*★.うさぎさんのハッピーシェア.☆*

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うさぎさんこと私、皇祈の日常を自由氣ままに綴ってます。

こんにちは、言靈師 皇祈です。

 

色々迷いつつ、とりあえず真理だけは書き残しておこう!という結論に至りました。

下の三つ以外の記事は、二元性の視点で少し分離してるので参考程度にお読み頂けると幸いです。

悟りを理解している方にとって、二元性の記事はもう妄想も良いところと言いますか…笑ってしまうと思うのですが、それでも当時の私はそれを現実として経験して苦しんだり悲しんだりしていたので、下の三つ、真理と読み比べて違いが分かれば、苦しんでる誰か必要な方のお役に立つんじゃないかと思います。

 

 

 

 

ジン的な存在、幽霊〜神霊が生まれつき視えてしまい苦しんでる人も、真理に立ち返れば如何様にも幸せになれます。

苦しくて吐いてしまうような感受性の高さゆえに、行きたいところへ行けない、そんな呪縛は消え去ります。元々そんなものは“実在しない”からです。

 

世界にはすでに全てがあって、満たされている。

 

そこへと意識が還る時、生命はみんな笑顔です。

分離したと思い込んでるだけで、ずっとそこにいるからです。

 

それは人生の終わりではなく、苦しみや悲しみを味わう旅の終焉であり、喜びと楽しみの始まりです。しかも、びっくりするほど簡単です。元に戻るだけ。笑

 

一切の不足が消え、はいめでたしめでたし、そんな幸せの物語を味わって下さい。

素敵な旅を!

 

*★*――――*★**★*――――*★**★*――――*★*

皇祈とは

魂の橋渡しをする『言靈師』として


【鑑定】でご相談に乗ったり
シュルレアリズム(自動書記)で【アートを描く】


ことを自由氣ままにして人生を謳歌してます。

のんびり屋(*´ω`*)


この世界のみんながにこにこしていると嬉しいので

真心を込めて発信してます。

 

よろしくお願いいたします。

 

 

 

 

 

こんにちは。

言靈師 皇祈です。

 

私がこれから経験したい世界へと舵を切った先で、私はこのブログを書いてないので、

そのうちこのブログは消えるんだろうって思っているのですが、

 

どうやらブログを「もっと読みたい」と思って下さる方がいて

私もたまにそれに応えたい氣持ちがあったり、

でもそれは私が行う必要のないことでもあるんだろうなぁ…と考えて

 

…これは思考だ…私がやるんじゃなくて、ワンネス(創造主)の最良を経験するのだ、と氣付いたので、しばらくのんびり風の向くまま氣のむくまま徒然にシェアしようと思います。

 

…なんというか…うーん……。

…大丈夫ですよ。

別に私からじゃなくても、このブログが消えても、

いつでも、どこでも、常に創造主(この句に抵抗がある方は、潜在意識と置き換えても良いと思います)は応えてくれてます。

 

私自身、文字を書こうとしたり、何かを読むと左脳が動き出して

思考の創り出す不足感に惑わされそうになることもありますが、

 

それすらも全て、世界は奇跡そのもので、充足です。

 

そして自我(エゴ)では理解できなくても

必ず、自分も相手も世界も、三方良しになるように

創造主(何か偉大なるもの、ワンネス)は世界を展開しています。

 

わたしたちはただの指先で、

木の葉だと思っているけれど大樹の一部、或いは大海の波の一つ、一なる生命、大きな意識、精神の一雫です。

 

世界は完全なる調和の中にあり

自我という眼鏡を通して、意図した現実を観測しているだけ。

 

ただ、そのことに氣づけたらずっと安心で、幸せです。

 

 

☆。.:*:・'゜★。☆。.:*:・'゜★。

 

 

充足の視点に立つ(真我と一致する)と全てのことが『ただ在る』

意図したことが『既に在る』こと(意図に沿って現実が展開されていたということ)がわかり、

 

創造主(ワンネス)を信じ、安心し、委ねている状態になって

意図したことをただ受け取るため(体感するため)に必要な行動を

内側からのインスピレーション(直感)で行うようになります。

 

意図した事が“必ず実現する”と“わかる(腑に落ちる)”

意図した瞬間、それは一瞬で出現します、自我(エゴ)が知覚できていないだけで。

 

スタートとゴールは同じで

時間と物質という概念は、そもそも左脳が切り分けることで事象を認識できるように肉体に設定された

それこそ“ただの概念(認識の物差し)”であり、

過去も未来も現在も同時に存在はすれども、実在はしていません。

 

