今日は特に書きたいことはないのだけど
ブログに文章を書くってことを自分に慣らしたいので書きたいと思います
新しいキーボード付きのカバーを買ってからとても楽しい
うちごたえのあるキーボード
なので、すごい昔を思い出します
自分の罪を許していないときほど、
人に怒っていた
自分を許せないところから努力して許して、人を許せるようになったひとと
最初から自分にも他人にも、こだわりのない人、
どう違うのだろう
許される人生を歩んできたら、許せるのだろうか
でも、正義感と現実のはざまで思い悩むのが、必ずしも毒親育ちばかりではないはず
きっとこの後10年くらいしたら、毒親育ちのメリットが大々的に知らされるようになると思う
そこで心が折れて病んだり、生きることさえ辛くなったり、もう日常に戻れなくなった人たちのことは
もちろん置いてけぼりで
強い個体の毒親育ちが、教祖みたいになる日も近いと思う
だってそれくらい
なんだか世の中が
個性と信念を求めてる気がする
本当にそれをあなたが言ってるの?って聞きたくなるような断定口調のキャラクターが
あまりにも世間にもてはやされすぎてると思う
リアルな不幸を開けっぴろげにした上でのネアカのキャラクターが売れると
目をつけられて、売り出されるのも、もうすぐだと思う
その時には、毒親育ちは生きやすくなってるのかな
毒親育ちのものの見方や考え方が尊重されるようになってたらいいな