"ボイススタジオ・レイ"                      -8ページ目

"ボイススタジオ・レイ"                     

      "歌は祈り"

私達の住む美しい地球のため
すべての生きとし生けるものと宇宙との架け橋としての歌い人
★風のように~~~光のように★



    

音符と花

 

長らくご無沙汰しておりました。

忘れた頃に更新では、皆様には完全に忘れられているかもしれないと思いつつ

ペンを取りました。 ちょっとばかり作家さんみたいな言い回しになって

しまっておりますねハート

 

 

最近はエネルギーの大きな変化について、多くの方々が書いていますが、確かに

その変化を皆さんも感じていらっしゃることと思います。

それに伴って、私達の生き方や意識や認識も変化してきているのは事実ですね!

 

 

以前にも書きましたが、私はと言えば、各種のヒーラーとしてのこと、また

フラワーエッセンスのセラピストということもすべて手放して、私本来の

”歌”

だけに絞ってしまいました。

ばら

 

 

それだけではなく、かつての私の師である方たちも、ある方は本来の画家として

ある方は、もともと心理カウンセラーでしたが、今はスクールカウンセラーとしての

仕事に就いています。その方は横浜にアトリエを持ってヒーラーとして

(透視やその他)ワークショップを開いたり、個人セッション等の活動をしていました。

このように、私の回りではスピリチュアルのことをメインにしていた人々が、それを

手放して、本来の自分を生き始めているという人が続出しています。

 

 

それは何故かというと、今現在は

スピリチュアルも科学も、また医療の世界もすべてが統合に向かっているからに

他なりません。少し前まで、スピの世界は”オカルト” などと言われ、万人には理解されず

少しおかしな人達のように見られたりしていました。

現在は、それも既に科学で証明されてきています。

 

 

 

例えて言うならば、今までのことは”木の枝葉” の部分を一生懸命にやっていた感が

強いですよね。この枝葉の部分も大切ではあるのでしょうが

やはり大元である ”幹” の部分を生きることのほうがより大切なのではないかと

想います。 それが本当の自分であり本来の姿であるのだと感じます。

しっかりと根を張って、大きな幹に育ててゆくならば、必然的に枝葉も丈夫に元気に

育つでしょう。

 

先ずは、本来の自分自身である ”幹” の部分を生きることが先決ではないかと

最近な私は感じております。

私が ”歌” を歌うことにも大きな意味があります。

そのことについては次回に・・・・・・・・・・・・ルンルン

チューリップ君レイミチューリップ君

にじ

チューリップピンク黄色

 

今朝、起床して一番に観たニュース、過去のことを取り上げていたそれは、

2014年9月。仙台市内の中学1年生(当時12歳)が

いじめを苦に自らの命を絶った涙

 

 

単身赴任中の父親に、泣きながら電話を掛けてきた。父親は

”俺が学校に行って話すから”~と語りかけた。

それが最後の会話になってしまった。翌日 息子は自殺を図り意識が戻らぬまま

1週間後に亡くなったあせる

 

 

繰り返される ”いじめ”  の問題を私達はどう考えるべきだろうか!?

その度に いろいろな話し合いがなされたり、相談窓口もあって相談もできるようにはなって

いるものの、依然として何も解決策のないまま今日に至っているように思う。

恐らくは、現象だけを捉えて、いわば対処療法的なことしか出来ていないのではないだろうか!?

 

 

いじめの根本原因が どこにあるのか~ということを先ずは考える必要があるだろうと思う。

これは、あくまでも私個人の考え方なのだけれど、そんな学校になんか行く必要などない

のではないかと思うのだ。そもそも学校とは何のためにあるのだろうか?

 

 

勉強をするため・・?  人と人との繋がり(いわゆる集団・組織)にいかに上手く適合して生きる

ことを学ぶ・・?~~などが先ず浮かぶけれど、これは学校でなければ出来ない事なのだろうか?

