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CSE@町田、八木澤絵美です。

 

平日フルタイムの会社員で

お調子者の年中女の育児をの中で性教育の学びの大事さを痛感。

一緒に性教育を学びたい方と繋がりたくこのサイトを運営しています。

 

 

 

ウクライナの状況が毎日気になって、少しニュース中毒気味の日々ですショボーン

 

恐怖、悲しみ、怒り…いろいろな感情が湧き上がるこのトピックですが子どもが巻き込まれている内容には、やはり反応が強く出てしまいますね。

 

大人として、子ども達に今何が起こっているのか話して、平和や生命(いのち)について考えたり…と今までの日常にはなかった光景が家庭内でも見られるようになっているのかな。

 

 

包括的性教育は生命について考える機会を与えてくれます。

パンツの教室の講座でも、子どもへ「◯◯ちゃん・くんが大好きだよ」という声掛けを推進しています。

 

私はこれに『◯◯ちゃんはお母さんの宝物だよ』という事も付け加えているのですが、これについてはこんなエピソードがあるんです。

 

 


 

 

ある夜の寝かしつけ時、いつものように『◯◯ちゃんはお母さんの宝物だよ』を伝えたら、ムスメがこう言いました。

 

「Aちゃんが、◯◯は宝物じゃないっていうんだよ。うそつき、っていうんだよ」

 

最初はちょっと?でしたが、どうやらこういう事らしい:

 

ムスメが「お母さんは(お母さんにとって)私が宝物なんだよ、っていうんだ」とAちゃんに伝えた

 

   下矢印

 

Aちゃんが「(ムスメの事をさして)宝物じゃない = うそつき」と解釈した

 

 


 

 

これを聞いた時、Aちゃんの境遇がどういったものなのか心配になった事を覚えています。

 

子どもへの愛情がある家庭であれば、「◯◯ちゃん・くんが大好きだよ」というメッセージを何らかの形で受け取っていて、子供のことを宝物のように大事に・大切に思っている、という事をすんなり理解してくれると私は思っているからです。

 

もしかしたら、Aちゃんにとって、宝物=金銀財宝お金と思っていたからかも?

宝物すなわち大事・大切なものと直結しなかったのかな、そうだといいな…と思いました。

 

 

戦争ネタから生命の大切さを語り合うのはハードルが高いですが、「◯◯ちゃん・くんが大好きだよ」の声掛けで生命の大切さを伝えてあげるのはできそうですよね。恥ずかしがらずに、子どもへ愛情を表現できるお母さん・お父さんが増えると嬉しいです。