初めて書くことは、あたしの過去について。
あたしの家は狂っています。
親は同じ人と結婚、離婚を繰り返してる。
あたしの父親は、暴力がはんぱないです。
怒られるときは、怒鳴るは殴るは・・・・
母親は、頭が良いけど、すべて自分が正しいと思ってるような人。
夫婦ケンカとなれば、殴り合い。
あたしが幼い頃から、いつもケンカをしていました。
あたしには、忘れられない記憶があります。
あたしが、まだ3才くらいの頃のことです。
その日も両親はケンカをしていました。
原因は父親の浮気。
最初は、一方的に母が父を責めているような感じでした。
しだいに言い争いへと発展。
そして、殴り合い・・・・
今でも目に、耳に残っています。
父の怒鳴り声、母の怒鳴り声、父が母を殴る光景、母が父を殴る光景、物が割れる音・・・・
頭から焼きついて離れません。
それから、両親は離婚をしました。
まだ、
あたしは幼かったので父の浮気の事は知らず、
どんなにケンカをしていても大好きな両親だったので、
離婚は悲しいばかりでした。
あたしと兄弟は母に引き取られ、母の実家で暮らしていました。
ですが、たまに父のところに遊びに行ったりもしていました。
きっと、その頃には、父も浮気相手と別れたんでしょう。
だんだん、父のところに行く回数が増えていきました。
それは、
まだ浮気も何も知らない、
保育園児のあたしにとっては嬉しいことでした。
そして、
ついに両親が再婚しました。
やっぱり、それも嬉しかったです。
それからは、あまりケンカもしなくなり、毎日、家には笑いが絶えませんでした。
そして、あたしが小学校に入学しました。
あたしは、運動は全くできませんでしたが、勉強は学年でもトップクラスにできました。
だから親も、「勉強を頑張れ」といつも言っていました。
中学に入っても、
あたしは定期テストでは常に学年のTOP10に入っていました。
結果が出るのは嬉しかったし、
次のテストへのやる気へと繋がっていきました。
他にも、
あたしはクラスの級長や部長、生徒会など、色んな役につきました。
そう、
あたしは俗に言う、優等生になっていきました。
その頃、
家は父の二度目の浮気により、再び荒れだしていきました。
毎日がケンカ。
父は遅くになると、浮気相手のところに行ったり、隠れて電話をするようになりました。
母も、だんだんと父に疲れているようでした。
そんな両親をみていた、あたしもストレスから体調を崩していきました。
あたしは、浮気をしている父を恨み、なかなか離婚しない母にいらついていました。
とにかく、家が嫌で、学校は、あたしのとって癒しでした。
しかし、
学校でも体調を崩すようになり、よく保健室に行くようになりました。
ですが、
責任感の強いあたしは、体調も優れないなか、
部活に打ち込み、生徒会で仕事をし、勉強に励みました。
そんな無理を続けた結果、あたしはついに鬱病になりました。
誰とも接したくなくなり、怒鳴り声を聞くと過呼吸になり、胃薬は手放せませんでした。
そして、
あたしはストレス発散にリストカットを始めました。
嫌なことがあると、カッターを手首にあてました。
リスカをすると安心しました。
そんなあたしを見ていた担任が、精神病院を勧めてきました。
そして、
母と一緒に病院へ行きました。
鬱病と診断され、精神安定剤と胃薬が処方されました。
そのうち、眠れなくなり、睡眠導入剤も。
ですが、
いくら病院へ行っても、あたしの心は癒されず、死にたいと思うようになりました。
そして、ついに約20錠の薬を飲み込み、自殺をはかりました。
でも、
その量では死ねず、未遂となりました。
その後も、
薬を飲んだら楽になれる気がして、約40錠の薬を飲みましたが、これも未遂に終わりました。
父の浮気は無くなりましたが、
あたしの鬱病は無くなっていません。
今も、まだイライラしたりすると薬のことしか頭になくなります。
これが、斎藤ひなが生きてきた今までのすべてです。