最近は、人々の生き方、考え方、生活様式などなど、全てが多様化している。

 

 

その中で、学校というところの教育と言われるものは、先生からの一方通行的なものであり

生徒の個性や自主性といったものを育てるものではない未だに画一的なところがあるのでは

と思うし、先生と言われる人たちが、結局は支配・管理をしているのが今の教育の現状でしょう。

また受験戦争に勝ち抜くためのものであったりね!!

 

 

自分で考えて、行動する~それを教えるのが本当の教育ではないかと思うのだけれど・・・

人の痛みを知るということだって、自分の様々な体験から学ぶことかもしれない。自分が

どのように感じ、どのような反応をするのか・・・。その中で、自分を認め、他人を認め

そういう心が育ってゆく教育であってほしいといつも願っているのだけれど・・・花lll

人の力を借りなければならない時もあるけれど、やはり最後は自分なのだということを

はっきり認識することもとても大切な事ですよね!

 

 

 

ここで、一番の問題は、子供たちをキチンと育てられる ”親” も ”先生” も

ほとんどいないということです。親たちも先生たちも、物事の本質がわかっていない人が

多すぎるのだと、私は思います。親同士だって、先生同士だって いじめはあるのですもの。

何だか悲しくなりますね涙あせる

 

 

もっともっと大きく物事を捉える目をすべての人達が持ってくれたら、本当の ”愛”  に

皆が目覚めたら、この世界は変わるのに・・・・・・ラブラブ

皆がそうなるように歩みを進めてゆけたらいいですねチューリップ君    

バラレイミバラ

 

 

ターシャ1

 

念願の [ターシャ・テューダー 静かな水の物語] 観に行ってきました。

 

大きなスクリーンに写し出されるターシャと彼女の創った広大な庭

静寂の中に流れる美しい音、もう既に私の胸は高鳴っていました。

彼女の人生を一言で表すなら

 

(自分自身を貫き通した凄い人生)

だなぁ~と私個人としてはそのように思うし、なかなか誰にでも出来ることではない

と、恐らくは誰もが感じるのではないだろうか!?

 

 

1971年56歳の時にバーモン州の山奥に広大な土地を購入し、息子のセスに

建ててもらった18世紀風の農家に移り住み、92歳でこの世を去るまで、植物と動物を

こよなく愛し自然に寄り添った一人暮らしを続けた。

 

 

 

また 生活のすべては手作りで、もともと絵本作家であり人形作家でもあるターシャほ

庭仕事の合間には、絵を描いたり、本物そっくりの彼女の飼っていたコーギー犬の人形など

を作ったりと、ゆっくりとそして自分の好きなことをして生きる~というのが彼女の信条であった

ようだ。当然のこと、ここではターシャという人のことも、その人生も語り尽くせないのだけれど

是非、映画を観ていただけたら~と思うのです。ハート

 

 

彼女の遺した言葉は、今ここで生きている私達の心に響く普遍的なものだと思うし

まさに、その通りでありやはり宇宙の法則とも一致していると私は感じます。

バラ

「ターシャの言葉を幾つか書きますね」

★忙しすぎて心が迷子になっていない?

★近道を探そうとしないこと。価値のある良いことはみんな 時間も手間もかかるものです。

★一生は短いんですもの。やりたくないことに時間を費やすなんて、もったいないわ。

★何かに夢中になるのは大事なことです。何でもいいの。それが人を前に進ませます。

★やりたい仕事は労働ではなく、楽しみになるのです

★心は一人ひとり違います。その意味では 人はいつも”ひとり”なのよ。

 

いかがですか!?

まだまだありますが、こんな素敵な言葉を遺してくれたターシャ・テューダーという人

私は彼女の生き方、ものの考え方、そして決して揺るがないターシャという自分自身を

生き抜いた強い女性であることに、とても心惹かれるのです。

私はとてもこんなふうには生きられないけれど、その  ひとかけらでも自分のものにできたら

いいかな~と、そんなふうに感じています。花lll 

heartレイミheart

ターシャ庭