蛇の視覚が赤色を認識できないように、我々人間の肉体の視覚はそもそも正確に物事を把握していません。

 

多くの人間の肉体にセットされている概念、物差しについては

「エントロピー増大の法則」や「時間の矢」といったエビデンスが

左脳の自我を納得させるためには役立つと思います。

 

ただ、自我視点の部分を深く掘り下げてしまうと、二元性の社会においては拡大解釈で争い事に用いられることがあり、

宗教戦争でなくとも、日頃の小さないざこざも含め、

人と人がぶつかり合うのはお互いの正義の物差しをぶつけ合っているから(それぞれ違うものを信じていて、そもそも互いに違う世界を見ているということ)ですし、

 

歴史は繰り返していて、それでいて無駄はなく調和しているので、

正誤入り混じる自我のジャッジよりも、

全部、あの偉大なる何か(創造主・唯一神)の采配にお任せすることが最善です。

 

理論よりも感覚、エッセンスを汲み取る方が意識変容(目標達成)への近道だと思います。

 

とりあえずはこんな感じで、全ての宗教は同じこと

全ては 一つの“I(アイ・私)”であり、

愛(充足)で満ちている、光であり、それ以外にない空間である

ということを指し示しています。

 

全ての物事は移り変わるので(諸行無常)、業界や世界の常識は変わりますが、

この真理だけは普遍、永遠に変わることのない真実であり

 

揺るぎないパワー(生命に力を与え、成功と成幸をもたらす背景)です。

 

実在しているのは 愛(安心感、幸福感)だけ。

 

Don't think,Just Feel.

最初から全てが在って、分離したと思い込んで、本来の姿に戻っていくというルートが

多くの人間の辿る道なんじゃないかなぁ。

 

 

☆。.:*:・'゜★。☆。.:*:・'゜★。

 

 

創造主と神霊(日本では多くの人が神様と呼んでいる意識体のこと)の違いについて。

 

創造主というのは、この宇宙そのもの、この世界を創り上げた偉大なる何かのこと、

つまり全知全能であり、できないことは何一つありません。

英語で言えばGOD、この世で一つしかない、つまり唯一神と呼ばれるものです。

 

神霊とは、そこから派生した指先の一つ一つ

日本では「神様(カミサマ)」と呼ばれる意識体で

“個(自我)”があるゆえに格があり、それぞれ違った信念体系を持っています。

国が祀る神霊というのは、ある国では天使であっても、

その国と敵対する国からしたら魔神、悪魔とも捉えられます。

 

龍は元々は鯉ですし、天照大神はかつての皇女であり先祖霊、

狐は無念の末に亡くなった動物霊、蛇や狸もそうですよね。

だんだんと次元(この語がそもそも合ってるかどうかわかりませんが、左脳的にいうと意識レベルのことだと感じます)が上がって神霊になっていきますが、

この切り分けは人間と同じで、その事象を観測する側の認識、意味付けによって左右されます。

 

つまりは私たち人間のように彼らも単に概念の現れです。

 

もっと端的に同じことを例えると、

人間が氷だとして、彼らは水蒸気みたいなものですが

それらも全て、粒子でできていて、つまりは我々も彼らも創造主の指先の一つ、

 

全てが神(一なる生命)の一部、意識の現れです。

 

 

☆。.:*:・'゜★。☆。.:*:・'゜★。

 

 

本来、魂が目指す進化、意識変容というのは

一元性、ノンデュアリティです。

(目指すのが良い事というわけではなく、良い悪いはそもそも無く、強制もされておらず、意識変容を望むも望まないも自由意志です。)

 

変容すると苦しみは薄れ、あらゆる問題は解決し、

幸福に満ち、毎瞬を大切に、日常に感謝できるようになります。

 

太陽(神の光、充足)を隠していた雲が晴れる感じですね。

 

故・デビットRホーキンズ博士の研究結果である意識レベルにおいては

700以上は貧困率も犯罪率も0であり、社会的にも高い地位の仕事に就く事が多く収入が高い、それに加えて幸福度も高いことがわかっています。

(故に「〇〇神がそう言ってるから」と言って他者の名誉を毀損をする人が聞いてるのは悪霊の声ですし、外側のスピリットがなんと言おうとそれは外側の言葉でしかないので、あなたが自身より外側の認識をわざわざ採用する必要はないことを明記しておきます。)

 

そしてこの世界は元々、一元性であり、

我々人間は分離することでさまざまな体験を通して感情を味わっています。

苦しみって、分離してないと経験できないですもん。

 

だから、↓の③霊術を経験するのはそもそも良い悪いの話ではないのですが、

 

