シドニーでの暮らしは、毎朝が未知との出会いだった。
まるで渡り鳥のように、傷ついた羽根を整えながら、
私たちは見知らぬようでどこか懐かしいこの地に再び身を寄せた。
子どもは少しずつ成長し、私はようやく、ほんのひとときの安らぎを得られるようになった。
──けれど、そのわずかな静けさの中で、
私は気づいてしまった。
心の奥底には、まだひとつも静まらぬ場所があることに。
L.Tの面影は、投函されることのない一通の手紙のように、
私の鼓動のすぐ後ろにずっと潜んでいた。
鍵をかけたはずの青春の記憶、
色褪せた封筒、切手、カセットテープに込められた言葉や想い──
すべてが、実は今も私の中で息をしていた。
もう乗り越えたと思っていた。
もう忘れたはずだと、自分に言い聞かせていた。
けれどある深夜、目が覚め、天井を見つめていたその瞬間、
私は崩れ落ちた。
堰き止めていた想いは、堤防を壊して一気に押し寄せた。
もう、忘れたふりなどできなかった。
ひとりで涙をこらえるのも、
夢の中で彼の背中を追い続けるのも──
もう、やめたい。
私は遠くまで来た。いくつもの山と海を越えてきた。
だからこそ今、私は決めた。
自分のすべてをかけて、あの人を探すと。
もう一度、きちんと、この未完の青春を
私の手で彼に返したいのだ。
L.Tからの手紙は、広州からオーストラリアへ、
そしてクイーンズランドからニューサウスウェールズへと、
ずっと私と共に旅をしてきた。
あの140年ぶりの大洪水の中でも、
手紙も封筒も写真も、奇跡のように無傷のままだった。
引っ越しのたびに丁寧に仕分けし、大切に持ち運んできた。
古びた便箋を開くと、そこに浮かび上がる彼の筆跡──
見た瞬間、私は再び崩れ落ちた。
アランのバラードが耳元でループする中、
私はただ一つの問いを心の奥で繰り返していた。
──今、あなたはどこにいますか?
この物語には、まだ結末がない。
私はいまも、あの日の彼を、あの約束を、
信じて待っている。
たとえ希望がかすかでも、前途が見えなくても、
私はこの未完の青春を、
「生きているうちに」──必ず、あなたに手渡したい。
(つづく)