気の向くままに 其の二

気の向くままに 其の二

流れに身を任せ、決して逆らわず、穏やかな心を持ち、生きていく。

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「あ、隼人じゃない!久しぶり~。何、え、どうしたの~」
「・・・あ、ああ。いや、仕事でさ・・・ここに来たんだ。」
「仕事?アンタ今何やってるの?」
「今は雑誌の編集をやってるんだ。・・・ほら、この雑誌。」


男性はおもむろに手にしたタウン情報誌を川辺さんに差し出した。


「ああ!この雑誌知ってる。よくコンビニで立ち読みするし。」
「・・・立ち読みするなら買えよ。んでまあ、今日は取材をしにね。」
「へぇ・・・そうなんだ、ふーん。」


律ちゃんといい、川辺さんといい、女性はなにか興奮すると
怒涛のように話を始めるものだ。


彼は木村隼人。


隼人さんは、どうやらアベニューの取材に来たらしい。
マスターの元へ寄り、そして話を始めた。
きっとアベニューを来月か、いつかの特集で紹介するのだろう。


タウン情報誌…今でこそ、ホットペッパーなどフリーペーパーが
幅を利かせているが僕みたいに道外から来た人間にとって
ありがたい存在だ。歩き回らなくても情報が手に入る。

でもそれは逆に、自分で探す楽しみというのも失っている
気がする。


札幌に最初に来た時にまず思ったのが「蟹食べよう」って
ことだった。けど、観光客が集まるところは避けたい。
それは「観光客相手」というなにか得体の知れない
落ち込みのようなものを感じてしまうからだ。


だからといって「穴場」と雑誌に書かれているところに
行くのも、自分で見つけたわけではなくその雑誌の記者が
既に見つけたところなものだから新鮮さはない。


…では結局どこに行けば、自分が納得するのか…。
それは居酒屋でもチェーン店は安っぽい感じが
するからそうでないところを選ぶ感覚と同じだ。


チェーンをはっている大手は、おいしいから、または
雰囲気がいいからという理由で隆盛したはずである。
だけど、「チェーン」という言葉がバリュー感を失わせる
のもまた矛盾したものである。


この店の紹介だってできればして欲しくない。
有名になって、僕自身が入りにくくなるのが
面白くないからだ。


けど、ここの食事はとても
おいしい。だからこそ川辺さんを連れてきたわけで・・・。

・・・人はそういうジレンマを抱えて生きている。


やがて隼人さんは川辺さんと話しを終え、
マスターに取材をしていた。


「知り合いなんだ。」


僕が問うと、少し呼吸をおいて
「・・・うん、ちょっとね。」
と川辺さんは答えた。

次の休みを迎えた。今日は休みにあまり同僚と行動を共にしない
僕が珍しく一緒に昼食をとろうと誘った。


誘った相手はしかも女性。ついでに旦那さんもいる。
決して不倫とかそんなんではなく、僕に男の友達が
いないだけだ。それに女性は誘いやすい。男性よりも。


旦那さんがいる女性を連れるっていうのが、一種の見得
だったりして、キャバクラで見知らぬ女性の人気をとれる
男に比べて、もっとリアルな人間関係を構成しているという
自己評価にほかならない・・・かもしれない。


「かもしれない。」と言ってしまうのは、人それぞれに
考え方はあるから、あくまで独りよがりの域を超えることは
できないという思いから。


高名な哲学者達が男女の関係についていろいろ
言ってはきたが、それが毎週「恋のから騒ぎ」で
明石屋さんまにパロディーにされるぐらいの
レベルであって、高貴か下衆かは自身に委ねられる
・・・男女の関係ってそんなもんだ。


連れている女性は、川辺千鶴。歳は僕の3つ下の24歳。
それでもう二人の男の子がいるのだから、世の中には
様々な人間がいるな、と感じさせられてしまう。


「今日はどこ行くの?」
「そうですね、僕がいつも行っている喫茶店に行きましょうか?」
「・・・前から思ってたんだけどさ、なんで岩崎さんは私に
 敬語なの?年下じゃん。」
「え?いや、なんとなくね。」


基本的に僕は女性に奥手なのだ。世のいわゆる「カッコいい男」の
ような振る舞いが苦手で、丁寧に話さないと嫌われてしまうと
いう勝手な思い込みから敬語を使ってしまう。


でも、男らしさも見せたくて、敬語が変に入り混じった
話し方になってしまう。・・・つくづく自分は気が弱いと感じる。

そして他愛もない話をしながら円山に着いた。


「あー、円山か・・・。最近は来てないな。去年の夏に子供と旦那で
 動物園に来たっきりだな。」
「そうですか・・・僕はよく、今日行く店に入り浸ってますね。」
「あんたさ、若いんだから『入り浸る』なんて暗いこと
 すんなよ。もっとやることないの?」
「・・・ん~。ま、ヒューマンウォッチングで円山公園に行ったりは
 しますが・・・。」
「ヒューマンウォッチング!!・・・前から思ってたけど、あんた
 やっぱり変な人だね。あんたぐらいの歳でそんなこと言うの
 あんたぐらいだよ。」
「そうですか?」
「ま、そんな岩崎さんが好きだけどね。」


・・・好きと言われて嫌な気はしないが、褒められてるのか
けなされているのかが疑問だ。


アベニューに着いた。相変わらず、OLさんのグループが談笑
しながらランチを食べている。


「いらっしゃい。」
マスターが出迎える。

「あれ?今日はデートですか?珍しいですね。」
「いや、デートってほどでもないんですが・・・。」
「今日はなんにしますか?」
「あ、いつものAランチで。」
「かしこまりました。御連れ様は?」
「岩崎さんに任せます。」

今日は一人じゃないので、本も読むこともなく川辺さんと
話をする。1人で食べる昼食もいいけど、2人での昼食も
悪くない。


「円山ってね、実家に近いんだ。」
「あ、そうだったんですか、それは知りませんでした。」
「だから学生の頃は円山の裏参道に友達とよく来てたわ。」
「なにをしてたんですか?」
「何って・・・まあ、友達とだべって、なんかカフェでケーキ食べたり
 とか・・・普通だよ。」


自分にとってだべったり、ケーキを食べたりするのは
「普通」ではない。

「ふーん。」


「なんか、興味なさそうだね。つまらない?」
「え?いや、自分の経験したことのないことだから、想像つきにくくて。」
「変な人~。」

相変わらず僕は変な人らしい。怪訝そうな顔をしている
僕を見て、川辺さんは笑っていた。

『カランコロン』

古風なドアの鐘の音と共に、一人の男性が入ってきた。
スーツ姿のビジネスマン風。歳は僕と同じぐらいだろか・・・?

「あ・・・隼人。」


「・・・千鶴。」

川辺さんの表情が一変した。