こんばんは。年が明けましたね。
さてさて、、、
悲しいお知らせではあるんですが、私の友だちは皆可愛がってくれたのでご報告します。
2010年12月31日午後18時すぎ、愛犬であり、家族であり、妹であり、大切な仲間だったリコが永眠しました。
死因は、血小板減少症とそれに伴う貧血でした。
家族一心となって、どうにかまた元気になってもらいたいと必死に努力したのですが…それもかなわず。
12月30日、父親から「リコが病気だ。」と聞き、急いでリビングに行くとグッタリした彼女の姿がそこにありました。
昔から親とはぐれた動物を拾ってきては、死なせて大泣きした過去がある為、言うのを躊躇っていたみたいなんですが…やはり現実を前向きに受け止めようと考えてくれたんですかね。
何と言うか、当然のことながら犬は人間みたいに言葉を使えないので、何をどうすればいいか全然わからなくて…もうインターネットで同じ病気を経験した飼い主さんのブログを検索し、どうにか前向きに考えようと必死に努力しました。
「リコなら大丈夫。リコは強い。またいつもみたいにオヤツおねだりしたり、膝の上に乗っかってきたりするさ!」とずっと考えていて寝れなかった次第です…。
次の日、リコも同じく寝れなかったようで…眠そうにそこらじゅうをフラフラになりながらも歩いていました。
なんかもう痛々しくて…元気で勝気なリコがこんな姿になってしまうなんて…でも絶対良くなる!良くなったら散歩に連れてってやるんだ!…と言い聞かせて、前向きに考えました。
夜ほとんど寝れなかったんで、昼寝をしてまたリビングに戻ることにしました。
12月31日夕方頃、リコはもうほとんど動かなくなってしまいました。
が、私らの言う事には耳をピクピクさせて反応を示していました。
そして17時頃、苦しそうに息をし始めたのを父親が発見しました。
「ハァ・・・ハァ・・・」と、今まで聞いたこともないような荒い息使いで苦しそうにするリコを見ていられなかった。
でも必死に頑張ろうとするその姿を見て、「頑張って!頑張って!」と声をかけ続けました。
ちょうどかかりつけの病院の院長さんが、大晦日なのにもかかわらずに対応してくれていたんで病院に連れていくことにしたんです。
もう、車の中でも息を荒くしていて、目から涙を流すリコに「頑張れ!必ず元気になるんだぞ!」としか言えない無力さを悔んでいました。
病院に連れていくと、「輸血をしないとダメな状況だが、輸血をしてショックを起こす場合がある。病院で用意できる血液は100ccで、この状態だと500cc以上の血液を半永久的に送り続けないといけない。」と言われあっけにとられました。
どうにか出来ないかと、先生に必死に質問したんですが…「東京大学の病院に連れて行けばそのくらいの血は用意できる…がしかし、東京まで連れて行くまで体力が持つかどうか。」と。
全員「どうにか出来るなら、してやりたい。でもそれはリコの体力次第なんだ。」と。気持ちは同じだったように思えます。
するとさらに息を荒げて、苦しそうにし始めた時に…もう俺も父親も母親も、見ていられなくなって必死に応援し続けました。
が、もう口の中は出血で真っ青、「軽い脳死状態」だと言われ、覚悟を決めました。
「ありがとう。家に来てくれてありがとう。最後までリコはリコだったな。最後まであきらめない強い子だったな。」
そのありがとうの気持ちに答えるようにして、全く出なかった声を張り上げるその姿は、悲痛だったんですけど、リコの生きざまを見せられたなと感じた。
一瞬、1秒、1分、1時間、寝る時も、ご飯を食べる時も、遊ぶ時も、この子はいつでも全力だった。
最後の時も、出なくなった声を必死に振り絞って家族の「ありがとう」に答えた瞬間は、もう本当に何とも言えない気持ちに見舞われました。
そして、12月31日18時過ぎ、リコは息を引き取りました。
家族全員、あっけにとられて「お疲れ様」という気持ちと「ごめんね」という気持ちと「ありがとう」という気持ちがごちゃ混ぜになって、泣いていいんだかそうでないんだかわからなくなってました。