 

①霊性で幸福を得て、③霊術の分野で分離を体験、呪いを受けることまで経験してしまって(今はそれも自らが人生に招いた自分の一部として受け入れてますが、渦中にいる間はとても辛かったです。もちろんそれも良い悪いではなく、望んだ自分になるために与えられた映像の一幕でもありました。)その後②潜在意識に戻りエゴの自作自演に氣づいて大笑いしてしまった私としては、

 

多くの人は①と②の知識だけ脳にインストールすれば良いんじゃないかと思いました。

 

②の分野に成功者が多いのは一番真理に近いからで、

③に魔物が多いのは、心の隙に付け入れられて魔物が取り憑いちゃった、という二元性の世界観(認識の前提)が意識の根底にセットされている人が多いからだと感じます。

心優しく真っ白で生きづらい、疲れやすい人がいるのも③の世界で、前提が善悪、あるいは白黒の二元性なので、自他を切り分けて認識するエゴの範囲内にいるからしんどいと思います。

 

つまり天使と悪魔の世界、高低のある世界、でどちらかの側に立ってしまっているんですよね。

真ん中、映画の観客ではなく、どちらかの側のプレイヤー、映画内の人物に入り込んでいるわけです。

 

私は③の認識の範囲内にいる時、苦しいことも多くありました。

波動が高い時は幸運や素敵な出来事、幸せだと感じる事が多くありましたが、

波動の低い意識に合ってしまった時、それに同調して肩や頬、内臓に痛みを感じました。

 

大きな祈願のあとは2日くらい寝込むこともありました。

神霊に対する祈願は自らであれば無償でも、他家であれば手数料(神道的な祈り)が必要なので、整えるために労力が必要だったからです。(正確には、という過去(世)からの設定、記憶のバグが根底にあったから、です。)

ただ、念や呪いに対処して、ボロボロになってしまった時、

「ああ、これは違うな、正しい道じゃないな、そして私じゃない」と氣づき、①の委ねる姿勢に戻ったところ、自分に半年ほど勝手に憑いていた狐霊や、他者に憑いてる神霊からの呪縛が取れました。

 

そして世界は自らが100%創造したものだということ、自分の中心に戻った後には

呪いはそもそも実在せず、念は私に何の影響も与えられず

そもそもその前提に合意さえしなければ私の世界に存在すらしない、ということ氣づきました。

 

やっとこさエゴがサレンダー‥‥_(:3 」∠)_

氣づいてしまったからにはもう大爆笑です。

 

「なんだ!盛大なジョークじゃんか!ジャバウォッキー!!!」

 

幸せとは直接関係のない③の世界からの帰還はまるで、プロテニスプレイヤーとして死闘を繰り広げていた現役から離れ、平穏な日常に戻ったかのような印象です。

 

その時経験した神秘体験や霊障などを含めたエゴの幻想について詳しく書いてもよいのですが

私が神霊の言葉とか書くと、読み手に不足感、あるいは依存心が生まれてしまう事があったので、やめました。

(ちなみに私の場合、現実でのエゴサレンダーと、呼吸を通して脳内でのエゴサレンダー両方を経験しました。)

 

③の分野で一生懸命、生きている方もいるのでお伝えしにくいですが、

はっきりいうと、神霊の言葉を聞くというのはエゴの幻想の範疇であり真理ではないんです。

外側に反応して行動を変える、というバグを乗り越えて(自我の幻想に囚われるのを止めること)自らの中心に戻るためにたまたま通った道です。

 

呪いや念も自分で対処すると大変ですが、

それが不足を前提としたエゴの幻想だと気づいて充足前提の創造主にお任せすれば一瞬でその事象は消えます。

存在していると思っているのは自らの記憶のバグで、そもそも実在はしていないのだから。(充足ではない不足は幻です。)

 

最初からお伝えしている通り、

私たちは何かができるから、持っているから、秀でているから、価値があるわけではなく

生命はみな、それぞれがそれぞれに最高に素晴らしく、尊いもの。

 

認識による意味づけや、何かと比べて不足や充足を感じる二元性を超えて(左脳の思考に氣づき、エゴをサレンダーさせることで自己と同一化しないということ)

 

③の道、わざわざピラミッドの中を通らなくても、

 

そもそも 我々はみな 充足なのだということ 

不足を創り出して対処するのではなく 幸せは 今ここに既にあるのだということ

 

ただそれに氣づくだけ、考える(左脳)のではなく、感じる(右脳)ことで、

二元性の視点から一元性の視点に戻って世界を観測できて、楽天で意図的な創造を楽しめますよ〜ということを私はお伝えしたいです。

 

