カラスかロボか。
カラスもロボットも。
人の代わりであることだ。
ロボット産業はもうすぐIT市場を超える動きになると思われるが。といっても、ロボットもITで動くのでなんとも言えないが。結局、人を削るってわけだ。
「勉強しないと、立派な大人になれませんよ」
立派な大人なんか社会にいないと思うし、日々、生活をするための仕事や、
「やりがい」という名の餌を与えられて、お金を集めてくるのが大人だ。
「給料」という餌のほうが分かりやすいかな。
でも、それだと自分の行動を正当化できないわけで。みんな働きたいという理由を沢山作って生きている。お客様の笑顔が嬉しかったからとか、自分が命をかけれるとか、本質的には楽しいのであれば、良いはずだと思う。ただ、与えられた何かをもとに働くのであれば、カラス以下だと思ったほうが良い。
人間の価値はいくらか?なんて考えたことがあるかわからないが。生命保険を見てみると、だいたい死んだら1000万円前後くれることが多いようで。つまり、その人の価値は1000万円しかないということである。もちろん、一生懸命働いて、一生で稼ぐ金額は4億円なんて言われているが。もし、子孫繁栄を行わないのであれば、実質価値はそんなものかもしれない。
なんで、こんなことを思うかというと。
人間の価値が、明らかに下がっていると感じているからである。
昔と違って、価格が下がっている。
先日、居酒屋であったオジさんは。出稼ぎで地方に行っているらしいが、日当1万円出ないという。いくら?って聞いたら、4500円だと。それはきついよね。でも働かないと生きていけないし、税金だって納めないとならない。
先日のロボット研究の人たちの話を聞くと、今やロボットは格安でリース、かつ簡単に操縦できるとのこと。それこそ、簡単な作業(人間ならミスをするが)でも、簡単にこなすらしい。で、1ヶ月たったの、10万円程度で済む。日当にすると、約5000円。さっきのオジさんとなんら変わらない。というか、怪我も病気もしないし、「疲れた」とも「給料の前借りを」とも絶対に言わない。なんて素晴らしい従業員だろう(苦笑)
人間は、判断することができる。しかも、その場の状況に応じて。
ロボットもカラスもさすがにそれを当たり前のように判断することはできない。
自動運転の車での、事故処理の問題には、100%ぶつかる時に、助士席にいる人を助けるか、運転席にいる人を助けるかの判断をすることはできない。タクシーなら、お客様優先という答えは出るが、もし自分が運転席で娘が助手席だったら、娘を助けて欲しいと判断させたいが、もちろん、自ら死にたくはない。
つまり、人工知能しかり、カラスしかり、ロボットしかり、判断することはできない。
もちろん、倫理的にはということである。
利益や数字となって現れる答えがもしそこにあるのであれば、判断可能だが、人間社会には、善悪の判断は、その時の社会的価値観であり、その人の生きている中での価値観になるのかと思う。
カラスやロボットには判断や意志がいらない仕事を与えてあげて、人間はこれから判断や意志を伴う仕事をするべきだと思うわけだ。
そもそも自分の仕事に意志はあるのだろうか?
私はある。
なんとなく、メモとして。
カラスもロボットも。
人の代わりであることだ。
ロボット産業はもうすぐIT市場を超える動きになると思われるが。といっても、ロボットもITで動くのでなんとも言えないが。結局、人を削るってわけだ。
「勉強しないと、立派な大人になれませんよ」
立派な大人なんか社会にいないと思うし、日々、生活をするための仕事や、
「やりがい」という名の餌を与えられて、お金を集めてくるのが大人だ。
「給料」という餌のほうが分かりやすいかな。
でも、それだと自分の行動を正当化できないわけで。みんな働きたいという理由を沢山作って生きている。お客様の笑顔が嬉しかったからとか、自分が命をかけれるとか、本質的には楽しいのであれば、良いはずだと思う。ただ、与えられた何かをもとに働くのであれば、カラス以下だと思ったほうが良い。
人間の価値はいくらか?なんて考えたことがあるかわからないが。生命保険を見てみると、だいたい死んだら1000万円前後くれることが多いようで。つまり、その人の価値は1000万円しかないということである。もちろん、一生懸命働いて、一生で稼ぐ金額は4億円なんて言われているが。もし、子孫繁栄を行わないのであれば、実質価値はそんなものかもしれない。
なんで、こんなことを思うかというと。
人間の価値が、明らかに下がっていると感じているからである。
昔と違って、価格が下がっている。
先日、居酒屋であったオジさんは。出稼ぎで地方に行っているらしいが、日当1万円出ないという。いくら?って聞いたら、4500円だと。それはきついよね。でも働かないと生きていけないし、税金だって納めないとならない。
先日のロボット研究の人たちの話を聞くと、今やロボットは格安でリース、かつ簡単に操縦できるとのこと。それこそ、簡単な作業(人間ならミスをするが)でも、簡単にこなすらしい。で、1ヶ月たったの、10万円程度で済む。日当にすると、約5000円。さっきのオジさんとなんら変わらない。というか、怪我も病気もしないし、「疲れた」とも「給料の前借りを」とも絶対に言わない。なんて素晴らしい従業員だろう(苦笑)
人間は、判断することができる。しかも、その場の状況に応じて。
ロボットもカラスもさすがにそれを当たり前のように判断することはできない。
自動運転の車での、事故処理の問題には、100%ぶつかる時に、助士席にいる人を助けるか、運転席にいる人を助けるかの判断をすることはできない。タクシーなら、お客様優先という答えは出るが、もし自分が運転席で娘が助手席だったら、娘を助けて欲しいと判断させたいが、もちろん、自ら死にたくはない。
つまり、人工知能しかり、カラスしかり、ロボットしかり、判断することはできない。
もちろん、倫理的にはということである。
利益や数字となって現れる答えがもしそこにあるのであれば、判断可能だが、人間社会には、善悪の判断は、その時の社会的価値観であり、その人の生きている中での価値観になるのかと思う。
カラスやロボットには判断や意志がいらない仕事を与えてあげて、人間はこれから判断や意志を伴う仕事をするべきだと思うわけだ。
そもそも自分の仕事に意志はあるのだろうか?
私はある。
なんとなく、メモとして。