思えば高校2年生の5月ゴールデンウィークに、家にやってきて4年、とても短い間ではあったけど…この子には沢山の事を学びました。
最初は赤ちゃんで、そこらじゅうで便をしたり、駆けずりまわったりして、しつけには大変苦労したんです。
そんな彼女に嫌気がさして、八つ当たりをしてしまったこともありました。最低ですよね。
もうずっと、その時の事は私の心の中に残ってはなれないんです。思い出すたびに心が痛む。
でもこの子はいつでも一生懸命で、輝いていました。
言う事も少しずつ聞くようになって、トイレもちゃんと出来るようになっておねだりできるようになったり。
学校や仕事に行くとき、ダッシュで駆け寄ってきて「行かないで!行かないで!」と言わんばかりに裾に噛みついてきたり。
「…そんなことされたら、学校や仕事に行きたくなくなっちゃうじゃん…!でも行ってくるよ!」と、そんなことが毎日のように続いていました。
もうペットというか、家族。仲間ですね。バラバラだった家族を、この子が1つにしてくれた。
父親と母親も、一緒に出かけることはまずなかったけど、リコがきっかけで徐々に仲良くなって。
俺も弟も、部屋に入ったらなかなか出てこなかったけど…この子が居るからリビングに行く楽しみがある。
家族の会話も増えていきました。
そして何より俺も弟も、両親が仲良くなっているのを見てひそかに喜んでいました。
で、私の考えも少しずつ大人になっていくにつれ「悔いのないように毎日必死に生きる」その姿を見習わなきゃいけないな…と思い始めたんです。
トイレが出来てオヤツおねだりする姿も、俺が落ち込んでいるときに膝の上に来て手をペロペロ舐める姿も、パソコンをやっているときに膝の上に乗せてとせがんでくる時も…何もかもが必死で、何もかもが一生懸命で、憎たらしいくらい可愛かった。
「こんな日常は当たり前ではない。どんな物語にもいつか必ず終わりが来るんだ。俺が先に逝くかもしれないし、この子が先に逝くかもしれない。もしかしたら家族の誰かが逝くかもしれない。そのときまでずっと悔いのないように愛してやんないとな。」…と思い始めた矢先の出来事だったんですね。
現実を受け止めきれません。
今にも起き上がってきて、オヤツおねだりしてきそうな顔をして寝ています。
「早すぎるよ馬鹿やろう!!!でもおまえは最後まで勝気な奴だったな!カッコ良かったぞ!」
最後の最後まで、家族おもいなイイヤツだったよ。リコは。
何の偶然か、この子が亡くなる少し前に写真を何枚か撮影しておいたんです。
もちろんこのときはもうすぐ亡くなることも知らずに。
「すべての行動や経験に必ず意味がある。1瞬1瞬、大切に生きよう。」
それがこの子から最後に貰ったメッセージです。
先に逝った奴の分まで生きよう…使い古されたベタな言葉ですがまさにその通りで、天から見ている者たちに笑われぬよう、立派な人生にしなきゃいけないんだな…大切な存在を亡くすたびにそれを言うんですがね…。
でもこの子の場合、それをしないといけない気がするんですよ。
「私は犬。貴方みたいに言葉が喋れないの。でもね、いつでもあなたに私の気持ちが伝わるように必死に行動してるの!」
それを体現してくれた子なんで、それが出来ないと「お兄ちゃんダラしないな~笑」と笑われてしまいそうで。
苦しむ姿を思い出すたびに、「あんなに元気だった子がなぜ…」と思ってしまいます。
それだけ、言葉に言い表せないくらい大好きだったんだなって。
大丈夫。これからもずっと大好きだから。
この子の残した最後のメッセージ、宝物、思い出、全部忘れない。
記憶は薄れゆくものだけど。
この子のぬくもり、声もいつか忘れてしまうものなのかもしれない。
でもこの子と過ごした「大切な時間」は決して消えないものなのだと。
俺の人生に現れた素敵な天使は、永久に俺の心の中で生き続けます。
生まれてきてくれてありがとう。
家に来てくれてありがとう。
沢山の思い出ありがとう。
沢山の学びをありがとう。
沢山の感動をありがとう。
感謝の気持ちは挙げればきりがありません。
早すぎるよ!!!リコ!!!