを覚えてしまって、
でもだからといってどうしていいのか分からなくなってしまった時。
大親友から、
結論を出そうとしすぎているのではないか、
いまできていること、何を望んでいるのかがしっかり定まっていることを認めて、
そこから具体的にどうしていきたいのか/改善できるか/妥協するのかを
考えていけばいいのではないか、と言ってもらえた。
目に見える成果を求めたくなるけれども、
目に見えなくてもたとえば
やれていること、
努力していること、
長けていることを見ていくことも必要。
はっきりと○○がしたいとか、○○ができるようになるんだっ
と目標設定してしまうのではなくて、
こういう働き方、こういう仕事ができるようなのがいいな、
という余裕をもった目標を持っていくといいんじゃないか
と言ってもらえた。
彼女の言葉をもらっただけで、
私はそれまで"未来を具体化しないといけない"
という勝手なプレッシャーに追い込まれてしまっていた面があったことに
まず気付かされたこと、
そして、
限定的な考え方ではなくて、
余裕やゆったりした考え方で目標をもっていいことを教えてもらって
ずいぶん楽になった。
またその2日後に、何かに惹きつけられるかのように
会社の女性の方と急きょランチに行けることになった。
気付いたら予想以上に真剣に自分の話をしてしまっていたけど、
彼女もまた真剣に話を聞いてくれて、
今思うと親友と同じようなことをアドバイスしてくれた。
ただし、違った表現で。
彼女は、
"これはあまりにも論理的でなく抽象的な考えになってしまうんだけど"
と前置きをした上で、
人生を自分でコントロールしようとするよりも、
漠然とこういう生き方をしたい、こういう仕事がしたい、
という具体的でないにしろアイデアを強くはっきりと願うだけで
自然と周りがその方向に導いてくれる、
自分が願っていたことを持ってきてくれる、
という不思議な現象が実際に起こるんだ、
という話をしてくれた。
現に彼女の今の状況かを見ていると
彼女が思う進路に流れていった姿を間近で見てたので
この話の信ぴょう性はかなり高いというのが分かったし、
私自身もこの1-2年の身辺の変化は、
自分でこうしたい!と具体化して動くというよりは
自然の流れに身を流した結果
今ここまでたどり着けている、という部分が大きい。
身を持ってその現象を体感していることを否定できない分、
確かに具体的にこうしなくちゃ、あーしなくちゃ、
という目標がないから自分で動いたり何か能動的に動くことはできないけど、
でも確実に理想に近づける真偽ある方法なんじゃないか、
と思えた。
また、論理的に考えることももちろん大切なこと。
でも世の中すべて論理的に物事が進むわけじゃない、
ということも言われた。
なるほど、私は頭を使って、
妙に冷静に物事を考えすぎていたのかもしれない。
…とはいえ、
いまの状況をすぐに脱却できるわけでなく、
どうしたら改善できるのかという具体的な方法があるわけじゃないから
もどかしさが残ってしまった状態。
しかし二人から共通して言われたのは、
余裕をもって漠然としていながらも具体的な理想を強く自分の中で描いていれば
おのずと結果が付いてくる
ということ。
偶然にも二人とも同じことをアドバイスしてくれた。
…ここはまた一つ、自分で飛び出さないように自分をcontrolしつつ、
将来を考えてみたい、
そう気持ちが落ち着いたのでした。
改めて私がとてもピンチな気分になってしまった時に
快くそして辛抱強く話を聞いてくれる親友、
好き放題にしてしまっている私の話を一語一句大切に聞いて
褒めてくれつつ貴重なアドバイスをしてくれた会社の方に
改めて感謝の気持ちでいっぱいです。
本当にありがとう
今月に入ってまた仕事etcに悩み始めてしまった私。
一人で整理しようとしても気持ちがはやってしまって、
逆に何かしなくちゃ、と動いてばかり。
気持ちも落ち着かずにいてしまった時に
親友から、そしてありがたいことに
会社でお世話になっている方からも
