自堕落ニート的起業家の自己の解放ブログ -4ページ目

一人で出来る事、仲間の力

会社の同僚や上司、後輩、うっとうしい奴もたくさんいるだろうが、
いないよりはずっとマシ。
というよりもいることがどれほど有難いかを
会社勤めの人はしっかりと認識した方がいい。

なんだかんだ言っても力を貸してくれる人達であり、
飲み行く時の連れであり、
相談出来る相手であり、
仲間なのは間違いない。他人ではない。

当然いっしょにいるからこそ
ストレスの対象でもある事くらい百も承知だが、
承知の上でも上の意見は変わらない。

このありがたみを理解出来ない人は
独立など考えない方が良い。

一人で何でも出来るし、
人に頼むより自分でやった方が早いと思ってる人。
(ああ、まさに過去の俺…)

それは幻想だから勘違いに気をつけよう。

一人で出来る事がどれほど小さいか、よーく考えよう。

金を使う喜びを知りたければ、 金を稼ぐ喜びも知らなければならない。

金を使う喜びを知りたければ、
金を稼ぐ喜びも知らなければならない。

最近そう思う。

俺は今、金が無い。
だから極力金を使わない。
昼飯もロクに食わない事もしばしば。

欲しい物があってもそれを押し殺し、
何も欲しない自分を作るようにしている。

この状況、いい点と悪い点がある。

いい点とは、
無駄な物を入手しなくなった。自然と厳選した物を選ぶようになった。
モノの価値をしっかりと見れるようになった。

悪い点とは、
金の使い方が分からなくなる。
ひと付き合いが悪くなった。(飲み代をケチって参加しなくなる)
金を使わないから稼ぐ動機がどんどん無くなっていく。
即ち、金を得てモノを買うという人間活動の基本が衰退していく。
だから生き甲斐そのものが減っていく。

金があった頃普通に買っていた物が今は買えない。

金が全てとは言わないが、金は大事だ。
金とは、人間活動の潤滑油のような物。
これが無いとだんだん体が軋みだして動かなくなる。

買い物は楽しい。欲しい物を手に入れる事もサイコーに楽しい。
この楽しみはその源泉となる金を稼ぐから可能な事。

だから稼ぐ事も使う事同様に楽しまなければならない。

そういう俺はまだこの事、腑に落ちるまでは至っていない。

金を使う喜びを抹殺してしまっては、悪循環なのだ。
鶏とたまごではないが、無い袖が振れないだけなのだが。

とにかくこの負のループを脱しなければ。

ヒロミについて語る

この間さんまのまんまにヒロミが出た。
元B-21スペシャルの。いちいち、こう書かなきゃならない程、
テレビ出てない人。干されたとか…

今は加圧トレーニングでそこそこ潤っているようだが、
一線でやっていた時とは比較になるまい。

なぜこの人気になるかといえば、
共感する部分が多いから。

誤解ないようにいっておくけど、
向こうはどんな状況でも成功者。
こっちは今のところまったく浮かない
凡人である事を前提としてる事をお忘れなく。

何が共感か。
仕事がない、ただ毎日何をしようか、ただ遊ぶだけの毎日。
周りの人間の気遣いに対する劣等感、
これらをともなったやるせなさ感がすごくいい。

まんまで言っていた。
仕事が無くなった後に、一流芸能人達とゴルフ行ったとき、
周りの人は俺をどう思っているのかすごく気になったと。

何で飯を食ってるとか、今は何をしていて、
今後どうするのか、とか誰も聞いてこない。

気が付かないのか気にならないのかとにかく誰も聞いてこない。

これが非常に気になったそうで。

ここよくわかる。俺も同じような経験あり。
前に勤めていた連中と飲んだ時、
今の俺の仕事について誰も聞いてこない。
ただなんとなく、うまく行ってない事だけはわかるはずだ。
でもそのまま放置。聞きづらいのでしょう。

だからどうした?何が言いたい?と思うでしょうが、

ただ単にヒロミのあの虚無感に
シンパシーを感じましたよ、というだけの話。

遊んでいたって何か満たされない、休まらない、
でも疲れてもいない、中途半端な状況がよくわかったのだ。

本当にやりきりたい事があるのに、
うまく行かない。そんな状態でしょう。

とにかくヒロミには親近感湧いたよ。
またテレビ出ておくれ。