ブログでモノクロの写真をアップすることが日に日に多くなってきましたが、どうしてモノクロの写真を好むのか、そのモノクロ写真と映像の魅力についてちょっと考えてみました。
『モノクロは、美しくて繊細』
モノクロのものや単調のものは、悪い言い方をすれば「地味」だとか「質素」だと言われがちです。しかしながら、もしもモノクロの良さに気づけるということがあったとするのであれば、それはおそらく、色彩への影響力を十分に把握できたときに生じる心理状態なのではないのかと私は考えます。色彩の効果は日常生活において非常に重要な役割を果たしています。ファッションや街並・食べ物や信号機もすべてが、色彩に溢れているのです。そして人々は、安全や危険さえも色彩によって状況判断し、生活している場合もあります。つまり、日常生活において人々は無意識にも色彩を見分けるという「エネルギー」を消費しており、場合によってはその消費自体がストレスになっているかもしれないのです。モノクロを好むということは、その色彩の影響力を知って初めて芽生える感覚なのではないでしょうか。
『モノクロは、光と影の心地よさ』
人々はモノゴトを視覚的に捉え、自らの脳に情報伝達したときに初めて、色彩というものを記憶します。そのときの色彩情報が、例えば白と黒のトーンだけで構 成されたモノクロの世界だったらどうでしょうか。きっとそれは、色彩に満たされる心地よさとは異なる、もっと奥深く、光と影で表現された癒しの空間を導く きっかけとなります。
肉眼で眺めた色彩のあふれるモノゴトを、あえてモノクロのフィルターにかけて眺めてみること。それは、自分たちが普段眺めているモノゴトの光と影であった り、色彩の影響力、眺める角度など、本来の見え方とはちょっと異なった風景をみることになるのでしょう。日常生活において当たり前に眺めているものほど、 モノクロにしてみるとおもしろく新鮮なモノとして、新たな創造を導いてくれるのかもしれません。
『モノクロは、最高』
上の写真は、宮城県美術館の庭から一昨年あたりに撮影したものです。うん。仙台という街は、どこか中世の西洋絵画の文化を強く取り入れた、落ち着いた街並のような印象があります。そのような街並を、モノクロのフィルターにかけてみると、ちょっと時代を自由に操作したかのような、本来とは違った表情を見せてくれますね。光と影で表現された透き通る雲、夕暮れの空、そして杜の都の象徴である並木に、白と黒を感じます。モノクロ 東北