私の給料は低い。

稼げない。

チップもあんまりもらえない。

プレゼントもない。

つまり貧しい。豊かになれない。

なぜなら、親やまわりが私の成果を認めなかったから。

それを恨んでた。

こんなに頑張っているのに、ほめるどころか、ダメなところばっかり突っついてきやがる💢

私、怒っていた。

お前らが私をダメ認定するから、私も自分を低く見積もるよ。

お前らのせいで、私はこんなに不幸せなんだよ💢

と、復讐していたんだね。

くそー。

自分で自分を貧しくしていたなんて、悲しい。情けない。残念。

お前らに愛されてなくても、私は世界や宇宙に溺愛されてるんだよ、と言うのは、負け惜しみか😅

まぁ、負け惜しみだし、単なるイメージだ。

ても今まで、世界や宇宙からも愛されてない気がしていた私には、それでも進歩なんだよ。

私を愛してくれていた存在があった(らしいというイメージ)だけど、それでも私は嬉しくなった。

少し救われた気持ちになったんだよ。

救われた、嬉しい気持ちを採用したいんだ。

だから自分をおとしめなくてもいいんだよと、自分を納得させたい。

腑に落ちないと、豊かになれないと思うんだ。

世界も宇宙も、私に100点💯を求めないんだよ。

私は100点を取らなくてもいいんだよ。

まわりの人が私に100点と丸付けしてくれなくても、いいんだよ。

100点を取らなくていいし、100点の採点結果をもらわなくてもいい。

そもそも、採点なんかしなくてもいいんだよ。

溺愛されてるんだから、溺愛に点数を付けなくてもいいんだよ。

まわりの人に認めてもらわなくてもいいんだよ。

まわりの人の態度より、世界や宇宙に愛されてることを優先にイメージしていて、いいんだよ。

私は溺愛されている。

私は溺愛されていて、幸せなんだ。