悲しいことがあると考える。

なんでこんなに辛いのか。

実の親や兄弟姉妹がしたことが原因で、

ひどく淋しい気持ちになることがある。

子供の頃から、

人間って家族ってこんなもんじゃないだろう?

と思っていた。
だから、心理学や、人や家族や人生のしくみについて、

勉強せずにいられなかった。

エゴむきだしの姿は、とても人間らしいといえないこともない。
でも、自分はそんな風にはなりたくない。

そして、なぜにそんなに悲しいのかをよくよく考えてみると、

悲しみは、

家族や人間や対象について、

自分がこうあるべきだと決めた定義を満たさない場合に起こる
と理解した。

そうであるなら、悲しみは自分の勝手な エゴ から起こるのである。

周りの人から学ぶことが必要で結ぶ家族関係ゆえに、
相手もまた過去に似た考え方をしていたことが多いようだ。

"期待が外れて悲しい"
というのが本当の ”悲しい” を的確に表現する用法なのだ・・・

と思った。

つまり  ”なんでもあり” 

だと理解するなら、悲しみはやって来なくなる。

なんだ、そういうことか。

おそらく、 キリスト意識 とは、そういうことを乗り越えた上にあり、
だからこそ、 全てを 許す  という表現になるのだろう・・・と

ならば、相手の行動から学ぶべきは、

自分の在り方 をどのへんに置くのか ということ。

やはり、明るい未来は自分が作るのだ。



病気ってこわいですか?


持病がおありですか。


なんだか いろいろな思いが伝わってきます。


”生きるってことに直面して はじめて

  多くを知ることになる・・・” というのがやってきました。


思いつめると 自分自身を破壊しはじめてしまいますからね。

不安やおそれも 

エーテル体を傷つけますし。

悲しいことに、自分を罰するのも 魂への冒瀆です。


でも、病気に助けてもらえるのは じつは好都合です。

交換に いらないものを手放せるので。


そのときは なにかに気付くようにセットされています。


なぞなぞや ちょっとした知恵の輪・・・

でも解答は ひとつではありません。

なんでもあり なんですよ 人生って


死に着実に近づく自分の子供から教わったこと

まあいいやん なんて私の辞書にはなかったってこと


多くの”ねばならない”を手放してみてください。


じつは、人が思うよりずっと 人生は楽チン なんですから。


楽チンを選ぶのもあなた。


つらくて厳しい道を選ぶのもあなたなんです。


この時期の夜は、とても楽しい。

星空がとても賑やかで、きれいだから。


今の時期、お月さまが早く西の空に傾いて、

墨を流したような銀河に、我がもの顔の星たちがキラキラと輝く。


とてもぜいたくなのが、

北東の空に北斗七星がひしゃくを立てたように大きく場を占め、

3つ星で有名なオリオン座は最高位に南中し、

それに続く、おおいぬ座のシリウスが、ひときわ青白く宝石のように輝き、

こいぬ座と冬の大三角(明るい星だけの三角形)を形作っている。


北西にはカシオペア座がいつもの”W”で安心させてくれて、

地味めの北極星は今日も、いつも、そこにいる。


首を直角にして真上を見上げると、そこにはごく小さな北斗七星が。


それはプレアデス

この天の川銀河の中心らしい。


中学のとき、名前も知らずにいつも見ていた星。

大人になったある日、とうとう確認してわかった それはプレアデス。


悲しいことがあると 星を見上げるのはなぜ?

星を見ると、懐かしさや郷愁を感じるのはなぜ?


かつて、銀河を旅したことがあるにちがいない。

その星にいたことがあるのかも・・・


UFOにのって・・・というより

の背中にのって・・・という方が楽しい。


アンドロメダから連れてきた 古き良き友達。

じつは 目を閉じたら 龍が誘いにきて、今夜も銀河に出かけるのかも。


とっても幸せな、目を閉じたら始まる素敵な世界。


ほんとは 目を開けてたって変わりやしないのに。


星をながめながら、意識はとうに別の世界にトリップしてる。

吸い込まれそうな星空を 自由に駆けめぐろうよ。

龍の背中にのって。




(プレアデスは、オリオン座の三ツ星の隙間くらいの大きさの空間に星が

密集したように見えるところがそうです。オリオン座よりは西に位置する。

あまりに遠くて、星は小さく見える。星の間隔がくっついているように見え

実際の星7つは、5つくらいにみえることがある。今では、少しぼやける

ことも。よく見えてたよな~って思いますが、星ばかり見てたから遠視

だったのかも。)