ありがたいことに
今の自分の気持ちをしっかり考えさせられる言葉を頂いた。
…自分整理のためのメモ

今の状況に満足度が高いという事実もありながら、
やはりどうしても納得いかないという状況に
イラだちを覚えてしまって、
でもだからといってどうしていいのか分からなくなってしまった時。
大親友から、
結論を出そうとしすぎているのではないか、
いまできていること、何を望んでいるのかがしっかり定まっていることを認めて、
そこから具体的にどうしていきたいのか/改善できるか/妥協するのかを
考えていけばいいのではないか、と言ってもらえた。
目に見える成果を求めたくなるけれども、
目に見えなくてもたとえば
やれていること、
努力していること、
長けていることを見ていくことも必要。
はっきりと○○がしたいとか、○○ができるようになるんだっ
と目標設定してしまうのではなくて、
こういう働き方、こういう仕事ができるようなのがいいな、
という余裕をもった目標を持っていくといいんじゃないか
と言ってもらえた。
彼女の言葉をもらっただけで、
私はそれまで"未来を具体化しないといけない"
という勝手なプレッシャーに追い込まれてしまっていた面があったことに
まず気付かされたこと、
そして、
限定的な考え方ではなくて、
余裕やゆったりした考え方で目標をもっていいことを教えてもらって
ずいぶん楽になった。
またその2日後に、何かに惹きつけられるかのように
会社の女性の方と急きょランチに行けることになった。
気付いたら予想以上に真剣に自分の話をしてしまっていたけど、
彼女もまた真剣に話を聞いてくれて、
今思うと親友と同じようなことをアドバイスしてくれた。
ただし、違った表現で。
彼女は、
"これはあまりにも論理的でなく抽象的な考えになってしまうんだけど"
と前置きをした上で、
人生を自分でコントロールしようとするよりも、
漠然とこういう生き方をしたい、こういう仕事がしたい、
という具体的でないにしろアイデアを強くはっきりと願うだけで
自然と周りがその方向に導いてくれる、
自分が願っていたことを持ってきてくれる、
という不思議な現象が実際に起こるんだ、
という話をしてくれた。
現に彼女の今の状況かを見ていると
彼女が思う進路に流れていった姿を間近で見てたので
この話の信ぴょう性はかなり高いというのが分かったし、
私自身もこの1-2年の身辺の変化は、
自分でこうしたい!と具体化して動くというよりは
自然の流れに身を流した結果
今ここまでたどり着けている、という部分が大きい。
身を持ってその現象を体感していることを否定できない分、
確かに具体的にこうしなくちゃ、あーしなくちゃ、
という目標がないから自分で動いたり何か能動的に動くことはできないけど、
でも確実に理想に近づける真偽ある方法なんじゃないか、
と思えた。
また、論理的に考えることももちろん大切なこと。
でも世の中すべて論理的に物事が進むわけじゃない、
ということも言われた。
なるほど、私は頭を使って、
妙に冷静に物事を考えすぎていたのかもしれない。
…とはいえ、
いまの状況をすぐに脱却できるわけでなく、
どうしたら改善できるのかという具体的な方法があるわけじゃないから
もどかしさが残ってしまった状態。
しかし二人から共通して言われたのは、
余裕をもって漠然としていながらも具体的な理想を強く自分の中で描いていれば
おのずと結果が付いてくる
ということ。
偶然にも二人とも同じことをアドバイスしてくれた。
…ここはまた一つ、自分で飛び出さないように自分をcontrolしつつ、
将来を考えてみたい、
そう気持ちが落ち着いたのでした。
改めて私がとてもピンチな気分になってしまった時に
快くそして辛抱強く話を聞いてくれる親友、
好き放題にしてしまっている私の話を一語一句大切に聞いて
褒めてくれつつ貴重なアドバイスをしてくれた会社の方に
改めて感謝の気持ちでいっぱいです。
本当にありがとう





