二元性から離れて一元性に戻ると、レイキすら必要なくなって楽ちんですよ(๑╹ω╹๑ )♬

 

☆。.:*:・'゜★。☆。.:*:・'゜★。

 

 

あなたは、あなたの生きる世界を自分で選べます。

体験したいことを、選べます。

不足を前提にしていたバグはアンインストールして、

充足をインストールする‥‥いいえ、既にされています。

 

決めるだけで、自動的にそのようになります。

何故なら世界はそもそも充足なのだから。

 

日々、目の前のことをただ楽しんでください。

 

地球は素晴らしい星で、人間として生きることはとても楽しい喜びです。

 

 

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皇祈とは

魂の橋渡しをする『言靈師』として


【鑑定】でご相談に乗ったり
シュルレアリズム(自動書記)で【アートを描く】


ことを自由氣ままにして人生を謳歌してます。

のんびり屋(*´ω`*)


この世界のみんながにこにこしていると嬉しいので

真心を込めて発信してます。

 

よろしくお願いいたします。

 

こんにちは。

言靈師 皇祈です。

 

真理とは

『この世は一切空である』

であり

「菩提にもと樹なく、明鏡もまた台に非ず。

本来無一物、何れの処にか塵埃をひかん」

魂も肉体も実在せず

“光”そのもの、あるいは“無(何もない空間のようなもの)”です。

 

ただ、人間の知能(左脳の認識)には限界があり

その境地を頭で理解することはできない、というのが

今時刻現座標にいる皇祈という人間を観測地点として世界をみた時の状況です。

 

(これらはブッダやキリスト、その他人類の歴史上“悟った”とされる人々や

現代最後の聖者といわれた故・デヴィット・R・ホーキンズ博士が

キネシオロジーを応用し現代科学によって明らかにしてきました。)

 

わかりやすくいうと

「私=自分を個と認識している意識・自我」は

物事、肉体の目が見ている世界を

「これは白」「これは黒」と白〜黒まで

あえて切り分けることで意味付けをして認識していますが、

 

実際はそこにはただ真っ白なキャンパスが在るだけです。

 

右脳、そしてそこから体内へ伸びる神経、それから内臓(特に腸)は

そのキャンパスがただ単にそこに“在る”ことを“感じる”ことができます。

 

その意識レベルに在ると

「私」や「あなた」といった自他を切り分ける意識は存在せず

そもそも我々は「一なる生命(=真我・ワンネス)」ということを体感します。

 

つまり肉体に観測される現象というのは

「心の現れ」であり、どのような観念(意図、設定)を潜在意識に持っているか

によって移り変わる、投影であるということがわかります。

 

自我はそのことを認めたくないので(握りしめていたいネガティブなエネルギーがある状態)

執着し、抵抗して暴れ出して、問題を大きくしたり、苦しみを招きます。

 

これが煩悩の現れです。

厄介なことに、これは肉体の反射なので、

人間という生き物である限り仕方のないこと、そもそも備わってる機能です。

 

「え?じゃあどうすればいいの?」

「苦しめってこと?」

 

出ました出ました。

それ、思考の罠(自我の抵抗)です(*^ω^*)

それ、あなた(私)じゃ無いです。

今まで培ってきた常識・思考パターンの勝手なラジオ音声です。

 

ここで真理が登場します。

 

『この世は一切空である』

「菩提にもと樹なく、明鏡もまた台に非ず。

本来無一物、何れの処にか塵埃をひかん」

 

です。

 

つまり、自我(エゴ)は幻想であり

一種の記憶のバグのようなもの。

(解放されていないネガティブエネルギーを自覚させるための記憶のトリガー)

 

真我には愛しかない。

 

だから

どうにかしようとコントロールすることをやめて=手放して

「創造主の最善に委ねます」

 

と、全部お任せすれば、

自ずと必要なことが起こり、あとは楽ちんです。

 

愛しかない、充足しかない、不足はない、のが真理なので

お任せして放っておけばネガティブエネルギーは緩和されてゆき

やがて川の水に流されたように綺麗になります。

 

こういう「握りしめては手放し」の繰り返し、

人間として経験するあらゆることは、愛に氣づくためのレッスンです。

 

手放すまでは、とっても苦しいです。

自我は消えたくないので、肉体ごと死に持っていこうとすらします。

 

でも、手放しちゃえば楽ちんです。

なんでもっと早く手放せなかったんだろう?

