母とランチ
最近は二人になると
今まで口にしなかったことを
話してくれるようになった
今日は、母の結婚式の話…
父と母は9歳違い
父は教員で、新任の赴任先が
母のいた中学校。
もちろん母は生徒
このことずっと普通に聞いてたんだけど
自分が大人になった時
よく考えたら
だった

生徒に手ぇ出したんかい

母が20歳で姉を産んでる。。。
まぁまぁやね。
成人するまで待った、のかな…おとーさん

教員である父は
たぶん母をもらってやった
と思ってる。
お酒を飲むと時々そういうことを言う。
母は結婚式をしていないらしい
そういえば
写真だって見たことなかった
そう
写真さえ撮ってない
母の父母が、父に
「親戚の顔合わせの前に、お母さんに会いたい」と言ったらしい
(父の父は早くに亡くなっているので)
それに対して父は良い返事をしたらしいが
そのまま伝えもせず
顔合わせの日を迎えたのだと
はぁまぁ
そんな感じだったんだろうと推測できる
けど
母と母方の父母が
どんな思いだったかを考えると
私は聞いていて言葉が出なかった。
一生に一度の花嫁さん
せめて写真だけでも、と
母方の父母が言ったらしいが
父は相手にしなかったようだ。
戦争で負傷した足をかばいながら歩く
穏やかで優しい祖父だった。
物静かだけど体が大きかったから、
小さい頃の私は圧倒されて遠巻きにいつも見ていた。
私が結婚して間もない頃亡くなってしまった。
入院していた祖父に私の結婚式の案内状を届けたが、体調が不安だからと参列を諦めた。
後日病院に写真を見せに行くと
すごく喜んで見てくれたなぁ〜〜
今思い返すと、母にそっくりだったわぁ

祖母は元気いっぱいだった
しゃかしゃかと動き回り、コロコロとよく笑っていた。
数年前、自分の兄弟のことしかわからなくなって、体も弱って車椅子なのに、それさえも忘れて歩いちゃったりしながら
数年前の元旦に空へ帰って行った。
母の結婚に関しては
悔しかったり悲しかったりしたかもしれないね。
いつも父のことを
先生と呼んでいた。
それがすべて物語っていたね。
父が今年83歳
体は元気で耳が地獄耳👂
だんだん耳、て遠くなるんじゃないんだね

不正脈があるから
いきなり心臓が止まっちゃうかも、て
言ってるけど
毎日油絵を描いて
庭の野菜の世話をして
今だに知らない言葉を聞くと辞書をひき
孫にはオヤジギャグを炸裂させ
もう耳にタコだよ、てくらい同じ話をしながら
日々を過ごしている
そんな父を今更諭すつもりはないけれど
母が残念に思っていることは
何となく伝えてみよう、と
思っていた…ら
先日姪っ子が婚約し
両家の顔合わせをしたらしい
お相手のご両親が滋賀から出てきて下さった。
そのことを話したかったのだろう
仕事の忙しい義理の兄が
わざわざ父と母に報告に来てくれたとのこと
その時父が
「あちらのご両親に会いたかった」
と言ったらしく
義兄が帰ったあと
「私の両親もそう言って待っていたと思います」
母の静かな反撃。。。
父はどう思っただろう
ちょっとは気付いてあげてよね