昨日から、仙台に出張でした。


大阪から仙台の空港に着陸する寸前、機内は、シーンとして誰も声が出ない。


テレビでは見ていたが、肉眼で広い視野で見ると、あらためて被害の大きさに絶句した。


3ケ月前にも来たが、その時の賑やかさは、あとかたもない。


出発ロビーも到着ロビーも同じ。


一階のほんの一部で、臨時便を迎えている。


電光掲示板も、暖房もない。トイレも仮設の一箇所のみ。


更に、空港の周りは、まるで、今まで建物がなかったようにガレキと水に流された車の山。


セスナ機のような小型機も、空港の敷地外まで流されていた。


本当に、想像を絶する光景だった。


一方、バスで仙台駅に移動すると、神戸の震災のように倒壊したビルを想像していたが、


見る限り、ほとんど損傷を見ることができない。


車も、大通りを数多く往来している。


神戸より震度は大きかったが、仙台の地盤の固さが損壊を免れたようだ。


一層、今回の被害が、津波によるものと分かり、さらにそのすごさを思い知らされた。


街中では、仕事をしているようすは、以前と変わりがない。


そして、夜には、仙台の繁華街の国分町に、人が溢れていた。


お付き合い頂いた仙台の方が言っていたのが印象的だった。


うちも被害に合ったけど、こうやって生かされた。


亡くなった方の分も、一生懸命に生きなければと思うと。


京都の祇園、大阪の新地、どちらも閑古鳥が鳴いている。


被災地の人が、これだけ負けずに一生懸命、生きようとしているのに、


関係のないところが、日本の経済の活気を無くしてどうする。


本当に、東北の人達は、強いと実感させられた。