このささやきを聞いたとき、わたしは恐怖の叫び声をあげた。血が顔からひくのがわかった。しかしわたしは黙っていた。
するとふたたび、その声が声もなくわたしに言った。「あなたにはわかっているのだ。ツァラトゥストラよ、しかしあなたはそれを言わないのだ!」
ついに、私は反抗するように答えた。「そうです、わかっているのです。しかし、わたしはそれを言うことを欲しないのです!」――
すると、ふたたびその声が声もなくわたしに言った。「あなたは欲しないと言うのだね? ツァラトゥストラよ。それはほんとうだろうか? あなたはあなたの反抗のかげに身を隠してはならない!」――
わたしは子どものように泣き、ふるえて言った。「ああ、わたしはたしかに欲しはしたのです。だがどうしてわたしにそれができましょう! それだけは許してください! それはわたしの力を超えています!」
するとふたたびその声なき声はわたしに言った。「あなたの一身が何でしょう、ツァラトゥストラよ! あなたのことばを言いなさい。そして砕けることです!」――
わたしは答えた。「ああ、はたしてわたしのことばでしょうか? わたしは何者でしょう? わたしは、もっとふさわしい者を待っているのです。その者が来れば、わたしは砕けるにも値しないのです。」
するとふたたびその声なき声はわたしに言った。「あなたの一身が何だというのです? あなたはまだ十分に謙遜ではありません。謙遜はもっと堅い皮を持っているものです。」
[......]
そこでわたしは答えた。「わたしが語ったことは、人間たちに到達しませんでした。なるほどわたしは人間たちのところに行きました。しかしかれらに届かなかったのです。」
[......]
「わたしが私自身の道を見いだして、進んで行ったとき、かれら人間たちはわたしを嘲笑しました。わたしの足は、そのとき本当に震えたのです。
すかさずかれらはわたしに言いました。おまえは正しい道を忘れたのだ。こんどは歩くことも忘れたのか、と。」
[......]
「命令するには、わたしには獅子の声が欠けています。」
[......]
「わたしは欲しないのです。」
[......]
すると、哄笑が周囲に起こった。
[......]
そして、声なき声は、最後にこう言った。「おお、ツァラトゥストラよ、あなたの育てた果実は熟れているのです。熟れていないのは、あなた自身のほうです!」
(ニーチェ「ツァラトゥストラはこう言った」より)
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