言葉にできない苦しみがある
言葉にできない悩みがある
私なら「生きる価値ない」
どうしてそう思う?と問われれば
「母親から、役に立たない知恵遅れと罵られて怒られて、けなされ突き放されてきて。
愛されるような、愛してもらえるような人間ではないから」
だけど、
「こんなにも愛されなかった(と思い込んでる)自分を、
人には言えない。
だって、そんな私は恥ずかしいから」
母親に愛されてない(と思い込んでる)自分を『恥ずかしい』と、ジャッジしてるのです。
これは、しいては母親だけでなく、
誰からも『愛されない私』であり、
『そんな自分が恥ずかしいし、人を愛する方法もわからない』
生きるために必要なことがわかっていない、そんな自分なんだと
人と交われない自己否定と言い訳の嵐に苛まれて
こんな悩み苦しみを 誰かに聞いてもらうことができないのです。
何がつらいって
何度も何度も炙り出されることなんです。
1回や2回では終わらない。
死ぬまで続くんじゃなかろうか。そんな恐怖にもかられます。
炙り出されるたびに、
「もういいんだよ。手放していいんだよ」と解放するのですが、
まだまだ学び足りないのでしょうか。何度も何度も繰り返す。
何度も何度も、何度も何度も。
そのたびに、身も心もへとへとになるほど消耗します。
これが、私が今世受けたカルマなのなら、
人を愛することを学びに来ているのであれば、
私には受け入れるほか ないのでしょう。
「この世での生を終わりにしよう」とその都度考えました。
そう考えてる時が、一番悩み苦しみから解放されてる。
一番安堵を感じられるときです。
この世を生きることが、私には性に合ってないのかな。
周りを羨むこともあります。
親に愛されていない(愛されてたけど、それがわからない)というのは、
その後を生きるのにとても遠回りをします。
人を、自分を、愛する方法を学ぶのは、傷つくことの繰り返しです。
だけど、いつかきっと、この傷が喜びに変わるのでしょう。
私のように、誰に話すともできない、底なし沼のような暗闇に陥るような
悩み苦しみを抱える方も、多くいらっしゃるでしょう。
今日を耐え忍んで、生き抜いたことを、褒め称えてください。
あなたは今日も力強く生きました。
だけど、そんな今日を生き抜いたあなただから、きっと大丈夫です。
あなたの幸せが、ちゃんとあります。必ず見つかります。
私もまだまだ道の途中だけど、この苦しみを知ることができた喜びがある。
もっとあなたを褒め称えてください。
いつかその悩み苦しみから解放されますように。
