2011年現在、職業、専業主婦 兼 アクセサリー作家(時々講師)
私がどうやってここに至ったか
当然自分は知っていて、
なんか当然人前でもそんなつもりでいるけど
意外にも「意外!」って言われたりしてw
だからざっくり書いてみますww
-----------------------------------
小さい頃から、絵を描くのが好きで
紙とペンを与えておけば何時間でも描いてる子供でした。
とりわけ、マンガやアニメみたいな「女の子の絵」。
お姫様に憧れて、
同時にドレスや宝石にも憧れていました。
ガチで姫になりたかったんだけどw
いつまでたっても金髪生えてこないし
満月の晩にお迎えも来なかったので断念w
小学校のときに人並み以上に少女漫画にはまり
そこは、選択肢の少ない子供ならでは。
即効で少女漫画家兼小説家になりたくなったわけです。
中学に入って、小室ファミリー世代にズボリだった私は、
相変わらず安直に、作詞・作曲もしたくなったりしつつ、
引き続き漫画家を目指していました。
また、このころ、「olive」という雑誌をきっかけに
インテリアにもはまりつつありました。
“マンガ絵”を通して、普通のいわゆる「絵」にも興味を持ち始め、
高校受験の前には「京都市立芸大に行こう!」
と、人生で最初の目標を設定しました。
もうお気づきの通り、
やりたいこと、なりたいものが
ない時期がありませんでした。
ピアノ・水泳・英語・絵…
常に習い事をしている忙しい子供でした。
高校に入って、おしゃれ心が芽生えたのか
「漫画家っておたくっぽいからヤメっ」←漫画家の先生に非常に失礼w
と突然、漫画家への情熱が薄れ、
「絵」へ情熱だけが残りました。
高1の春から本格的に(大学受験のための)アトリエに通い始め
「京都市立芸大」への情熱は薄れませんでした。
しかし、画家を職業にできるなんて到底思えなかったので、
4年間油絵を勉強したら
専門学校に編入し
インテリアデザイナーかグラフィックデザイナーになりたいと
ふんわり思うようになりました。
とにかく、
「4年間絵を描くこと」
それが一番直近の夢でした。
― しかしその夢は叶いませんでした。
私がどうやってここに至ったか
当然自分は知っていて、
なんか当然人前でもそんなつもりでいるけど
意外にも「意外!」って言われたりしてw
だからざっくり書いてみますww
-----------------------------------
小さい頃から、絵を描くのが好きで
紙とペンを与えておけば何時間でも描いてる子供でした。
とりわけ、マンガやアニメみたいな「女の子の絵」。
お姫様に憧れて、
同時にドレスや宝石にも憧れていました。
ガチで姫になりたかったんだけどw
いつまでたっても金髪生えてこないし
満月の晩にお迎えも来なかったので断念w
小学校のときに人並み以上に少女漫画にはまり
そこは、選択肢の少ない子供ならでは。
即効で少女漫画家兼小説家になりたくなったわけです。
中学に入って、小室ファミリー世代にズボリだった私は、
相変わらず安直に、作詞・作曲もしたくなったりしつつ、
引き続き漫画家を目指していました。
また、このころ、「olive」という雑誌をきっかけに
インテリアにもはまりつつありました。
“マンガ絵”を通して、普通のいわゆる「絵」にも興味を持ち始め、
高校受験の前には「京都市立芸大に行こう!」
と、人生で最初の目標を設定しました。
もうお気づきの通り、
やりたいこと、なりたいものが
ない時期がありませんでした。
ピアノ・水泳・英語・絵…
常に習い事をしている忙しい子供でした。
高校に入って、おしゃれ心が芽生えたのか
「漫画家っておたくっぽいからヤメっ」←漫画家の先生に非常に失礼w
と突然、漫画家への情熱が薄れ、
「絵」へ情熱だけが残りました。
高1の春から本格的に(大学受験のための)アトリエに通い始め
「京都市立芸大」への情熱は薄れませんでした。
しかし、画家を職業にできるなんて到底思えなかったので、
4年間油絵を勉強したら
専門学校に編入し
インテリアデザイナーかグラフィックデザイナーになりたいと
ふんわり思うようになりました。
とにかく、
「4年間絵を描くこと」
それが一番直近の夢でした。
― しかしその夢は叶いませんでした。