こんなにいろんなことが叶っているのにって。

生きることはこんなにも楽しいのに!って。

 

目の前の霧が晴れ、体は生命力で溢れ、

軽やかに生き、愛を受け取れるようになります。

 

☆。.:*:・'゜★。☆。.:*:・'゜★。

 

私自身は4年前、

霊性について「委ねる」という姿勢を得ることで

治らないと思っていた病気の完治を経験しました。

 

そのころの意識レベルは700ありました。

が、その後、分離の体験中に大幅に下がりました。

 

ボロボロになるまで自己犠牲をしてしまい

生き霊や呪いに悩んでいた頃です。

私の中にあった深い悲しみや怒り、罪悪感が溢れ出ました。

 

エネルギーに敏感な方は私のブログを見て

この部分は4、5次元だな、とか、意識レベル390くらいだなとか

ここは振動数が高いな、とか、清らかだな、とか、わかると思います。

(どの時点、どの意識にアクセスするかにもよります。)

 

1〜2年くらい前、やっとのことで最後の、心の奥底にあった一番重い想いを手放したあとは

世界の見え方が全く違いました。

全て、創造主(真我・ワンネス)がやってくれていたんだ、とわかり、

自動運転に切り替え、安心、安全、心は穏やかで、充足です。

 

ワンネス意識ってベイマックスみたいなもので、

背中から羽のように広がって、

 

『ありのままで、あなたのままでいいんだよ、

大丈夫だよ、愛しているよ、

何を経験したい?どこへ行きたい?』

 

って、ぎゅっと抱きしめてくれるんです。

ワンネスベイマックス!

 

 

蛇足ですが、

生き霊や神霊、スピリットといった目に見えない存在は

左脳的にわかりやすくいうと

人間など物体が氷だとしたら彼らは水蒸気みたいなもので、

 

けれどもそれらも全て、真実はただの粒子です。

粒子が波うっているのを視角というカメラで四角く切り取って瞬間的に認識しているだけで

本当は全てが移り変わっていて、我々も彼らも存在はしていますが、

そもそも実在はしていません。

 

そしてさらに興味深いことに

こういった「煩悩の現れ(苦しみを伴う)→バグを引き起こしてる観念に氣づく(手放し)」は

現象として肉体で経験をしなくても、

 

呼吸を通して、頭の中だけでも同じ経験ができます。

 

 

☆。.:*:・'゜★。☆。.:*:・'゜★。

 

充足の世界にいる、真我と一致していると

常に「今」しかない、つまり不足を前提として動いていないので

 

自力(我力)でどうにかしようとしたりせず

ただただ安心して創造主を信じて全てを委ねている状態になるのですが、

 

そうなると好きなことや興味のあることしかしなくなります。

そしてそれが本当の意味で、世界への貢献になります。

 

と、いうのもの不足の世界では、不足の役柄を必要としてしまうからです。

 

なので、例えばあなたの目標が「世界平和」なのだとしたら

「反戦の訴え」ではなく「平和の祭り」を掲げるようになります。

 

反〇〇というはフォース、△であり、対立を生み出します。

△は▽と同時に存在するということ(偏ったら、補う、それがバランスを保つための宇宙の調和です)

天使と悪魔が戦うのはそれが理由です。

 

こういったスピリチュアリティについて

特に現実を変化させる潜在意識、仏教的概念、宇宙について

教える人が現れては消えていくのも

 

世界が充足で、100%自分の世界を創造しているのは自分なのだと氣づくと

「教える」や「助ける」というのは少なからず

「相手の不足」にフォーカスしてしまっているので、

 

不足を助長することになって益々ややこしいことになるから

 

ということに氣づくからだと私は思っています。

 

宇宙は完璧な調和で成り立っているので、

無理に何かを変えようとする(執着、フォース)よりも

 

自然(宇宙、何か偉大なるもの)に任せるという真理に沿う

そもそも、不足なんてものは存在しないのだから

 

という境地に至るので

教えることが単に楽しい、好きだ、という人は続けていくと思いますし、

 

そうでない人は「今この瞬間を生きる」こと

ただそう在るだけで世界に貢献するようになります。

これは適材適所で毎瞬、その場での役割がきちんと振り分けられてます。

 

(意識レベル700〜1000の人が20人くらいいれば

肉体が生きているこの社会も、だいぶ優しく穏やかなものになると思います。)

 

常に自分のお腹の中、中心にいることで

真我と一致し、穏やかに創造主に委ねておけば、

自然と最善の結果になります。

 

大きな枠組みの現実を切り取ってみると、

そういう文明を創っては壊しての繰り返しが歴史であり、

この地球という星なんだなぁと思いました。

 

 

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よろしくお願いいたします。